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灰色の世界  作者: ken
第一章
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第二話 =災厄の訪れ=

 翌日。金曜日。曇天。

 月城雪菜はこの日、授業は2講義目からのため、普段なら10時半に家を出れば楽々到着出来るのだが、今日に限ってはその2時間前に家を出ており、現在学院への通学路を歩いていた。学院長から、1講義目をつぶして全校集会を開くと言い渡されているからだ。ちなみに欠席した者は、現在取得している単位を3割減少させる――冗談の可能性が高いが――と言うものだから、横暴も良いところだ。

 何となく、雪菜は周りの人々に目を向けてみる。

 時間帯もあり、周りにはスーツに身を包んだ出勤前のサラリーマンも多い。皆、一様に忙しそうだ。携帯をいじっている者や、丁寧な口調で通話をしている者が大半だし、正に仕事人と言った雰囲気を醸し出している。だが、中には欠伸を隠そうともしない者も、挙動不審に周りをちらちら見回す者も見受けられた。

 そんな中、いったい自分は、周りの人々の瞳にどう映っているのだろうか。

 それは至極下らない問いだ。自分でもわかる。

 朝に追われる人々は自分の事に精一杯で、誰も月城雪菜と言う人間を認知しないだろう。認知したとしても、「何処ぞの学生が歩いてるな」ぐらいにしか思われていないはずだ。それが人間なのだ。自分の事に手いっぱいになって、どんどん視野が狭くなっていく。

 この魔術の時代に携帯をいじっている人間は特にそうだろう。魔術は誰にでも使える手段ではない。身体の中の「魔力」と呼ばれる成分を使うし、それは誰にでもあるわけでは無いのだ。あったとしても、行使できるほどの量がなければ持ち腐れとなってしまう。

 携帯をいじっているのは、つまりそういった、魔術を使えない人間たちだ。魔術を使えるのは、現在の世界人口中、約7割だと言われている。残りの3割の人間は、魔術を使えない。言い換えれば「時代遅れ」と揶揄されてしまう人々。

 魔術の使用法が発表されても、彼らの生活は変わっていない。唯一の変化は、「魔術じだいに嫌われた連中」と、心無い者に罵詈雑言をあてつけられる理不尽な時間が生まれた事くらいだろうか。

 それを考えると、雪菜も同情を禁じ得ない。そして、分かっていても彼らに対して何も出来ない自分がもどかしくなる。最低な事だと分かっていても、「自分は魔術が使える人間でよかった」なんて考えてしまう事だってある。


「醜いなぁ……私」

「なーに朝から陰湿になっちゃってんの!」


 何とも言い難い感情に襲われていた雪菜の肩を、誰かが勢いよく押した。

 思わず「ひゃっ」なんて可愛らしい声を上げてしまった雪菜は、ほんの少し顔を赤くしてその誰かへと振り向く。


「か、会長さん!?」

「やっほー雪菜ちゃん! 元気……でも無さそうだね」


 この曇天も吹き飛ばしてしまいそうな程に眩しい笑顔を浮かべるのは、日本魔術学院四年生であり、現在生徒会長を務めている少女、大橋芽衣おおはし・めいだった。

 相変わらず、髪は彼女の笑顔に引けを取らない金髪で、瞳は青空の様に住んでいる。


「お、おはようございます。いえ、私は元気ですよ?」

「いやいやいやいやいや! 雪菜ちゃんはたから見たらショボーンオーラ全開だったよ!?」

「しょ、ショボーンオーラって……何ですか?」

「(´・ω・`)」

「何ですかその顔!?」

「私の目から見た雪菜ちゃんの顔! こんな顔してたよ!? もうちょいシリアスだったけど……って、もしかして女の子の日……とか?」

「ち、違います!」


 思わず顔を赤くしながら、雪菜は叫ぶ。

 

「いやーゴメンね雪菜ちゃん。まさかあの日だったなんて……私の配慮が足りなかったね」

「何でそんな真面目に謝っちゃってるんですか! 違いますって!!」

「まぁまぁ、そうムキにならなくて良いって。実は、私もあの日なの」

「思いもよらぬカミングアウトやめてください! 私どう反応したら良いんですか!?」

「笑えばいいと思うよ……」

「某主人公の有名なセリフ丸々パクってますよね!?」

「それは違うよ(ネットリ)」

「何にも違いませんから! 不純物0%で丸パクりですから! 

