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灰色の世界  作者: ken
第一章
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第六話 =ささやかな同窓会=

 まさかの連投です。やっぱり勢いって大事ですね。

 次回も近日中に投稿出来ればと思います。

 では、今回もよろしくお願いします。

「…………今日はここまで、だね」

 

 鐘が鳴り終えた後、優次郎はいつもの笑顔でそう言った。

 教卓に手を突き、よいしょと年齢に不釣り合いな声を出しながら立ち上がり、読んでいた教科書を右手に抱える。


「さて…………さっきも言った通り、これはお試し授業だよ。

 来週以降のボクの授業は、今日みたいに『化学を用いた魔術を構成する物質の解読』を重点的にやっていこうかなーと思ってるけど…………皆も知っての通り、この考えは今の魔術師の間じゃあ古臭い考え方になるんだろうし、履修するかしないかは任せるけど、瞳ちゃんはどうするの?」


 問えば、瞳ははぁ、と深いため息を吐いて、優次郎を真っすぐに見据えた。


「やっぱりアナタの思考は前代未聞ですね……面白そうなので、これからも受けさせて頂きますが」

「そっか。じゃあ、雪菜ちゃんは? この授業、これからも受ける?」


 微笑みを浮かべたまま、今度は雪菜に問うた。

 そしてその問いに対する雪菜の答えは、もう決まっている。


「受けます! これからもよろしくお願いします!」


 はっきりとそう言って、雪菜は深々と頭を下げた。

 この人なら。この人の授業なら。

 自分にとって大切な事を学べる。多くの人々を救済するすべを学ぶことが出来る。

 今日の講義を経て、雪菜はそう確信していた。

 優次郎はそれを聞くと、「そっか」と言って笑った。


「じゃあ、来週から受ける人は学生課に行って、正式な履修手続きをしといてね。

 あーそれと……芽衣ちゃーん! もし来週もそんな所でコソコソ受けようとしてるんだったら、面倒だから芽衣ちゃんも履修手続きしといてねー!!」


 奥の扉に向かってそう叫ぶと、しばらくしてから静かに扉が開かれ、アハハ……と苦笑を浮かべた芽衣が顔を出した。


「やっぱバレてたかー……流石、優ちゃん先生の眼はごまかせないね」

「ボクの呼び名、優ちゃん先生で落ち着いたんだね。まぁ硬い感じよりその方がボクとしてはやりやすいけどさ。

 とにかく、芽衣ちゃんも受けるんなら、手続きよろしくね」

「んー、まぁ考えとくよ」


 その返答に満足げに笑うと、優次郎は手前の扉を開き、上体を後ろに向けた。


「じゃあ、受ける人はまた来週。気を付けて帰ってね」


 それだけ言うと、優次郎は扉を閉める。

 コツコツ、と。彼が遠ざかっていく足音が、静まり返った教室にやけに響いた。

 それを破ったのは、瞳だった。

 ふぅ……と一息ついて、静かに席を立つ。


「……月城さん」

「っ、はい!」


 急に名を呼ばれ、雪菜は反射的にそちらを見る。

 瞳は雪菜を静かに見下ろしていった。


「これが、水瀬先生の授業よ。姉さんも言っていたけど、確かに魔術の知識を教える役目に、あれほどの適任はいないかも知れないわね」


 それだけ言って、瞳は教室を後にした。

 雪菜は彼女の背中を見つめながら、1人ある事を思う。


「何か、瞳っち誇らしげな感じがしなかった?

