#001「濾過はフランネルで丹念に」
アラン「コーヒー豆の土手を崩さないように、慎重に、かつ正確に熱湯を注ぎ、布の繊維を通って、雫が滴り落ちるのを気長に待つ。ここで焦っては、それまでの苦労が水泡に帰すので、逸る気持ちを抑えて、ひたすら無心になって見守る。……これだ。やはりコーヒーは、この風味でなければならない」
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アラン「この歳で仮装するのは、いささか気が引けるんだが」
リツコ「あたしと五歳しか違わないのに、そんな頭の固いことで、どうします? お祭の日くらい、羽目を外さなくちゃ。普段は出来ないことをする、数少ないチャンスなんだから。――お疲れさま、小雪ちゃん」
コユキ「掃いても掃いても、ちっとも落ち葉が減りませんね」
アラン「適当で良いよ。それより、冷えただろう。この生姜豆乳で温まりなさい」
コユキ「ありがとうございます、淀川さん。いただきます」
リツコ「それで話を戻すけど、今回は動物が良いと思うのよ。小雪ちゃんは、どう思う?」
コユキ「えっと。何の話をしてたんですか?」
アラン「ハロウィンの仮装だよ。僕が狐で、阿笠くんが猫、宮部くんには兎の耳と尻尾をつけようという話になってしまってね」
コユキ「面白そう!」
リツコ「そうでしょう? 仮装したほうが絶対に楽しくなるわよねぇ」
アラン「やれやれ。賛成二票では、抗えないね」
リツコ「それじゃあ、これで決定ね。パーティー・グッズの買い出しに行ってきます」
コユキ「いってらっしゃいませ」
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ケイゴ「そっか。マドンナさんは買い物中か」
コユキ「帰ってくるのが楽しみです」
アラン「僕としては、買い逃して来て欲しいところだけどね。――はい、いつもの玉子サンドとオリジナル・ブレンド」
ケイゴ「いただきます。――俺も、何か仮装しようかなぁ」
コユキ「常連さんも、アニマル化するんですか?」
アラン「そのままでも、エテ公として充分に通用しそうだが?」
ケイゴ「誰が猿だ。キー」
コユキ「アハハ」
アラン「悪いが、ちょっと、はばかりに行かせてもらうよ」
ケイゴ「どうぞ。……フゥ。なぁ、バイトくん」
コユキ「何ですか?」
ケイゴ「もしもマスターの正体が化け狐だったら、どうする?」
コユキ「えっ。マスターは狐さんなんですか?」
ケイゴ「そうそう。ときどき、人間離れした行動をするだろう? 怪しいものだ」
コユキ「気が付きませんでした。でも、そう言われてみれば、そうですね」
ケイゴ「俺も状況証拠ばかりで、これという確証は得てないんだ。ハロウィンの騒ぎに乗じて、何とか尻尾を掴めないものだろうか?」
コユキ「絶好の機会ですものね。わたしも、正体解明に協力します」
ケイゴ「住み込みなら時間の制約が無いし、女の子相手なら、なおさら油断するだろう。頼んだよ」
コユキ「はい。頑張ります。――あっ、淀川さん」
アラン「西野くん。また、ろくでもないことを吹き込んだのではないだろうな?」
ケイゴ「仮想の話をしてただけだよ。なぁ?」
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アラン「二槽式洗濯機、紙パック交換型掃除機、ガラパゴス携帯電話。技術革新の過渡期に生まれた製品だが、今でも根強い人気があるらしい。かくいう僕も、旧式の頭をしてることは否めない。……温故知新という言葉も、使い古されて手垢の付いた、時代遅れの言葉なんだろうなぁ」