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黒い糸  作者: 須永 梗太郎
昵懇編
8/27

昵懇-3

「……もうっ!藍子ってば冗談キツいよ!」


晴香はそこで漸く、いつもの笑みを取り戻してくれた。


「まぁ、その辺のバカップルより私達の方が強い絆で結ばれてるもんねー」


「んー、どーだろ?」


「えっ!?さっきデレてたよね!?藍子今さっきまでデレてたよね!?そこ認めるとこだよね!?ツンデレなの!?」


「うるさい」


騒ぎ立てる晴香を一喝すると、彼女は頬を膨らませて唸り声を上げている。デレてたかどうかはともかくとして、こうでも言わないと自分の意志が揺らいでしまいそうだった。


幼い時から、いつも咲良が隣にいた。


お母さん同士が付き合いがあったようで、私と咲良は物心ついたときから何をするにも一緒で、引っ込み思案で泣き虫な咲良は一人っ子の私からすれば、妹のようなものだった。


彼女はいつも私の後ろをくっついて歩き、近所の男子に少し意地悪されては、私に泣きつくような子で―おかげで近所の子供たちに私が恐れられていた話はあまり思い出したくはない―今思えば彼女も随分と成長したのだろう。


そんな私たちが小学校に入学した際、地方から転校してきたのが晴香だった。


人付き合いが苦手で、いつも二人だけでいた私や咲良に唯一歩み寄ってくれたのは晴香であり、彼女のおかげで少しながらも友人ができた。


それから私たちは三人で行動することが多くなり、私たちの関係は今に至っている。

こう考えれば、咲良や晴香に普通の友人以上の感情を抱くのは何ら不可思議はないが、この思いが果たして恋慕、或いは劣情であったとするならそれは理に適っているのかはわからない。


私はそんな終わりのない思案をやめると、自らを侮蔑するように深い溜息を吐く。


「あ、咲良戻ってきたかな」


晴香がそう言うと同時に戸は引かれ、咲良の姿が現れる。彼女の両手に持つお盆には、リンゴジュースの入ったガラスのコップ三つと、小洒落た皿にカステラが六等分に並んでおり、空腹の晴香の目を燦爛と輝かせている。


「カステラ持ってきたよー」


盆に乗っているカステラは他の市販の物と比べると幾分か白く、その質感も柔らかそうに見える。食い入るように盆上を見つめている私と晴香に気が付いた咲良は気づいた?と意味ありげに微笑む。


「気付いた、って何に?」


ある程度、察しがついた私に対し、そんなことはいいから早く食べさせろ、と言いたげに晴香は訝しそうに首を傾げている。


「……これって、牛乳入ってるやつ?」


「さすが藍子、正解」


余談だがカステラは、16世紀末頃にポルトガルから伝来されたとされる南蛮菓子である。


ヨーロッパの菓子としては珍しく乳製品を用いないカステラだが、近年ではこのように材料に牛乳を用いることも珍しくない。


また、私たちの住む酪農の盛んな北海道ではとりわけこの要素が強くアンテナショップなどに行けばお目にかかることもあるだろう。


「藍子昔っから好きだよねこれー」


「美味しいからね」


基本的に食べれればそんなに拘りのない晴香はふーん、と鼻を鳴らすと早々に咲良からフォークを受け取っている。


「咲良も好きなの?これ」


「え?……あ、あぁ、うん好きだよ」


「やっぱり?美味しいよね、わかる?」


「……うん、わかるわかる」


私の言葉に、咲良は同調の意を示すと、私にもフォークを渡す。咲良の家の様な旧家―とでも言えばいいのだろうか―にこのような南蛮菓子があるのも珍しいかもしれないが、意外なことに咲良の家に行くとカステラが出ることは多々ある。


