雪の降るクリスマス(霜月維苑版)【短期連載検討中】
あらすじにも書きましたが
本来のタイトルは「出稼ぎなんかしたくないっ!」です。
※本作品には独自の通貨が登場します。
1テラあたり日本円だと100万相当です。
私の名前はセラ=アンジュ、十五歳。
人生始まって以来の大・大・大ピンチです!!
けたたましいほどの周りの環境音、至る所から放出されている光、天を貫かんとする無数の大きな建物──これが都会という所なんですね。
これらの光景に思わず卒倒してしまいそうになり、私はその場にうずくまって叫んでしまいました。
「……もっ……もぅ帰りたいよー!」
空気の味も、人の多さも、何もかもあそことはまるで違う。
木の幹にかじり付いてでも、行かないと主張をしていれば、行かなくても良かったのかもしれない。
なのに勢い任せで行くって言っちゃったし。
はあ、今頃後悔しても遅いよね。だってもう来ちゃったんだもん……都会に。
──あぁ、どうしてこうなっちゃったんだろ。
原因はアイツだ。何もかも全部、アイツのせいだ!
あっ、すみません。
自分の父をアイツ呼ばわりはいけませんよね。反省します。
でも、父のせいなんです、ホント。
──事の次第は五日前になります。
◇◇◇
風に揺られて、心地良い音色を奏でる黄金の穂はすっかり刈り取られてしまって、茶色の土が姿を露わにしています。
とても寂しいです。
包むような温もりのある匂いも鼻口をちっともくすぐりません。
雨が降る、いえ近頃は雪が多く降っています。
とにかくそれらのおかげで、ジメッとした土の匂いしかしません。この匂いも好きですが、やっぱり刈り取る前のあの匂いが一番好きです。
「お〜いアンジュ〜」
野太い声。紛れもなくこの声は私の父のものです。
声がする方へと振り向くと、畑一つを境にして父が大きく左右に手を振っていました。
「アンジュ〜」
「とーさんなーにー」
「そろそろ家に帰ってこいよー」
「はーい」
私は畑に向かって、「またくるね」と言い、自分の家へと帰ります。
これが大好きな畑……いやそれだけでなく、村との別れになるなんて、この時の私にはまるで想像もつきませんでした。
家に着き、父と向かい合わせに座った私は、父から衝撃的な一言を告げられることになります。
「あのなぁ……アンジュ……都会に出稼ぎに行ってはくれないか?」
父の顔は、暗く、しかしそれでいて清々しているようにも見えます。
しかも拒否権など許されない、と言わんばかりの訴えかけるような目、声は、私の首を縦に振らせてしまいました。
ただ、まだ行くとは言ってません。単に首を縦に振っただけです。
とにかく恐らく父にとっては、成長した私が邪魔だったのでしょう。なんせ私の家族は私を除いて、下に三人もいるのだから。ちなみに母は、四人目を産んだと同時に死んでしまいました。
彼等を養うためにも働ける者は働かせよう、という魂胆が父にはあると思います。
しかし、私は出稼ぎなんかしたくありませんでした。
だって……だって……都会には狼がいるんだもん!
狼とは恐ろしい存在です。私のような女の子は、あっという間に攫って、食べてしまうのです。
昔このことを父に聞かされてから私は、都会という所が恐ろしくてたまりませんでした。
「でもお父さん……。都会には狼がいるんでしょ? だったら別に都会じゃなくてもいいんじゃないの?」
「え、都会に狼なんていないぞ?」
なのに。
何でしょうか、この掌返したかのような父の発言は。しかも即答。
いや、ひょっとしたら私の聞き間違いなのかもしれない。うん、きっとそうよ、そうに決まってる。父が私にそんなこと言うはずないわ。だって都会に狼がいるって教えたのは、父なんだから。
「お、お父さん……都会には狼がいるんだよ、ね?」
「いないぞ」
これまた即答でした。
あぁ、父は私に嘘をついてたんだ。
許せない。
いいわ、こんな家なんか出て行ってやるんだから!
「分かったわよ! 行けばいいんでしょ! 行けば! でも、私がどうなっても私は知らないからね! それでお父さんを一生恨んでやるんだから!」
父の返答も聞かず、私は身支度をし、さっさと家から立ち去りました。
や、やっちゃったなぁ……私。
家に戻ろうにも出たばっかりで戻りにくいし。
あー都会に行くしかないのかな。
となると、出稼ぎをしなければいけないということね。
◇◇◇
そして今に至るというわけです。
「馬鹿ぁ……私の馬鹿ぁ」
想像していたよりも都会は恐ろしいとこでした。
狼がいるだけじゃなかったのです。見るもの全てに圧倒されるといった感じでしょうか。
上手く言葉には表せないのですが、私の肌もここはヤバいと言わんばかりに鳥肌をたてています。
勿論今の季節が寒いせいでもありますが。
もうダメ! 帰る!
