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魔王は町と胃壁を破壊する

作者: 銭形 雷一

 宝くじを百回あてる確率と同じくらいの確立だ。

 俺がある質問を掲示板に投げかけると、このような答えが返ってきた。

 流石に冗談だろうと思ったものの、攻略サイトに書いてあった確率の話からそうなるのは大体それぐらいだった。

 俺は運が良かった。だが、どうせなら宝くじが百回当たる方が良かった。

 目の前には魔王がいる。敵ではない。

 俺のモンスターだ。



 VRMMOテイマーズワールド。

 簡単に言えばモンスターテイマーとなってモンスターと一緒に冒険を行うフルダイブ形式のオンラインゲームだ。

 そこでは最初のモンスターは全モンスターからランダムで選ばれる。大抵は進化有の下級モンスターなのだが、時たま上級モンスターを引き当てる者もいるという。

 俺は友人に誘われてこのゲームを始めたのだが、一時間ほどこのチュートリアル専用空間で滞在している。

 念のため友人にはリアルの方でメールしておいた。

 返ってきたのは明らかに冗談ととられている文面だ。

 俺には最初にやらなくてはならないことがある。それは目の前のモンスター『魔王ジェイン』をどうにかすることだ。

 赤い皮膚に、頭から生える二本の角。牙が生えそろっている口からは炎が時たま顔を出す。その大きさは元々がレイドボスであるためか、このゲームに登場するモンスターの中でもかなり大きい部類に入る。

 俺はもう一度スキル画面を開けて、念のため確認する。何度見ても壮観なスキルが並んでいる。だが、問題は別ページに存在する基礎スキルの部分だ。


 『戦闘領域』

 このモンスターが存在するエリアは全て戦闘可能エリアとなる。


 弱小モンスターをただの歩行で蹂躙した後でこのスキルを見れば、この後惨劇が繰り広げられるのは目に見えているはずだ。


「このゲームを開発した奴は馬鹿なのか?」


 普段は温厚な俺でも流石にこれくらいは言う。

 そこである文字が目に留まった。テイマーの持つ基本スキルだ。


『縮小』

 自身のモンスターを手のひらサイズにする。その間、モンスターはスキルを使えない。ダメージを受けることで解除。

 習得レベル、10。


 俺は無言で振り返る。

「念のためもう一度するかい?」

 教官NPCは同じ文章を何度も読み上げていた。何処となく、早く行ってほしそうな苦笑いを浮かべていた。



 俺は始まりの町に降り立った。そこは中央広場であり、東西南北に道が延びている。

 周囲を見渡してみると活気に満ち溢れており、ここがゲームにおける最大の町だということを余計に意識してしまう。

 本当に小さくできて良かった。

 手のひらで小さくなった魔王を見て、心からそう思った。

 これから俺の冒険は始まるのだ。

 こいつがいればきっと行く先々で手厚く歓迎されるはずだ。少し苦労するが、余りあるバラ色のゲームライフが送れるはずだ。

 自然と笑みがこぼれる。


「おーい」


 最初は別の人にだと思ったが、どうやら自分に対してのようだ。


「やっと来た」


 友人がそこにはいた。正確にはあらかじめ教えてもらっていたキャラクターネームでそう判断しただけで、金髪巨乳の美少女キャラとは思っていなかった。

 彼は長い間プレイしたのであろう。装備は俺の布の服なんかよりも遥かに上等な布で、露出が高い。その後ろには白い竜が頭を垂れている。

 リアルは男の中の男。ゲームでは美少女。

 笑わない方がおかしい。


「わーらーうーなー」


 あざとい感じで言っていてもリアルは筋肉隆々の巨漢だ。


「ごめん、ごめん。ところで、こいつを見てくれ」


 マジかよ。

 表情がそう言っていた。

「俺が遅れてきた理由は分かったかな?」

「あー、うん。本当だったんだな」


 友人はまじまじと魔王を見つめた。そして、華奢な腕を持ち上げて、指先を魔王に近づける。


「えい」


 軽く、魔王を突っついた。


『0ダメージを受けました。スキルを解除します』

 意味不明なスキルメッセージが視界の端で表示された。


 友人は巨大化の余波で吹き飛び、死亡する。

 俺は自身のモンスターなのでダメージはなかった。

 代わりに、プレイヤーもNPCも空高く吹き飛ばされ、家は崩れ去る。

 プレイヤーたちは当然のごとく反撃に出る。


 ある者はゴブリンの大軍を呼び出し、またある者は竜に騎乗する。大手ギルドの中にはギルド守護モンスターを呼び出して、怪獣戦争さながらの光景が繰り広げられた。

 竜は火を噴き、魔術師たちは魔法を唱える。ゴブリンの大軍は魔王の足元に群がり動きを止める。

 

 だが倒せない。

 魔王が単純に強いだけではない。彼らがパーティを組んでいないため、お互いの攻撃を受けてしまうからだ。

 

 もう、いやだ。帰りたい。

 

