#012「和気藹々と」
アラン「そろそろクリスマスに向けて、ブランデー・ケーキの準備をしないといけないな」
リツコ「そうね。あれは、一ヶ月前には仕込まないといけないものね」
コユキ「どうして、そんなに時間が掛かるんですか?」
アラン「材料のドライ・フルーツをブランデーに漬け込むのに二週間、焼いたあとのパウンド生地にブランデーを浸み込ませるのにも、もう二週間掛かるからだよ」
リツコ「それから、タルト・タタン用の紅玉林檎とシナモン、ガトー・ショコラ用のビター・チョコレートとココア。あと、ビュッシュ・ド・ノエル用に無塩バターも確保しておきたいところね」
コユキ「何だか、喫茶店なのか洋菓子店なのか、判らなくなってきました」
アラン「そうだね、宮部くん。僕も、この時期はパティシエになった気分がするよ」
リツコ「手先が器用だから、何でもこなせちゃうのよね」
コユキ「羨ましい限りです」
アラン「何をやってもソコソコ止まりで、大成しそうにないけどね。便利屋扱いされて終わりさ」
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コユキ「お菓子の空き箱は、小物の収納に最適ですね」
リツコ「そうでしょう? 特にチョコレート系はデザイン性と機能性に優れてるから、万能なのよ」
コユキ「散らかりがちなアイテムの整理に役立ちました。ありがとうございます」
リツコ「いいえ。捨てるつもりの空き箱だったから、こっちとしても処分の手間が省けて助かったわ」
コユキ「それにしても、暮らしの知恵を色々とご存知ですよね、栗子さん」
リツコ「そうかしら? そうだとしたら、一人暮らしが長いせいね」
コユキ「珈琲の染みにはオキシドールが良いとか、水回りはエタノールで綺麗になるとか、普通は考え付きませんよ」
リツコ「まぁ、化学的な知識は、両親から教わったことも少なくないわね。母が薬剤師で、父は製薬会社の研究員だから」
コユキ「理系なんですね」
リツコ「筋金入りの理系よ。薬局で勤めてた母に、父が好意を寄せてね。何かと買う物を用立てては、足繁く通って口説いたそうよ」
コユキ「薬局にとっては良いお客さんですけど、販売員としては迷惑ですね」
リツコ「母は、父の年齢が自分より六歳年下だと判って、一度は断ったそうなんだけど、熱烈なアプローチに圧されて根負けしたみたい」
コユキ「その猛アタックが無ければ、栗子さんは生まれなかった訳ですね?」
リツコ「えぇ、そうよ。三十五になって子供を産むことになるとは、夢にも思わなかったって、今でもよく言ってるわ。――あれ? 何でこんな話になったのかしら?」
コユキ「スイーツの食べ過ぎに注意しないと、冬のあいだにお肉が付いちゃうって話でしたよね?」
リツコ「それで、その前にケーキ屋巡りをしようって話をしてたのよね」
コユキ「そう! クリスマスに新作ケーキを増やしたいって話でした」
リツコ「あっ、そうそう。それじゃあ、本題に戻るわね」