 なんていうか、『どう? 水瀬先生って凄いでしょ?(ドヤァ』みたいな」


 自分の思った事を見事に代弁してくれた芽衣に、雪菜は苦笑で応じた。



      ■ □ ■ □  



 水瀬優次郎は今、学院の屋上にいる。だからと言って、何をする訳でもない。

 ただフェンスにもたれかかって、広大に広がる茜色を、ボーっと眺めているだけだ。その空間には、彼しかいない。ただただ茜色の下、彼ひとりがぽつりと立っているだけ。

 ただそれだけだというのに、優次郎の心は不思議と穏やかになっていた。この瞬間だけは、彼は何者にも縛られず、狂人でも無ければ、また別の『ナニカ』でも無い。ただ一人の人間として、この世界に存在しうるからだ。

 優次郎は、自然と微笑みを浮かべていた。

 

「何笑ってんだい、水瀬」

 

 そんな彼の空間に割って入ってきたのは、凛とした女声。聞き覚えのあるその声に優次郎は顔を下げれば、やがてニコリと笑った。


「やぁ、しーちゃん。それに叶さんも」


 声の主である椎名はフン、と鼻を鳴らし、その隣に立っている叶は、優次郎と同じくニコリと笑った。


「初授業お疲れさま、ユー君」

「お疲れさまって程でも無いですよ……今日はお試しで、ほんの少し話をしただけですから」


 優次郎がそう答えれば、叶は意地悪く目を細め、彼の顔を覗き込む。


「あら、今まで誰の目にも映らなかった化学と魔術の接点なんて濃い内容を話しておいて言う台詞かしら?

 瞳が言ってたわよ。さも自慢げに、あの子には珍しく微笑みなんか浮かべちゃって」

「へぇ、瞳ちゃんがねぇ……」


 叶の返答に、優次郎はおかしそうに笑った。


「何だかんだ言いつつ、やはりアイツも根本は変わらんか……昔から、水瀬の事が大好きだったもんな」


 そんな事を言いながら、椎名はいつの間にかくわえていた煙草に火をつけた。

 優次郎は若干顔をしかめて、それを見つめる。


「しーちゃん、まだ煙草止めてなかったの? 体に毒だよ?」

「うるせぇ、大きなお世話だ。うちの生徒と来たら、毎日毎日学食で飯食いながらやれ教師の悪口だの、あの女は顔だけで性格最悪だのと言った話を飽きもせずに零しやがって。こちとら余計なストレスが溜まって、煙草止めるどころか日に日に本数増えてるっての」

「あっはははは‼‼ そういう所は変わってないんだねーこの学院」


 腹を抱えて笑い出す優次郎。それが鼻についたのか、椎名は右手で彼の頭をわしゃわしゃとかき回した。


「ちょ、やめてよしーちゃん! いきなり何すんの!?」

「呑気に笑ってんのがムカついたからだ、この鈍感野郎。お前が赴任してからは、目下お前に対する愚痴しか聞いてねぇっての。

 『もう学校に来るのすら怖い』だの『何であんな奴講師にした』だの……お前言われたい放題だぞ?」


 むず痒そうに頭をさすりながら、優次郎は「ふーん」と一言漏らした。


「まぁ、当然の反応じゃない? ボクは今じゃ教科書に載ってるような『狂人』なんでしょ?

 そんな奴が自分たちの講師になるなんて、普通は受け入れがたいって。ボクも叶さんが拘置所来てそんな事言い出した時は、耳を疑ったしね」

「あら。私の目にはそうは見えなかったけど? ユー君たら、私が『講師になって』ってお願いしたら、大爆笑してたじゃない」


 叶からの暴露に、優次郎はへらりと笑う。

 それを見て、椎名ははぁ、とため息を漏らした。


「本当に……お前は変わらんな、水瀬。今も昔も、何言ったって笑って済ませる男だ。しかもそれが本心から笑ってるって言うんだから、末恐ろしいな」

「だって本当に楽しいんだもん。この世界も、中々に退屈しないね」

 

 そんな事を言えば、椎名は乾いた笑みを浮かべ、叶もまたニコニコと笑って見せた。


「それで? 初授業の感想は?」

「うーん、そうだなぁ……まぁ、『やっぱりこんなもんか』って感じかな。

 授業始まる前にちらっと教科書のぞいたんだけど、叶さんの言った通り、書いてある事は多種多様な魔術を扱う方法とかばっかで、なんか全部が全部『魔術とはこういうもんだ』で済ませてる様な印象あったし」

