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黒い糸  作者: 須永 梗太郎
昵懇編
7/27

昵懇-2

「藍子のバカっ!変態!ドS!鬼畜!あと……なんか分かんないけどバカっ!」


目の前では笑いすぎで目尻に涙を湛えた晴香が彼女なりに贅を尽くしたほどに罵倒の言葉を並べている。


彼女の語彙力のなさを横に置いときながら私は、ゴメンゴメンと事務的な謝罪を口にする。

咲良はというと私の横でこの状況を楽しんでいるように相変わらず微笑んでいた。


「全く……藍子は私が好きでしょうがないんだなぁ」


「そうでもないけど」


「そんな殺生な!?」


彼女はまず殺生なんて大時代な言葉を使う前に語彙を増やすべきだろう。


そんな晴香はこの世の終わりのような表情で私の膝下に縋り付く。


「うわああああ!神様なんかいないんだああああ!神は死んだんだああああ!」


時代劇の次はやけに哲学的である。彼女の知識には大きな偏りがあることは否めない。


「藍子はいいの!?私がいなくてもいいの!?」


「咲良がいればいいよ」


私はそう冗談めかして言うと、首を傾げ、左に座している咲良の肩に顔を乗っけてみせる。


「!!!!!?」


咲良は突然の出来事に対応しきれなかったのか、目を二、三回瞬かせると石像のように固まってしまう。


その表情にはいつものような微笑みを浮かべている余裕はないようだった。


肩のあたりで切り揃えられた艶やかなミディアムヘアからはキツすぎないシャンプーの香りが漂ってくる。


寄りかかった肩は心許なく、彼女の細さを再実感する一方、肌は柔らかく、やっぱり女子なんだな、などと私は妙な感想を抱いていた。


晴香とはまた違う安心感や暖かさが感じられ、居心地はかなり良い。そんな夢ごごちはもう片割れの幼馴染の轟音によって現実に引き戻される。


「うわああああ!藍子のたらし!浮気者!節操なし!」


彼女にしては頑張った方かもしれない。頑張っているのはいいが、ストッキングが微妙に濡れて気持ち悪いので、私の脚に涙を擦り付けるのはやめて欲しい。


因みにこれはさっき笑っているときに出た涙だとおもう。


やはり昔から晴香は少し虐めるくらいの扱いが丁度良い。


「……えっと、藍子?初めてだから、その、優しくしてね……?」


咲良は咲良でキャパオーバーのようで、表情が固まったまま訳の分からない譫言を並べている。


一体入学式の日に私たちは何しているのだろうか。そう思うと私はなんとも言い切れない気分になったのだった。




「……咲良落ち着いた?」


私の問いかけに咲良は含羞みながら、もう大丈夫と返答する。その様子はいつもどおりの咲良に戻っていた。


「ホント咲良って昔からそうだよねー、ウブというか、なんというか」


「あはは……なんか意識しちゃうとダメみたいで」


先程まで叫んでいた晴香に茶化され、咲良は微笑みを苦笑い気味に歪め、肩を落とす。


晴香の言うとおりで、咲良は昔っからこういう面があった。小学校の劇では、私はどうしてか強い女子票や先生の推薦が有り、白雪姫の王子様役をやる羽目になった。


その時の白雪姫こそ、隠れファンが多く、男子票を集めた咲良だったのだが、練習の際には、毎度、キスをする振り(・・)だけで軽い貧血を起こしていたり―ちなみに晴香は木Fの役だった―、中学の時の修学旅行では私の不用意な発言のせいで彼女を不眠に追い込んでしまう、などの出来事があった。


「……咲良って、藍子のこと好きなんじゃないの?」


「は、ハルっ!?何をそんなわけのわからないことを……!」


今の咲良には晴香の冗談を処理する余裕もないようで、行き場のない手が妙な軌道で宙を彷徨っている。晴香は今まで私に弄ばれた八つ当たりと言わんばかりに、

嬉々として追撃を始めた。


「だって考えてもみなよ?今まで咲良がそんな風にテンパった時の相手って誰だった?」


「そ、それは……」


咲良の目は泳ぎ、宙を舞っていた手は重力に負けたように力なく落ちる。


「藍子、しかいなかったけど」


「ほらね?」


晴香はしたり顔になって、満足そうにうんうん頷く。当の咲良はというと、今にも泣き出しそうな面持ちで俯いていた。


話に置いていかれていた私はやっとのこと、その不穏な流れを断ち切る。


「ちょっと晴香、そんなわけないに決まってんじゃん」


「そ、そうだよ!それは、まあ、偶々というか、藍子イケメンだから仕方ないよ!」


私の一声に勢いを取り戻したように、咲良は弁解を始める。いいことではあるのだが、私としてはイケメンの一語が甚だ疑問に残る。


「……それは私に女性的魅力がないってことか」


「……ソンナコト、ナイヨ?」


片言になるあたり、私の女子力というものは微塵もないのだろう。助力したはずの私が被弾したのは兎も角として、晴香は、そういうものか、と胡乱げな表情を浮かべている。


「じゃあ、この話は終わり」


「……はーい」


私の言葉に、晴香は思いのほか素直に引き下がった。きっと彼女にしても精々の暇つぶしくらいにしか考えていなかったのだろう。


咲良も安堵したように息を吐くと、私のほうを一瞬垣間見た、ような気がした。その瞳には愁いの色が見て取れる。


「……どうしたの?」


晴香に聞こえないくらいの声量で咲良に耳打ちする。これでは恋人同士の内緒話のようだが、そんなことを言おうものなら、また咲良の平常を欠くことになる。


「……ううん、なんでも」


咲良もまた、私の耳元でそう囁くと、含羞んで見せる。


思えばこの笑顔も昔から何ら変わっていない。それは彼女の名の冠す通り、桜の舞うように華やかで、淑やかで、それでいて少し切なくも見える。


「……いつもありがとね」


「えっ?」


咲良がポツリと呟いた言葉の真意を探ろうと、私は聞き返す。咲良は俯きがちで少し照れくさそうに頬を桜色に灯しており、成程、男子票も頷けるものだった。


「ちっちゃい時から私が困ったらいつも助けてくれて、その、ありがとう」


「やめてよ、水臭いな」


咲良の笑顔が直視できず、私は右斜め下に目線を流しぶっきらぼうに言う。元々感謝されることというか、感謝の念を真っ直ぐ向けられることが少なかったためか、反応に困る自分がいた。


