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#017「それっぽくない」

アラン「失笑とは、おかしさのあまり噴き出すこと。潮時とは、物事を始めたり終えたりするのに適当な時機のこと。小春日和とは、晩秋から初冬における穏やかで暖かい天候のこと。役不足とは、力量に比べて、役目が不相応に軽いこと。確信犯とは、信念に基づき、本人が悪いことでないと確信してなされる犯罪のこと。姑息とは、その場しのぎのこと。にやけるとは、男が変にめかしこんだり、色っぽいようすをしたりすること。憮然とは、失望や落胆から、どうすることもできないでいるさまのこと。敷居が高いとは、不義理や面目ないことがあって、その人の家へ行きにくいこと。なし崩しとは、物事を少しずつ片付けていくこと。気が置けないとは、遠慮したり気を遣ったりする必要がなく、心から打ち解けることができること。檄を飛ばすとは、自分の主張や考えを広く人々に知らせ、同意を求めること。破天荒とは、前人の成し得なかったことを、初めてすること。煮詰まるとは、検討が十分になされて、結論が出る段階に近付くこと。たそがれるとは、盛りを過ぎて衰えること。うがった見方をするとは、物事の本質を捉えた見方をすること。情けは人の為ならずとは、他人に親切にすれば、その相手のためになるだけでなく、巡り巡って良い報いとなって自分に戻ってくるということ」

――アラン、万年筆を擱く。

アラン「今回は、このくらいにしてやろう」

  *

コユキ「ひと月五万円では、二十三区内で生活できないんですね」

リツコ「基本的には無理な相談ね。あたしが住んでるレディース・マンションは、ワン・ケーで十二万円するし、桂梧くんのアパートだって、十万近くするでしょう?」

ケイゴ「えぇ。共益費とか管理費とかを入れたら、軽く十万を超えますから。狭いワン・ルームなのに、何でこんなに払わなきゃいけないんだろうって、毎月思ってるんですけどねぇ」

コユキ「そうすると、やっぱりここは破格の安さなんですね。あのときは、声を掛けてくださって、ありがとうございました」

リツコ「どこも家賃が高すぎて途方に暮れてる少女を、夜まで放っておく訳にもいかないじゃない。犯罪に巻き込まれてニュースにでもなったら、こっちも寝覚め悪いわ」

ケイゴ「しかし、ここに預ければ下宿先と仕事先の一挙両得になるとは、よくも咄嗟に考え付いたものだ。あっ、これは褒めてるんですよ?」

アラン「それなら、もっと分かりやすい表現を選ぶべきだな。――ほら、原稿」

ケイゴ「どうも。いつも助かります、マスター」

コユキ「またまた、真っ赤になって返ってきましたね」

リツコ「亜嵐さんは、桂梧くんの校閲担当ではないのよ。解ってる?」

ケイゴ「訂正するって言い出したのは、マスターですよ。言葉は時代と共に意味が変化するものなのに」

アラン「僕の眼の黒いうちは、本来と違う用法を許さない。だいたい、仮にも文筆業で生計を立てているのなら、熟語や慣用句の誤用をするんじゃない。非常識だ」

ケイゴ「そんなこと言われても、すぐには身に付きませんよ。文系科目が苦手だったのは、マスターもよく知ってるでしょうに。英語のせいで、一年浪人したんだから」

コユキ「えっ? 常連さんは、文系ではなかったんですか?」

リツコ「桂梧くんも、大学までは理系人間よ。――浪人中は、ここを予備校代わりにしてたっけ」

アラン「飲食代が受講料だとしたら、かなり安上がりだな。――数学だけは才能があるんだ。英語は、高校卒業時点で中学一年レベルだったけどね」

ケイゴ「その節は、お世話になりました。――ちなみに大学では、情報工学部、知能教育学科、メディア創造コースの専攻だよ」

コユキ「へぇ。何だか意外です」

リツコ「意外といえば。小雪ちゃんは、桂梧くんが下戸だって知ってたかしら?」

ケイゴ「ちょっと、マドンナさん。何で、それを暴露するんですか」

コユキ「えっ、お酒が飲めないんですか?」

アラン「知らなかったようだね。いつだったか、リキュール入りのチョコレートを食べて、引っくり返ったことがあったんだ」

ケイゴ「マスターまで、俺の恥を晒さないでくださいよ。こっちだって、話術と煙草で、何とか間を持たせる努力をしてるんですからね」

コユキ「アハハ」


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