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#014「夜もすがら」

アラン「三分経ったようだ。体温計を貸してごらん」

コユキ「はい、どうぞ」

アラン「三十七度二分。順調に熱が下がってるようだが、風邪は治りかけが肝心だからね。もう少し、横になってたほうが良い」

――アラン、体温計を振る。

コユキ「淀川さんは、砂時計派なんですね。キッチン・タイマーを使わないんですか?」

アラン「止めるまでベルや電子音が鳴り続けるのは耳障りだから、出来る限り使いたくないんだ」

コユキ「そういえば、目覚まし時計も使ってませんよね?」

アラン「天井の出窓から、部屋中に燦々と陽光が差し込むからね。嫌でも起きるよ」

コユキ「でも、これからの季節は、なかなか布団から出られないのではありませんか?」

アラン「起床直前は、末端が冷えてるからね。しかし、耳を引っ張ったり、手足の指を曲げ伸ばしたりして、手早く血行が促進されるようにすれば、多少は起き易くなる」

コユキ「耳と手足ですね。朝、起きるのが辛いときに試してみます」

アラン「寒ければ、我慢せずに遠慮なく言うように。まだ予備の毛布や布団があるから」

コユキ「はい。そうします」

  *

リツコ「夜中の空腹を予想して、昼間に仮眠を取っておいて正解だったわ。――どう? ちゃんと火が通ってるかしら?」

コユキ「はい。柔らかく炊けてます。――まさか、ソファーで待機されてるとは思いませんでした」

リツコ「それは良かった。食べられるなら、食べ切ってしまって構わないわよ。腹持ちが良く栄養価が優れてるから、ちょうど良いわ」

コユキ「はい。でも、こんな夜遅い時間に炭水化物を摂ったら、太りそうで心配です」

リツコ「減量や罪悪感は、忘却の彼方へ追いやってしまいなさい。育ち盛りは燃費が違うんだから」

コユキ「そんな、他人をハイブリッド・カーみたいに言わないでくださいよ」

リツコ「中古車より新車のほうが、そして大型車より小型車のほうがエネルギー効率が良いものよ。これは機械でも動植物でも同じ。栄養状態が悪化して真っ先に絶滅したのはアノマロカリスやティラノサウルスでしょう?」

コユキ「話のスケールが壮大ですね。――それにしても、この家に土鍋があったんですね」

リツコ「ずっと置いてなかったんだけど、とうとう亜嵐さんの両親から宅配されてきたそうなの」

コユキ「葉書や手紙だけではなくなったんですね。やっぱり、この夏に栄養失調で倒れたからでしょうか?」

リツコ「おそらく、そうでしょうね。亜嵐さんは、ありがた迷惑に思ってるみたいだけど。――栗、里芋、山菜、餅米、土鍋、カセット・コンロ。これだけ送られてきたら、皮を剥いて灰汁を抜いて、おこわを炊くしかないわよ」

コユキ「でも、わたしがいただいてしまって良いんでしょうか?」

リツコ「気にすること無いわ。亜嵐さんも、いつも笑顔と元気を貰ってる御礼だって言ってたから」

コユキ「そうですか。それでは、お言葉に甘えまして」


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