 先ほどから、レベルアップのエフェクトが止まらない。魔王は俺を罪悪感で殺すつもりなのだろうか。

 絶望的なのは魔王も他のモンスターと同じようにレベルアップすることだ。その度にステータスが上がるだけでなく、体力も完全に回復してしまう。


「ヤバいぞ、これ」


 美少女は広場の中央を指差す。

 魔王が暴れたおかげで瓦礫が散らかっている。そんな場所に何人ものプレイヤーが出現し、モンスターを呼び出す前に殺され、再び出現する。


「みんなのリスポーン地点はここだ」


 そう言い残して、友人は再び宙を舞う。

 その時、脳裏にあるアイディアが駆け抜けた。むしろ、何故、浮かばなかったのか疑問だ。


「ログアウトしよう」


 メニューを開き、ページを移動していく。


「無駄だぜ」


 友人はそう言いながら俺の目の前を飛んで行った。何かを悟ったかのような安らかな表情だった。

 俺はログアウトボタンを見つけ、すぐに押した。


『注意。戦闘中です。戦闘が完全に終了するまで、アバターは残り、モンスターは戦い続けます。ログアウトしてもよろしいでしょうか』


 よろしくない。


 こうしている間にも魔王は成長し、俺の罪悪感はレベルと連動するかのように酷くなっていく。心なしかお腹が痛い。

 何か手はないかと思い、メニューを見ていくが、見慣れないアイテムとゴールドが次々と増えていっているのはなかなかつらいものがある。


 もしかして、これってPK扱いなの?


 ゲーム内でつるし上げられる自分を幻視する。

 ぼろ雑巾のように目の前の地面に友人がたたきつけられる。彼は何かを取り出そうとしていた。


「……これを、使え……」


 透明な球体。何かのアイテムだろうか。


「これは?」


 そこで、友人にとどめが刺された。


 アイテムの説明を読む暇なんてなかった。

 俺はすぐに友人の形見を天に掲げた。復活した友人がそれに手を添える。

 なかなか画的に映える場面だ。

 すぐに吹き飛ばされなければ。

 球体が光ると光が溢れだし、魔王を包んだ。


 魔王の攻撃は止まった。


「何なりと命じてください、我が主」


 魔王は俺の目の前で膝をつく。先ほどの暴威をもたらした存在と同一であるとは思えぬほど、そこには高潔な何かを感じた。


「これは?」

「モンスターの性格を変えるマジックアイテムだ。たぶん、性格は高潔だな」


 感嘆の声が口から漏れ出す。

 もしかすればこれで俺の不安は終わりか。なら、まずは謝罪巡礼をしよう。そして、運営を糾弾しよう。

 俺の脳内は完全に魔王が俺に従う前提で話を進めていた。


「今だ!」


 そんな怒号が聞こえた気がしたが気のせいだろう。炎の玉がこっちに飛んできたけど気のせいだ。

 魔王に当たった。


「主を狙う不届き者め! 我が魔法を食らうがいい!」


 絶対に違う。


「やめるんだ、ジェイン」

「いえ、主よ。彼らを見てください。彼らの敵意は全てあなたに向いております」


 いや、君に向いているんだよ。


 魔王は再び暴れだす。厄介なことに先ほどよりも理知的な動きだ。


「貴様か! 貴様がモジョモジョ様を殺そうとしたのか!」


 やめて。そんなに叫ばないで。俺のテイマーズワールド人生が3時間で終わる。


 おなかいたい。


「これは狂信者だな。人型にしか見られない」


 友人は踏みつぶされた。

 すぐに俺の真横で復活する。


「やったな。レアだぜ」


 彼の何がこうさせるのだろうか。


 何度も倒されてはリスポーンして、絡んで来ようとする友人を理解できなかった。


 町は最早壊滅し、焦土が広がるばかりだ。プレイヤーはもうおらず、俺と友人だけがその場にいる。


「さあ、主よ。冒険の始まりですぞ。近くの町で準備をしましょう」

「一番近くの町は君のせいで滅んだけどね!」


 それがせめてもの抵抗であった。



 こうして俺の初めてのプレイは終わりを告げる。

 それから魔王ジェインは大手ギルドを三つも壊滅に追い込み、国を崩壊させ、初心者プレイヤーにはトラウマを植え付けた。

 この惨劇が終わったのは運営が介入してからだ。

 いろいろあったけど、なんやかんやあって二週間後には元の活気を取り戻していた。むしろこの事件のせいで新規プレイヤーが増えたくらいだ。


 俺は最初の町を歩く。

 あの後『魔王ジェイン』は俺のモンスターから削除され、聖霊竜シリーズという四種類のドラゴンと、混沌シリーズという三体のモンスターが代わりに与えられた。お金も上級装備をいくつも買うくらいにはある。


「よお、大魔王様」

「やめろ」


 あの後、俺はプレイヤー間でこのように呼ばれるようになった。まあ、あんなものを引き当てたのだから当然と言えば当然だ。

 友人は相変わらず露出の多い服装をしている。男性プレイヤーを誘惑しているのを見たのは秘密だ。


「さあ、冒険に行こうか」

「その前に運試しをしていこう」


 友人はある場所を指差した。その店ではくじ引きをやっているらしい。

 景品はモンスター。アップデートで追加された中からランダムで選ばれるらしい。


「一回、一万ゴールドか」


 俺はやってみることにする。それは単純に、ある程度弱いモンスターで冒険してみたかったからだ。


 最初から強いのはつまらないからな。


 くじ引き用の箱に手を入れる。指先からはいくつもの球体が当たる感触が伝わってくる。


「もしかしたらまた当たるかもな」


 友人は軽い冗談を言う。


「まさか」


 笑いながら俺はくじを引いた。もちろん結果は予期した通り別のキャラクターだ。


 ただし、一世と二世みたいな違いだけど。


 よりにもよって友人の真上から降ってきたそれは、着地の余波で市場一帯を破壊しつくし、再び惨劇を繰り広げるのであった。


「修正したんじゃないのかよ!」


 叫びは戦闘音に掻き消された。


 後に、魔王ジェインシリーズを揃えた男として俺がネット上で伝説になるのは別のお話。

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― 新着の感想 ―
[一言] 腹筋も破壊してると思う……
[一言] 友人のタフさ加減にジワる
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