最も、私自身の好物であるため密かに喜びを感じていたりもする。私はフォークでカステラを突くと口に運びこむ。


「……美味しい」


ふんわりとした生地に、牛乳の仄かな香味が加わり、口当たりのまろやかさは他の比ではない。一口噛むごとに上品な甘さが口いっぱいに広がっていく。

世にカステラは数多とあれど、これほど美味しいものは他に思い当たらない。


「……藍子、頬緩んでるね」


「……普段からあの表情でいれば可愛いのにねー」


「……でも藍子の笑顔ってレアだからこそ価値があるんだと思う」


「……そーゆーもんなの?」


咲良と晴香が何かを話しているようだったが気に止める余裕もなく、私はカステラをひと切れ食べ終える。風味の余韻に浸る私と、味を気にしているかもよくわからないがカステラを口に運び続ける晴香を咲良は微笑ましげに眺めていた。


そんないつも通りの落ち着いた空間な中、玄関の方で戸が開く音がすると反射的に咲良は壁にかかった白い時計を眺める。その針は三時半過ぎを示していた。


「あ、椿季かな」


「ふばひちゃんはえってひはの?」


「ハル、口の中にものを入れて喋らないの」


そんなやり取りの間にも、その小さな足音は軽快に近づいてくる。


椿季ちゃんというのは咲良の妹であり、今年で小学校四年生になっている。咲良とは6つも年が違い、また姉の性格からしても、喧嘩をしているようなところはまず見たことがない。


「お姉ちゃんただいまーっ」


声が先に聞こえると、次いで戸が引かれ、紺のダッフルコートに身を包んだ少女の小さな背丈が現れる。


身長は130cm中盤くらいで、優しげなたれ目や緩くパーマがかった栗色のボブが咲良の妹であることを物語っている。少し違うところとすればこの年頃の咲良よりも幾分も快活であることぐらいだろう。


「おかえり椿季、ほら、藍子と晴香にも挨拶」


咲良に促され、椿季ちゃんはこちらに向き直ると子供らしい無邪気な笑顔を見せる。


「あ、ただいま、藍子お姉ちゃん、晴香ちゃん」


「ねえ、なんで私は晴香ちゃんなの?」


咲良は晴香の疑問にはさほど取り合わず、手は洗ったの?と椿季ちゃんに問いかけると、椿季ちゃんもハッ、と驚いた顔になり、踵を返して走っていってしまう。


この姉妹の晴香へのスルースキルは同情を催すほどに他の追従を許さない高さを誇っているようであり、その扱いもあってか、晴香はまだ不満げに独り言ちている。


「ねえ、なんで私はお姉ちゃんがつかないの?」


「知能指数が同じくらいだからじゃない?」


「藍子ひどいっ!咲良もなんとか言ってよっ!」


「……椿季の方が知能指数は上だと思うな」


「私は小四以下なのっ!?アイアムアサコウセイ!偏差値70弱!」


「……アサコウの恥さらしめ」


「藍子なんか今さらっと酷いこと言わなかった!?」


私と咲良の両方から攻撃され、晴香はすっかりと消沈する。


そんなことをしている間に、椿季ちゃんが手を洗って戻ってきたようで、背負っていた赤いランドセルとダッフルコートは脱ぎ捨てられ、白のパーカーに七分丈のパンツというスポーティーな格好が露わになっている。


顔立ちは似ているものの、性格は姉と真逆といっても過言ではないのかもしれない。


「椿季は学校から帰ってきたの?」


「うん!お姉ちゃん達は?」


「私たちも入学式だったよ」


「そっか!だから新しい制服着てるんだ!」


小四にしてもやはり女の子のようで、姉の制服を間近で興味ありげに眺めている。やはりアサコウの制服というのは他の目を引きやすいのかもしれない。


彼女はそのまま振り返ると、私の目を見て、咲良そっくりの笑顔で微笑みかけてくる。


「藍子お姉ちゃん制服似合ってるねー」


「えっ、そ、そうかな?」


「うん、藍子お姉ちゃんスタイルいいからねー、脚細くて長いしー」


「あ、ありがとう?」


小学生に褒められ、どうしていいか分からず、私はとりあえず晴香の要領と同じように頭を撫でてやると椿季ちゃんは満足げに目を細める。その仕草は人懐っこい猫のようで愛嬌があって可愛らしい。