 あと、中の人ネタもやめてください!」

「およ? このネタが分かるとは……もしや、雪菜ちゃんコッチ系の話イケる?」


 そういわれ、雪菜ははっとする。そして慌てて口を抑えて目をそらしたが、最早遅すぎる。

 対照的に、芽衣は雪菜を見て満面の笑みだ。


「いやーまさか雪菜ちゃんがアニメ好きだったなんて、ちょっと意外だね!」

「うぅ、恥ずかしくて隠してきたのに……」

「何にも恥ずかしがる事なんて無いと思うけどなぁ……現に私は、雪菜ちゃんの意外な一面が見れてすっごい嬉しいし!」

「え?」


 思わず声を上げ、雪菜はそらしていた目を芽衣に向けた。そしてそこにあったのは、心の底から笑っていることが一目で分かる程、輝かしい笑みを浮かべた芽衣が、こちらを見つめていた。だが、その輝きの中には、一点の影が差している様に、雪菜には思えてならなかった。


「魔術が発展して、人の生活は豊かになったよね。金銭面でも優しくなったしさ。でも同時に、人も簡単に殺せるようになっちゃったんだ。悲しい事だけどね」


 言葉が吐きだされるにつれて、どんどん弱くなっていく芽衣に気が付き、雪菜は何も言えなかった。

 

「だからさ、こんな「いつ殺されるかも分からない世の中」なんだから、やれる事は全部やりたいじゃん。そうじゃなくても、人間なんて80年も生きれば「年齢」に殺されるんだし」


 それは「運命に殺される」とも言えるかも知れない。人の死は、生まれたときから決まっているゴール地点だ。回避する事など出来ないし、いつ訪れるかも分からない理不尽な『世界が人間にかけた魔術』なのだ。

 目の前の少女から、雪菜はその事を改めて思い知られる。


「だからさ、雪菜ちゃんみたいに、何かを好きになれるって凄い事だと思うよ。何かを好きになるって、才能だしさ。何も愛せない、信じられないで死んじゃうなんて空しいよ」

「好きになるのは、才能……」

「そ! だから、雪菜ちゃんは胸を張っていいと思うけどな。そりゃあ、心無い言葉を浴びせてくる人もいるかも知れないけど、それは他人の価値観でしかないんだし! 

 雪菜ちゃんの人生も、身体も、心も全部、雪菜ちゃんだけのものなんだから。その主導権を他人に譲っちゃって、そのままゴールなんて悲しいよ」


 そんな風に考えた事は無かったかも知れない。人の顔色を伺い、なるべく嫌われない様に生きていくのがこの世界では当然の事なんだと、そう思い込んでいたのかもしれない。人が人である事に、人が何かを好きになる事に、種族も年齢も何も関係ない。それこそ、魔術を使えても使えなくとも、だ。

 芽衣の言葉を聞いて、スッと軽くなるのを感じる。それを自覚し、雪菜は微笑んだ。


「そうですね。ありがとうございます、会長さん」

「そうそう! そうやって笑ってる方が似合うよ、雪菜ちゃんは!」


 そう言って、芽衣は学校へ向けて歩き出した。

 雪菜もまた、その後ろをとてとてと付いていく。


「あ、言い忘れてたけど、私別にあの日じゃないから。嘘だからね」

「……そうですか」


 もはや忘れてたレベルの話を掘り起こされ、ほんのりと頬を染める生徒会長を見て、思わず雪菜は苦笑した。










 