「まぁ、実際そうなんだろうな。うちは食堂の担当だから授業の事はよく知らないけど、アイツらの話聞いてる限りじゃ、魔術を多く覚える事がステータスになってるみたいだしな」


 優次郎の言葉に、椎名も同調した。彼女がこの学院の学食に勤めてからもう何年も経っている。生徒たちの話を聞いていれば、その時期の授業がどうかなど、知りたくなくても聞こえてくるのだろう。

 叶はと言えば、悲しそうに笑って俯いていた。


「学院長としては情けない話だけど、実際そうなのよね。前にユー君に言った様に時代の変化って言うのもあるんだけど、実のところ、今一つの魔術を突き詰めている人が激減してるのも一つの原因ね」

「なるほど……つまり『一つの分野に対して詳しく説明出来る講師がいない』と」

「そういう事。まぁ1人いるとすれば、福原先生かしらね」

「福原…………もしかして、魔術思想学の?」

「えぇ、そうよ」


 優次郎は、さも嬉しそうに笑った。


「やっぱり! そっかぁ、福原先生まだこの学院で講師やってたんだ」

「あぁ、そう言えば福原先生は木曜日の担当だし、ユー君はまだ会ってないのよね」

「はい! そっかそっか、福原先生かぁ。

 確かにあの人の授業は、1人の魔術師について深く掘り下げてくれますもんね」

「えぇ、そうね。でも、いるとすればそれ位よ。 

 魔術に関しては、今の講師の方々は多種多様にある魔術を一つでも多く覚えさせる事を重要視しているしね」

「ふぅん……そっか」


 そう言ったきり、話は止まった。

 優次郎は考え込むように遠くを見つめ、椎名は黙って煙草を吸う。

 そして叶は、


「それで、生徒の方は?」

 

 沈黙を破った。


「? どういう意味ですか?」

「そのまんまの意味よ。今日の授業を聞いていたのは、瞳と月城さんだったんでしょ?

 あぁ、後大橋さんも聞いていたのかしら?」

「ま、芽衣ちゃんの場合は盗み聞きに近かったけどね」

「と言うより、叶から聞いた限りでは盗み聞きそのものだった様にも思うけどな」

「じゃあ、大橋さんは置いておいて、瞳ちゃんと月城さんに対して、ユー君はどう感じたのか、聞いてもいいかしら」


 叶がそういうと、優次郎はうーん、と一瞬うなった後、ゆっくりと話し始めた。


「瞳ちゃんは相変わらずって感じかな。真面目で優等生なタイプ。講師の話をしっかり吸収して、自分の糧にしていくって言うか。

 そういう所は、変わってないなーって思ったよ」

「お前の事が大好きなところもな」

「そう……なのかな?」

 

 椎名の言葉に、優次郎は思わず首を傾げる。

 優次郎から見れば、彼自身が言った様に昔の瞳は彼になついており、可愛らしかった。だが今はツンツンしており、彼女も成長し、更に教師と生徒と言う立場になったとはいえ、一線を引いたような態度で接してくるのだ。

 椎名に言わせれば根は変わっていないらしいが、どうにも分からない。


「私も椎名さんの意見に賛成ね。瞳は今も、相変わらずユー君に懐いていると思うわ。多分本心では、またべったり甘えたいんだと思う。流石にあの子も成長したし、そんな事は出来ないんでしょうけど」

「そんなもんですかねぇ」

「そういうもんだよ、女心ってのは」


 ふぅ、と煙草の煙を天に吐きかけながら、椎名が言う。

 女心というやつは、本当に何年経っても理解しがたいものだと、優次郎は1人思う。


「話が逸れちゃったわね。次に行きましょうか」

「あぁ、そうですね。えぇと、次は芽衣ちゃんでいいかな? 