「ねえ椿季ちゃん私は?」


「晴香ちゃんは……可愛いよ?」


「やった!」


そこで喜んでいいものなのか、晴香は右拳を握ってガッツポーズを作っている。どうやらお姉ちゃんという敬称は諦めたようだった。


「あ、椿季、カステラ食べる?」


またも晴香をさほど気に止めない姉の言葉に、椿季ちゃんは目を輝かせると、首が取れそうなくらいに縦に降る。咲良は慈しむような眼差しで微笑むと、自らのカステラをフォークで半切れにして、椿季ちゃんに渡す。


「あ、これ!」


「うん?」


「お姉ちゃんがお母さんに買ってきてって頼んでたやつ?」


「え?う……うん、そうだよ」


咲良は、一瞬笑みが引きつり、吃るような歯切れの悪い返答をする。そんな姉の変調を知ってか知らずか椿季ちゃんは小学生らしい無垢な笑顔のまま会話を続ける。


「藍子お姉ちゃんの大好物だから、いつ藍子お姉ちゃんが来ても大丈夫なようにってお姉ちゃん言ってたもんね!」


「ちょっと椿季っ!?」


椿季ちゃんの発言に、咲良の透き通るような白い肌は見る間に赤く染まっていく。


「藍子お姉ちゃんの笑顔が見たいから態々空港のところまで行って買わせるんだって、この前お母さんが言ってたもん!」


「お母さんまで何椿季に吹き込んでるの!?内緒だって言ってたのに……」


「だってね?寝言でまで藍子お姉ちゃんの名前呼んでるくらいお姉ちゃん、藍子お姉ちゃんのこと好きだもんね?」


「もうやめてぇ!椿季部屋戻って!今すぐ!」


咲良が珍しく取り乱しており、手近のクッションに顔をうずめている。


椿季ちゃんはペロッと舌を出すとフォークに刺さったカステラを口に入れ、私たちに一瞥するとそのまま退室していく。


「「……」」


「……あの、違うの、あの……」


気まずそうに沈黙する私と晴香に、咲良はクッションから顔を出すような格好で弁解を始める。


「あのね、その、カステラは、そのね?お母さんが空港に行く用事があったから、藍子が好きだったの思い出して頼んだだけであって……」


「咲良」


「……はい」


「好きなもの覚えててくれてありがとう、嬉しかった」


「へっ!?あ、あぁ……うん、幼馴染だからね」


咲良はそう言うと、いつもとは少しテイストの違う照れたような笑みを浮かべている。その横では晴香が居心地の悪そうに指をくるくると回し始めた。


「……どうしたの晴香?」


「わ、私だって藍子の好きなものくらい知ってるし!」


「……ホント?」


「う、うん、ほんとほんと」


私の問いかけに晴香の目は私と反対側に泳ぐ。


きっと咲良には負けたくないのかもしれないが、その宙を浮く視線が既に敗北を語っていた。このわかりやすさは彼女の長所でもあり短所でもある。


「じゃあ例えば?」


「うーん……藍子の好きなものでしょ?……私?」


「「……」」


「……すいませんでした」


私と咲良の冷たい視線に耐え兼ねた晴香は、ガックリと肩を落とし、項垂れてみせる。


「……やっぱ藍子のことで咲良に勝てる気がしない」


晴香はそう不満げに言うと、喉を鳴らしながらリンゴジュースを一気に飲み干している。


「そういえばさ、咲良はクラスどうだったの?」


私の問いかけに、咲良は首を傾げてみせると悪くはないかな、と呟く。私以上に極度の人見知りの咲良にしては中々好感触だったのかもしれない。


「みんな優しそうな人だったし、先生もよかったよ」


「そっか、もう友達は出来たんだ?」


私は言ってから、しまった、と思った。咲良は目を伏せると、言葉なく、首を横に振る。咲良から好印象な台詞を聞いただけで早合点してしまった無神経な自分に嫌気が差す。


「いや、まあ、一日目だからさ……」


私の取ってつけたような慰めを遮るように、咲良は小さく口を開く。


「……一人だけ話せた、けど……友達にはなれないかも」


「えっ、なんで?」


彼女の引っかかるような言い方に、私が思うよりも先に晴香がそう問いかける。私も晴香の言葉に同調を見せると、咲良はポツポツと話し出した。


「……朝話してた伏見さんって覚えてる?伏見琴葉さんって、代表挨拶もしてた」


伏見琴葉。凛としていて、品行方正な美少女。それでいて抜けていて、危なっかしい子。初対面の私に、大切な手袋を預けてくれた、そんな彼女の名前が出てきたことに多少動揺する。


