#013「風邪を引いたら」
アラン「三十八度七分。完全に風邪だね。どうやら、葛根湯は効かなかったようだ」
コユキ「すみません。ご迷惑をお掛けします」
アラン「まぁ、一日、安静にしてれば治るだろう。食欲はあるかい?」
コユキ「少しは」
アラン「生きる上で食事は大切だからね。身体だけでなく精神にも影響を及ぼす。――あとで、果物の缶詰を買ってこよう。苦手なフルーツは、あるかい?」
コユキ「いえ。缶詰なら、何でも」
アラン「それは結構。――さて。僕は店のほうに戻るけど、何か欲しいものはあるかい?」
コユキ「特に、何も」
アラン「そうか。ともかく、今日はゆっくり休みなさい」
コユキ「はい」
*
ケイゴ「面接や試験で必勝法や攻略術が確立されると、模倣が増えて過去の遺物となる。せっかく周囲と違うアピールで採用されても、三年以上勤めるのは少数派。それにしても、労働者が自社製品を買えないような給与を設定する経営者は、誰に買わせるつもりなのだろう。そう思いませんか、マスター?」
アラン「今日は珍しく社会派なんだな、西野くん」
リツコ「明日は、バラが咲くかもしれないわね」
ケイゴ「雪が降るみたいに言わないでくださいよ。たまには真面目に語りたいものなんです」
アラン「ほぅ。東京五輪と外国人観光客の民泊問題については、どう思う?」
リツコ「日本人は外国人を含めて、余所者への警戒心が強いわよねぇ」
ケイゴ「反面で好奇心も強い。お互いのことを、よく知る絶好の機会と捉えて、国際理解が進めば良いと思います」
――アラン、ケイゴの額に手を置く。
ケイゴ「何ですか、マスター?」
アラン「熱に浮かされたのではないかと思ったんだが、どうやら違ったようだ」
リツコ「何とかは風邪を引かないと言うわよ、亜嵐さん」
ケイゴ「俺だって、たまには風邪を引きますって」
アラン「風邪というのは、高熱が出て悪寒や咳を伴うものだが、症状に間違いはないか?」
リツコ「引いたとしても、夏風邪でしょう? 能天気な極楽蜻蛉が、ストレスで免疫力を低下させるはずないもの」
ケイゴ「二人とも、俺を何だと思ってるんですか!」
アラン「日頃の行いから割り出した答えだ」
リツコ「自分の胸に手を当てて、よく考えることね、桂梧くん」
ケイゴ「グッ。厳しいことを言うなぁ」
*
リツコ「調子はどう、小雪ちゃん?」
コユキ「あっ、栗子さん。淀川さんは?」
リツコ「お庭よ。亜嵐さんのほうが良いなら、呼んできてあげるけど?」
コユキ「いや、用事がある訳ではないんです」
リツコ「そう。――はい、これ」
コユキ「わぁ。美味しそうな桃ですね」
リツコ「風邪を引いたら桃の缶詰。昔からの知恵だけど、必要な栄養を効率良く補えるから、あながち無根拠ではないのよねぇ。――白桃と黄桃と、どっちが好みか分からなかったから、半分ずつ入れてきたんだけど」
コユキ「両方とも好きですよ。ありがとうございます」
リツコ「買ってきたのは亜嵐さんだから」
コユキ「そうなんですか。あとで、お礼を言わないといけませんね。――いただきます」
リツコ「風邪を治してからにしなさいね。――食欲は回復してそうね」
コユキ「はい。グッスリ眠ったら、かなりスッキリしました」
リツコ「十代の自然治癒力が成せる業ね。良いなぁ。入れ替わりたいわ」
コユキ「プレゼンテーションやレポートの資料を集めなきゃいけませんし、半年に一度は試験がありますよ?」
リツコ「あら。そこは、いただけないわね」
コユキ「フフッ。好いトコ取りはさせませんよ」