「にしても、一体何の集まりなんだろうねー」


 二人で学校へ向けて歩いている道中、芽衣がそんな事を口にした。それを受け、雪菜は顔中に驚きの色を張り付ける。


「え、会長さんも知らないんですか?」

「うん。学院長から集会の事聞いたのも、みんなと同じタイミングだよ。議題も、もちろん知らされてないし」

「そうなんですか……」


 答えながら、雪菜は1人思考する。

 まさか今回の集会の件を、彼女が知らされていなかったとは想定外だった。芽衣の顔を見た瞬間、もしかしたら、この人なら今日の議題を知っているのでは、などと考えていた自分が、少し可笑しく思える。

 しかし、だとしたら今日の集会はあまりにも異端だ。過去、この様なサプライズ形式で行われた集会は一度も無かった筈だ。ましてや、学院長は全世界の羨望のまなざしを一身に受けている綾瀬川叶である。どんな生徒にも分け隔てなく接する温厚な性格で、その実かなりの真面目人間である彼女が、こんな茶目っ気のある行動を取ったのは何故だろうか?

 そしてこの集会で発表されるものは、果たして自分たちにとってプラスになるものなのか。

 勿論、雪菜にその答えが分かるはずも無く。


「雪菜ちゃん? おーい、雪菜ちゃーん」

「うぇ!? あ、はい!」

「何ぼーっとしてんの? 学校着いたよ?」


 気が付けば、校門まで後数メートルのところまで来ていた。

 何かを考えだすと、すっかり自分の世界に入り込んでしまう癖に若干顔を赤らめる。


「す、すみません。ちょっと考え事をしてて……」

「だと思ったよ。雪菜ちゃんって、考えると止まらないタイプだもんね!」


 そう言ってニコニコと笑う芽衣に苦笑を返しつつ、雪菜は校門を潜ろうと一歩踏み出す。

 すると―――


「オラ! お前ら邪魔なんだよ! とっとと失せろ!!」


 校門の奥から雄叫びが響いてきた。

 それを受け、雪菜は「ひっ」と小さく声を漏らし、肩を震わせる。

 対する芽衣は、ため息を吐いて呆れ顔だ。


「まーた面倒くさいのが暴れてる……いつの時代になっても、ホントこういう奴らは尽きないよね」


 そう吐き捨てると、芽衣は校門を潜っていく。

 雪菜が校門の横に立ってみてみると、そこには所謂「不良生徒」が周りの生徒たちを威嚇している光景が目に映った。

 その不良生徒の名は、雪菜でも知っている。「猪丸健二ししまる・けんじ」。この魔術学院でも一、二を争う攻撃魔術の使い手で、学院一の問題児だ。

 

「雑魚共が群れてんじゃねぇよ! 目障りだ!」

「ちょっと猪丸君!」


 そんな彼に、果敢にも声を掛けるのは芽衣だった。

 あぁ? と小さく声を上げて振り返った健二は、芽衣の姿を見るとより一層顔をしかめた。


「またテメェかよ。毎回毎回うぜぇ奴」

「それはご愁傷様。誰かさんが毎回問題ばっか起こすもんでね。文句があるなら、その人に直接言ってくれない?」


 不敵な笑みを浮かべる芽衣に、健二はなおも不機嫌そうに舌打ちをする。


「ちっ、偉そうに……何様のつもりだってんだよ」

「それは私に言ってるの? それとも自分に対する説教? 自分で自分に説教なんて、器用な人だね」

「……なめてんのか、クソアマ

「遠慮しとくよ。アナタなんかなめても、何の味もしなさそうだし」


 どんなに威嚇しても挑発しても、態度を全く崩さない芽衣に、健二の怒りは増していく。


「だったら失せろよ、そんな味もしねぇ奴に付き合う程暇でもねぇんだろ? 生徒会長様はよ」

「お生憎様、好き嫌いはしない様に躾けられて来たんでね。それにアナタが今いった通り、私これでも生徒会長だから。私の仕事なんだよね、アナタみたいなどうしようも無い奴の相手するのが」


 プツン。

 その時、健二の中で何かが切れた。

 それを感じ取った雪菜は、再び小さな悲鳴を上げ、思わず一歩後ずさった。

 直後、健二の怒声が、街に響き渡った。


魔術も使え(・・・・・)ない雑魚(・・・・)の分際でウゼェんだよ‼ 今すぐその貧相な体、焼き尽くしてやる‼‼」

 