「う、うん、伏見さんがどうかしたの?」


「……すごい優しくていい人だったんだよね、横の席だったから話しかけてくれて」


「じゃあ、なんで」


私の反駁に、咲良は蚊の鳴くような声で細々と絞り出すように言葉にする。


「……やっぱり恨んでるって、私たちのこと」


その言葉に、私と晴香は言葉を失ったように沈黙する。理由は、言われなくとも見当はついていた。


あの日から、いずれはこうなることは覚悟していたとはいえ、改めて直面すると平静でいるのは難しく、晴香ですらも唇を噛み締めたまま口を開かない。


「……伏見さんが、そう言ったの?」


私の問いかけに、咲良は視線を落としたまま、その華奢な首を力なく左右に振ってみせる。


「……クラスの噂で聞いただけ……でも、柏丘の吹奏楽部はみんな東景の名前なんか聞きたくないくらいだって」


その言葉に対する的確な返答も思いつかず、私はただ、そっか、と意に反したような淡白で素っ気のない返事をする。


記憶の中で、再度蘇る伏見琴葉の微笑みは、一辺の歪みもなく、慄然とする程に美しかった。


私の中の『伏見琴葉』という存在は独りでに大きくなり続けている。思慕に近いような思案に耽る私とこの世の終わりのような顔で俯く咲良の間に割って入るように、もう一人の幼馴染が口を開く。


「……で、でもさ!飽くまでそれは、ふぁーすといんぷれっしょん?って奴だからさ!きっとそのハスミさんも咲良と仲良くなればそんな昔のことなんか忘れるって!」


横文字を辿たどしく読み上げながら晴香は、咲良の方を見ながら身振り手振りで励まそうとする。


多少的外れで無責任なようにも聞こえるかもしれないが、性根がネガティブな咲良にはこれくらい楽観的に言ったほうがいいことは私も晴香も重々に承知していた。


「そうだね晴香、たまにはいいこと言うね」


「た、たまには!?私はいつでも名言を言ってるじゃん!?」


「……気、遣わせちゃってごめんね」


咲良は漫談のような掛け合いをする私達の方を顧みることもなく、ただ、透き通るような声で、謝罪を口にする。


咲良の言葉に普段は口数多く喧しい晴香ですらも閉口してしまっており、再び、場は沈黙に包まれてしまう。


「……なんで……なんでこうなるんだろうね」


彼女らしくもない恨み言のような口調だった。そう言うと、咲良は睨むようにして足元に視線を落としている。それは彼女なりの精一杯の虚勢にしか見えず、私はただ、彼女の背中を摩ってやることしかできなかった。


咲良の躰はいつも通り柔らかく、温かかった。それでも、少し震えていた。晴香も咲良の傍に歩み寄ると、いつも自身がされているように咲良の頭を優しく撫で上げている。


「……本当に私って弱いな……ごめんね藍子、ハル」


カステラの仄かな甘い香りが立ち込める部屋の中では、ただ、咲良の震えた声だけが小さく響いていた。




伏見琴葉含む柏丘の面々に恨まれるのも無理もなかった。


というのも、私たちがイレギュラーにも全国大会に歩を進めたため、

全国常連校が一つ姿を消したのである。


そう、皮肉にもそれこそが彼女、伏見琴葉が部長を務めていた、

二十余年連続出場を成し遂げていた名門、柏丘中だったのだから。

お久しぶりです、須永です。

なんかもう、シリアスが続きますね。

まあ、5-6話が力が抜けたので結局こんなもんでしょうか。

今回は東景生と柏丘生の微妙な確執を書かせていただきました。

幼馴染三人と琴葉を巡る物語はどうなるのでしょうか。

というわけで、次話は晴香との過去編です。(脈絡なし)

乞うご期待……?それではこの辺で。

2014年4月4日 作者:須永 梗太郎

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