6章
俺は制服のまま手ぶらで歩いていた。時刻は9時3分。いつもなら学校で頬杖で歯を苛めてる時間である。片手にはゲーム機、両耳にはヘッドホンがつけられている。目はゲーム機に向け、耳は音楽に傾け、指の全神経をゲームに集中させる。五感のうちの三感を閉ざし、自分の世界に閉じこもる。
行く先も考えず、通行人も気に留めず、のろのろと歩く。
嗚呼、これは俺が毛嫌いしている低能の歩き方だ。道を縦横無尽にふらふら独占し、町に災厄を振りまく鈍間な歩き。あれによって被害を負った人間も多くないはずだ。道が通れなくなる事案然り、囲まれて居づらい事案然り、声が五月蠅い事案然り。言い始めたらきりがない。
しかしこの時間は低能がいなくて気分爽快である。少し気分も浮かんだ。
無心でひたすら本能の赴くままに歩く。その間美人のティッシュ配りのお姉さんを三人無視した。ほんとそろそろ悟り開けそう。でもなんかブッタさんは妻も子もいたらしいけどほんとどういうことなの。
そんなことを考えると通行人にぶつかってしまった。
「どこ見て歩いてんだよ。ちゃんと前見て歩けよ。」
通行人は俺に声をかけた。通行人の髪は色素を抜きに抜いたような金で、胸元のはだけたシャツと裾を引きずっているズボンを身に着けていた。
そう、 ――俺の一番嫌いな人間である。
「おいおい、聞いてんのかぁー?」
そういって通行人は、――低能は俺の目と鼻の先にまで顔を近づけてくる。
おいおいやめろよ。ファーストキスは好きな人とって決めてんだよ。べ、別に俺はお前でも構わねえけどよ…。
「おいおいやめろよ。ファーストキスは好きな人とって決めてんだよ。べ、別に俺はお前でも構わねえけどよ…。」
「 …は?」
おっとおふざけが口から出てしまった。恋愛シュミレーションゲームしてたからついついこんなセリフがでちまったぜ。
「え、いやいやお前そっち系?ないわーまじないわー。俺彼女いるし。」
完全に誤解されたっぽい。しかもこんな奴に振られたと思うとちょっと苛立つ。きっと彼女もこいつと同じで低能なんだろうな。将来生まれてくる子供が可哀想だ。虐待とか放置とかされないといいけどな。家庭円満でお幸せにな。少子化の歯止めぐらいには役に立ちそうだし。
「家庭円満でお幸せにな。」
「え…。あっ、お、おう。」
爽やかに言い捨てて俺は再び歩きはじめる。正直なんかいろいろ間違えた気がするけど結果オーライ。日本には古来から終わり良ければ全て良しと言う言葉があってだな。
歩きながら俺は思いふける。
俺以外は屑だ。そう俺は思っていた。しかし、本当にそうなのだろうか。さっきの低能は別に俺に危害は加えなかった。あの元凶を作ったには俺だ。
小学校時代、俺が苛められる原因を作ったのは俺だ。
中学校時代、俺が苛められる原因を作ったのは俺だ。
そして今、俺が一人なのは俺が原因だ。
家族を壊し、命までを奪ったのは俺だ。母の命だって俺が奪ったに等しい。
中3時代俺とつるんでた彼らはもしかしたら俺のイマジナリーフレンドだったのかも知れない。
自己嫌悪の波が俺の精神に容赦なく何重にもなって襲い掛かる。俺の精神は一気に牙城崩壊し、自己嫌悪に飲み込まれる。
しかし、その反面いたって冷静な俺もいた。俺が囁く。
「やってしまったことは取り返しのつかないことだ。しかしまだ望みはある。警察にいって、全てを話すべきだ。日本には言霊と言う考えがあってだな、話せば軽くなるはずなんだ。」
自然と足が交番へと向かう。
俺が叫ぶ。
「もう俺は生きていくことはできないんだ!俺以外が屑なら、俺は不燃物だ!なんの役にも立たない俺こそが低能なんだ!もう生きる価値なんてない!」
手を制服に入れカッターを手に握る。爪が手に食い込んで血が滴る。血のしずくが手の甲を滑る。
交番から足が遠のく。しかし俺はカッターで自分を刺せない。
俺が諭す。
「俺は周りより一回りも二回りも優秀だ。なのに前科なんて持ってしまうなんて勿体ない。死ぬなんてありえない話だ。今まで通りに見下し、己を高めるのだ。」
俺が囁く。
「前科は重荷ではない。寧ろ、警察に行けば荷を捨てることができるのだ。」
法治国家の定めに従え。」
俺が叫ぶ。
「俺が生きる意味はないっ!また見下して壊してっ…、そして俺自身の首を絞めるんだ!もうさっさと死んでしまえっ!」
俺が諭す。
「欺け。」
俺が囁く。
「やり直せ。」
俺が叫ぶ。
「死ねっ!」
「ぅ… 。 うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
俺はカッターナイフを道に捨て、全力で走り出す。国道に飛び出し、車の前を横切る。クラクションが町に鳴り響く。刹那、俺は遥か後方に吹き飛んだ。
アスファルトに頭を打ち付ける。肘からは白いものが飛び出、足は赤く染まっていた。
「もうこれでいいんだ。」
俺が囁く。
「起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起き上がれ起き上がれ起き上がれ起き上がれ起き上がれ起き上がれ」
俺が諭す。
「起き上がれ起き上がれ起き上がれ起き上がれ起き上がれ起き上がれ起きてこの場から離れろ早く早く早く早く早く。」
俺はもう叫ばずにぼそりと言い残して、霞んで消えた。
「それで、いいんだ。」
俺は静かに瞼を閉じ、眠りについた。