 そう言って、健二は芽衣と距離を取ると、両手を前に突き出す。

 すると、彼の周りの空気がその両腕に集中していき、やがてそれは巨大な赤の塊となって燃え盛った。

 雪菜は驚愕する。それは、太陽の一部をそのまま持ってきたのではないかと錯覚してしまうほどの、強大な力を纏った炎だった。

 芽衣の顔が歪む。彼女にもわかっていた。これほどの炎を避ける事など不可能だ。そして万が一避けられたとしても、後ろには雪菜がいる。

 自分が避ければ、後ろにいる雪菜がその炎を受ける事になってしまう。いや、それどころか、下手をすれば彼が放つ線上のものが溶けてなくなり、街に甚大な被害を与える事になるだろう。

 だが、健二が言った様に彼女は『魔術を行使できない』。

 とすれば、最善手は一つしかない。


「あばよ、くそったれ生徒会長」


 にやりと、邪悪な笑みを浮かべた健二の声がトリガーになっていた様に、炎は彼の手を飛び出し、主の敵を排除すべく放たれた。

 芽衣に残された最善手。それは―――――自分がこの炎を受ける事。

 さすれば、雪菜も街も傷を負うことは無いだろう――――――自分の命と引き換えに、だが。


(ゴメンね、雪菜ちゃん……嫌なもの見せちゃうけど、許してね)


 芽衣は、これから自分が燃やし尽くされる事を選び、悲しげな微笑みを浮かべた。

 そしてそれは、後ろ姿しか見えない雪菜も察している。いつまで経っても避けようともせず、仁王立ちする芽衣の姿を見れば、聡明な彼女はすぐに察しが付くだろう。

 彼女―――――芽衣は自分たちを護って死ぬ気だと。

 そして、ぼやけていく芽衣の背中に、思わず叫びそうになったとき――――――は現れた。


「ふぅん……これが今の日本魔術学院の生徒か」


 聞きなれない男声に、雪菜の叫びは思わず喉の奥で止まった。

 ふとそちらを見れば、右手の人差指をやんわりと前に出している、独特且つ何処か危ない雰囲気を纏った青年が立っている。

 その人差指の先には、直径5cmほどの小さな空気の塊が見える。

 青年は人差指を曲げると、その直後にデコピンの要領でその空気を放った。

 すると――――――雪菜は思わず目を疑う。

 その空気が健二の放った炎に触れた瞬間、まるでブラックホールに出会ったかの様に、炎がその空気の中に吸い込まれていったのだ。

 

「なっ―――――――!?」


 これには、健二も信じられないといった表情を浮かべる。芽衣も目を見開き、何が起こったのか整理がつかない様子だった。さっきまで黙ってその光景を見つめていた野次馬生徒たちも、皆一様にそんな反応を示す。


「な、なに? 何が起こったの?」


 雪菜は目を丸くしたまま、誰に言うでもなく呟く。


「ほんと、この学院も堕ちたもんだね……この程度の力で、あんな顔が出来るなんて」

 

 再び声を発する青年の顔を見上げ、雪菜はハッとする。

 ボサボサの白髪に、クマが目立つ大きな紅い瞳。悪魔の様に細長い指、死人の様に白い肌。ヨレヨレのカッターシャツと所々切り裂かれた白いズボン、ボロボロのスニーカーを履いた、見るからに怪しい青年がそこにいた。

 そしてその顔は、彼女――――いや、この学院の誰しもが見覚えのある顔だったのだ。

 彼は雪菜の視線に気づくと、彼女の方を見てニコリと笑う。

 まるで子供のような、あどけない笑顔で。


「ねぇ、キミ此処の学生さんでしょ? この学院ってさ、ボクが知らない間に何でこんな貧弱になっちゃってんの?」


 世界中の誰もが知っているであろう、世界を騒がせた大犯罪者、水瀬優次郎が雪菜に問うた。

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