父には泣いて謝ろう。たとえ許してもらえなくて、家に入れさせてもらえなくても、ここにいるよりかはましよ!
しかし少しして、
「……道に迷ったー!」
何だろう目から熱いものが……。
こんな所もうやだー!
私は必死に走りました。
どこを目指してるかって? そんなの知りません。というよりどこを目指すなんて考える余裕なんてないよー!
ふぇぇぇえええええん!
どんどん都会の迷路にはまっていく気がする。しかもここ何だか危ない臭いが。
えぇい! 強行突破よ! すぐに抜ければいいのよ! すぐ抜ければ……うっ。
脇目も振らずに走っていた私の視界が、突如赤く塗りつぶされました。
少し後退りして、目線をくいっと上に上げると、そこにあったのは白く長いあごヒゲを生やした中年男の顔でした。
しかも何だか顔が火照っていて、赤い服を着ている身体がふらふらしています。──もしかして酔ってる?
私の予想は当たっていたようで、男の身体から酒のツンとした匂いが漂ってきました。
うぅ、気持ち悪い。
私はぺこりと頭を下げて、脱兎の如くその場から立ち去ろうとすると、男が腕を掴んできました。
「ちょ、は、離して下さい!」
「ウヘヘ~よく見ると君可愛いね~。よかったらサンタさんと一緒に遊ぼうよ~。今日はステキな、ステキなクリスマスなんだよ」
男はニタニタと頬を歪ませる。また、男の被っている帽子の先の方が生き物のように激しく振れるのも相まって、余計おぞましく感じられました。
「だから私は君に、私の身体をプレゼントするよ~ゲヘへへへへ」
脂汗の滴る顔が近づいてくる。
い、いやっ! 来ないで!
これが都会にいる狼なんでしょうか。想像していたよりもずっと醜悪で恐ろしい存在だったようです。
「たっ……たすけて」
「助けてだって? 大人しくして私に付いて来てくれれば、すぐに楽にしてあげるよ。へへヘ」
舌で口周りを舐め回す動作に、背筋も舐められているような感じがしてゾッとしました。この後どうなるかなんて、まだ十五歳の私でも想像がつきます。
しかし別にこの男だけが恐ろしかったわけではありません。
誰も……誰も助けてくれないのです。
私が本当に恐怖しているのはこっちの方かもしれません。
見てるのに見てないふりをする人、関わりたくないな、と不快そうに顔をしかめ、そそくさと立ち去ろうとする人──まるで彼等と私の間には見えない透明の壁があるようにも思えました。
私の村の人だったら絶対に助けてくれるのに、どうして都会の人は助けてくれないの……?
自業自得ということなんでしょうか、そうなったのは全てお前が悪いということなんでしょうか。
視界が湧き上がってくる熱いもののせいで歪む。周りの光が私と反射して私を嘲笑っているかのように、残酷なほど美しい輝きを放っています。
私は壊れた人形のように全身がガタガタと震え出すだけで、自分から意識が遠退いていく気がしました。
ここで抵抗するのを止めたら私、男によって汚されちゃうんだよね。
嫌なのに、身体はちっとも言うことを訊いてくれない。
仕方ないや。
次、目を覚ました時に頑張って男を殺して私も死のう。
最後に私に見えたのは男の顔ではなく、金髪で背の高い男? の人の後ろ姿でした。◇◇◇
薪がぱちぱちと爆ぜる音がする。
それに柔らかい何かに包まれているような感覚。──とても温かい。
しかし、あの男の顔がフラッシュバックして私は慌てて飛び起きました。ぎぃとベッドが軋む音をたたせて。
もしここに誰かがいたらその音に驚いたことでしょう。が、幸か不幸か辺りを見回してみるも誰もいませんでした。
使用感のない部屋。
そんな言葉が似合いそうです。
と、感慨に浸っている場合じゃありませんね! 早くアイツを見つけて殺さなきゃいけませんからね!
だって私の大切なー!!
