#016「歴史と伝統」
アラン「現代社会学部、国際文化学科、多文化共生コース。必修科目、英語講読演習。これが、ここ最近の夜更かしの原因ですか」
コユキ「わっ。淀川さん」
アラン「睡眠不足は美容と健康に毒だよ。まだ徹夜しても、すぐに疲労が回復される年頃だろうけど、それに甘んじてはいけない」
コユキ「ごめんなさい。どうしても、これを今夜中に仕上げたかったんです」
アラン「三人寄れば文殊の知恵。寝不足でホールに立たれて、取り返しのつかない失敗をされては困るからね。僕も手伝おう」
コユキ「すみません。――この英字新聞の記事を読んで、記者の主張に対する考察をレポートするんですけど、翻訳しても何が言いたいのかサッパリで」
アラン「名前から察するに、著者はスコットランド系の男性だね。微に入り細に穿つ書きかたで、なかなか前に進まなかったのでは?」
コユキ「そうなんです。それに、意味が分からない例えも多くて困ってるんです」
アラン「シェイクスピア、マザー・グース、ルイス・キャロル。英国で一般教養とされる文学知識は、日本人には馴染みが薄いものも多いからね。例えば、ココだけど」
コユキ「直訳すれば、国民全員が土曜日に生まれたわけではない、ですよね? どういうことですか?」
アラン「土曜日の子供は生まれながらによく働く、という詩の一節を暗示してるんだ。だから、集団の中に怠け者がいる状態が自然だと言いたいんだろう」
コユキ「そんなの、分かりませんよ」
アラン「まったくだね。記事を書いた記者も意地悪だが、これを課題に選ぶ教授も結構な臍曲がりだね」
コユキ「学者って、いやらしい根性をしてますよね」
アラン「物事を多面的かつ複次元で捉える癖があるからね。表面から見えてる部分だけを疑問無しに受け入れていたら、研究が始まらない」
コユキ「それも、そうですね。――フフッ」
アラン「何か変なことを言ったかい?」
コユキ「いえ、そうではないんです。ただ何となく、淀川さんがお父さんみたいだなぁって思っただけです」
アラン「おやおや。十五歳差だから、親子としては厳しくないかい?」
コユキ「でも、わたしの両親は、淀川さんと同じ三十代ですよ?」
アラン「そういえば、学生結婚なんだったね。しかし、僕は前半だけど、宮部くんのご両親は後半だろう?」
コユキ「現役短大生から見れば、どちらも大した差はありませんよ」
アラン「こちらが、今どきの若者を十把一絡げにするように、そちらも、中高年をまとめてカテゴライズするんだね?」
コユキ「そういうことです。――ところで、この三つの共通点は何でしょう? 途中まではルネサンスについての話ですけど」
アラン「エジプトの壁画、ローマ帝国の硬貨、正岡子規の写真。どれも特徴的な横顔だね」
コユキ「逆さにした茹で卵や、ゴルフ・パターというのは?」
アラン「おそらく、人種による骨格の違いを表現してるんだろう」
コユキ「遠回しすぎますよ」
アラン「婉曲表現は、ある程度の共通認識が無いと全く伝わらないからね。理解するためには、その土地、その民族で育まれてきた独自の文化を学ぶ必要がある」
コユキ「日本も諸外国に比べると、かなり異質ですもんね」
アラン「何が同じで、何が違うのか、知識や経験を増やしていくのが、学生たる宮部くんの課題だよ。ハハッ。責任重大だね」
コユキ「淀川さんったら、他人事だと思って」