 芽衣ちゃんはそうだなぁ……魔術を使い(・・・・・)たがらない子(・・・・・・)って印象を受けたかな。

 何ていうか、ハッキリとは言えないんだけど。魔術を使えない状況っていうか、使いたくないって言う感情が根っこにあるっていうか」


 優次郎が言えば、叶はそう……と呟くだけで、椎名は何も言わなかった。


「じゃあ、最後に。月城さんはどうだった?」

「……雪菜ちゃんは……」


 彼には珍しく、一瞬間を置いた。

 月城雪菜。

 彼が拘置所を出てから、一番最初に話した生徒だ。

 第一印象は、「小動物」だった。オドオドしていると言うか、自分に自信が持てずにいると言うか。とにかくそういう、引っ込み思案な子と言う印象が強かった。

 だが今はどうだろう。彼女は確かに引っ込み思案な部分が強いが、芯は強い。

 「誰かを救いたい」という思いが中心にあり、例えどんな状況でもそれを曲げない。断固たる信念の持ち主だという事は、今日の授業でよく分かった。

 だがしかし、だ。

 強い信念を持つ。それは素晴らしい事だ。その想いは何よりも強い。成長の一番の栄養分となるだろう。

 だが、だからこそ。優次郎は雪菜に対して、こう感じずにはいられない。



「雪菜ちゃんは…………危険です」



 静かに、無表情に。

 優次郎は二人を見つめ、そう告げた。

 叶は何か言いたげな表情でそれを見つめ返す。椎名もまた然り。

 月城雪菜は危険だ。何がどう危険なのか、それは叶たちには分からない。優次郎の心境など、他人の自分たちには分かる筈もない。

 だが、知っての通り彼は素直な人間だ。素直に自分を表現する。それは言葉でも、表情でも同じ。

 その彼がいつもの笑顔を捨て、驚くほど落ち着いた声で、雪菜は危険だと。そう言い切ったのだ。

 きっと彼は、今日の授業を通して雪菜の中に『何か』を見たのだろう。


「なら……」


 静寂の後、叶は口を開く。


「ユー君は月城さんの『危険』を取り除く事が出来る?」


 再び静寂。先ほどまで茜色だった空は、しだいに黒味を帯びていった。叶と椎名の黒髪と優次郎の白髪が、それぞれ一陣の風によってなびいていく。

 そしてそれが収まった頃、優次郎がゆっくりと口を開いた。

 何とも言えない微笑みを添えて。


「……さぁ、分かりません」

「…………そう」


 叶は答え、椎名は煙草の火を消した。


「暗くなってきたな……もう後始末も終わったし、うちは帰らせてもらうとするかな」

「はい、お疲れ様でした」

「またね、しーちゃん!」


 叶は淡い微笑みを、優次郎は満面の笑みをそれぞれ浮かべ、椎名は右手を上げて屋上を去った。

 残された二人の内、最初に口を開いたのは優次郎だった。


「まぁ、そんな所ですよ。

 と言っても、瞳ちゃん以外の二人とは会って一週間も経ってないし、まだ何とも言えませんね」

「そう。分かったわ。ありがとう、答えてくれて」

「これくらいなら、お安い御用ですよ! じゃあ、ボクも帰らせてもらいますね。

 と言っても、家が見つかるまでは研究室暮らしですけど」


 そもそも、出所したばかりの優次郎にとって、住居など有るはずがない。

 最初は叶が自分の家に住むように促したのだが、瞳が猛反対したため取り止めとなった。


「ごめんなさいね、あの子がもう少し素直になってくれれば良いのだけど……」

「まー年頃ですし、仕方ないですよ! じゃあ、また」

「えぇ、お疲れ様」


 優次郎はニコリと笑って、屋上を後にする。

 残された叶は、どことなく悲しい雰囲気を纏った無表情を浮かべ、優次郎が去った後の扉を見つめていた。


「本当に…………ごめんね、ユー君」


 そう呟いて、静かに瞳から雫を零す彼女を見たものは、誰もいなかった。

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