ん? あれ? 何かおかしい……。
私は偶然、姿見に映った自分を見て首を傾げました。
昨日と服が全くといっていいほど変わってないのです。
念のため、恐る恐るベッドの方へと視線を動かしました。
やはりと言いましょうか、シーツが乱れていないのです。私が起き上がる時に放った布団以外は。
その時、戸が開く音がしました。
ぶわっと違う温度の風が私に向かって押し寄せてきます。同時に絶望という二文字が支配しました。
ええ、私はあの男が来たのだと思ったのです。
しかし私の予想は彼の発した第一声によって大きく外れました。
「おう、起きたか」
ネットリとした不快感のある声ではなく、低いのに聞きやすい声。
ちょっとした興味心が私を声のした方へと向かせました。
この男の人は誰?
もしかして最後に見えたあの金髪の人?
私、この人に襲われてないよね?
登場した人に対して絶え間なく生じてくる疑問に、しばし私は身を固まらせていました。
「……怖がらせたか?」
私がそんなことを思っているのかを悟ったのか、私に目線を合わせ、心配そうな顔で見つめてきました。
急に迫ってきたので、全身が強張り、表情も固くなってしまっているでしょう。
しかし彼の優しそうな緋色の目を見てか、ふっと緊張が解け、今度は胸が警鐘を鳴らし始めました。
どうにかこうにか抑えつけて、私は答える。
「いえ、大丈夫です──それよりあなたは?」
「ルカ=トレイター」
「あの、名前ではなくて……」
一瞬目を丸くしたが、すぐに意を理解したようでルカという人は笑い出しました。
「はは、そういうことね。うん、君を助けたのは私だよ。しっかし見ていた奴等も理不尽だよねー。いくらあの男がサンタだからといって、あー! 本当に自分があの場にいなかったら君は今頃どうなっていたことやら……。そういえば君はここが初めて? 名前は?」
「え、えっと……」
私がどぎまぎしているのを知ってか、彼は親切にも言い直してくれました。
「ごめんごめん。焦っていいすぎた。まずは、名前からにしようか」
「はい。名前はセラ=アンジュです」
「呼ぶ時はセラ? アンジュ? どっちがいい?」
「どちらでもいいです」
「じゃあ、アンジュって呼ばせてもらうよ。じゃあ次に、アンジュはここが初めてかい?」
「はい、というより都会自体が初めてです」
へー、と興味深そうな声を漏らした後、彼は何やらぶつくさ言い始めた。
「ルカさん?」
「あ、悪い悪い。最後に一つだけ質問追加していいかな!?」
「別にいいですけど、突然どうしたんですか?」
「それは後だ。アンジュ……君は魔法を使えるかい?」
「まほう……?」
本でならよく見たことのある言葉。でも、この世界に魔法って存在するの?
私は続けて言った。
「使える依然にそもそも、この世界に魔法なんて存在するんですか?」
「するよ」
何の躊躇いもなく、彼は笑顔で答える。何だか質問したこっちが恥ずかしくなってくる。
「どうやらその様子だと使えないようだね。魔法についてはひとまず置いておこう。……あっ、ごめん! もう一つだけ質問いいかな!?」
手を取られ、私はドキリとする。彼の手から熱が伝わってくる。
やわらかくて、熱い。でもその熱さが彼の力強さを誇張しているようでした。
「も、もちろんです……」
「ありがと。田舎から来たってことは、アンジュは出稼ぎかい?」
「……はい」
「良かったー、ちょうど人手がほしいところだったんだよ!」
「はぁ」
彼は指を三本立てて神妙な面持ちで、こう提案する。
「これだけ出す。三テラだ」
「さ、さんテラぁっ!?」
思わず声が裏返ってしまった。それだけ三テラという数字は恐ろしい金額なのだ。一体どんな仕事なんだろう……。
「それで、仕事って……」
「サンタいただろ? 赤い服を着た……あっ、そうそう君を襲った奴、あれがサンタだよ」
「はい。続きお願いします」
「分かった。それでサンタってのは聖職者という、ここでは最も高い地位にあるんだ。で、色々説明省くけど、その聖職者に反旗を翻そうってわけ!」
全然分からないけど、とりあえずここは話を進めよう。分からなかったら終わった後に訊けばいい。
「反旗を翻す?」
「そう! 彼等の横暴っぷりときたら目に余るものがあってね。王の私も手を焼いているところなんだよ」
「王様ぁ!? ルカさんが!?」
「はは、元ね。王宮からは聖職者達から追い出されたよ。だからこの通りだ! 仕事を引き受けてくれ!」
王様なのにルカは、私に頭を下げる。田舎から出てきたごく一般市民の私に。
この仕事を引き受けるべきか引き受けないべきか。
……分からない。
でも、私にはこの人に助けてもらった恩がある。それをちゃんと返したい。
いや、そもそも目の前に困っている人がいるのに放っておけない!
だから──
「──その仕事引き受けます」
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