咲良は私の態度に気分を害する様子もなく、いつもと同じようにニコニコ笑っている。その手前では晴香が不思議そうに私と咲良を見比べていた。


「……やっぱデキてる?」


「「デキてない!」」


「でもまあ美男美女でお似合いじゃない?」


「そ、そうかな?えへへ……お似合いか……」


「あの、二人共、私女子なんだけど」


「やっぱりデキてたのか!」


「「デキてないってば!」」


「むー怪しいなー」


「そんなに言うならハルの分のお菓子はなしでいいよね」


「そ、そんなぁっ!」


「じゃあ持ってくるから静かにしててね」


咲良はそう言うと、晴香を物欲的に黙らせる手段を用いようと立ち上がった。


案の定、晴香は釣られたようで今にも小躍りしそうになっている。そしてこの際、私の扱いはもう気にしないことにした。


「ジュースはリンゴジュースとサイダーどっちがいい?あ、紅茶もあるけど」


咲良はそう言うと、ゆっくり戸の方へ歩いていく。


「リンゴジューッス!」


「じゃあ私もそれでいいよ」


「うん、わかった、ちょっと待っててね」


私の同調まで確認すると、彼女は戸を引き、部屋を後にする。


残されたのは私と、私の足元で胡座をかいている晴香だけとなった。沈黙しているのも妙なので、私は彼女に話題を提示する。


「晴香はクラスどーだった?」


「まーまーだねー、でもあんまり合いそうじゃないなー」


根底から楽観的―褒め言葉のつもりである―な晴香にしては珍しい後ろ向きな発言だった。その意外な発言の真意を探るよう、私はそれとなく質問を続ける。


「何かあったの?」


「いや、何もないんだけどさー、何ってゆーのかな、軽いんだよね、軽いというか薄いというか」


そんな新型携帯の売り文句のような形容をしながら、晴香は頬を膨らませて不平を言う。


「軽い、というと?」


「いや、私の前の席にね真里谷(まりや)君って人がいるんだけど、真実の実に、里の谷で真里谷」


晴香はそう言うと空中でその字面を書いてみせる。だが、その説明だと実里谷だ。


「その真里谷君とやらがどうしたの?」


「えっとね、顔がアイドルのあの人に似てるんだよね、あの、あの人、名前は知らないんだけど」


晴香の口から男子の名前が出てくるのが少し意外だった。今まで色気より食気を通してきた女とは思えないが、事態はそんなに単純ではないのかもしれない。


「その人に惚れたの?」


私の的はずれな相槌に、晴香は、まさか、と大袈裟に驚いてみせると、話を続ける。


「私はあんまり興味ないんだけど、他の女子達がね、もー目に見えてアピールするのさ、それが見てて鬱陶しくてさ」


「あーなるほどね」


「なんか、彼氏いなかったら負け組、みたいな考え方の人多くてうんざりしちゃった、高校ってさ恋愛するために行く場所じゃないよね」


晴香の話には確かに同調できた。それは中学の、私たちとは別のグループの人たちがしきりに使っていた示準であり、その考えには些か辟易していた記憶がある。


「まあ、顔さえ良ければって考えはどうかと思うよね」


「そーそー!その真里谷くんが藍子みたいな人格破綻者だったらどうするんだろうねー」


「そうだね……っておい、誰が人格破綻者だ」


そこまで言うとは、どうやら晴香は私に酷く恨みがあるようだった。先程遊びすぎただろうか。


晴香は、冗談っ!と無邪気に笑うと、また私の膝の上に乗っかってくる。


「人格破綻者の膝の上にいる気分はどうですか」


「もー、冗談だってば」


目の前には晴香の小さな頭がある。思えば小学校の時、髪はもっと短かった。


中学入学を境に伸ばし始め、今では左側にまとめられた髪は肩を優に過ぎている。晴香もきっと彼女なりに成長しているのだろう。


勿論、日進月歩というか、牛歩の歩みではあるが。


「でも、私は恋愛ってまだいいかな」


「え?」


「だってさ、お互いのすてーたす?のために一緒にいるのも、情がわかないっていうか、変でしょ?」


慣れない横文字を使いつつ、晴香はそう言うと振り返る。


その表情はセリフと対照的に華やいだというか、可憐な笑顔だった。


見慣れていたはずの笑顔に、一瞬、見入ってしまう私の感情など知る由もなく、晴香は私の膝から飛び降りると、私の顔を覗き込むような姿勢になって続ける。


「そんな薄っぺらい恋愛するくらいなら……その……藍子と付き合ったほうがマシかなー……な、なんてねー」


晴香は変に声上ずらせながら、そんなことを宣う。晴香にしては珍しいタイプの冗談だったためか私も反応に困り、無言になってしまう。


あの笑顔のせいで変に意識してしまったのもあるかもれない。


お互いの間に微妙な空気が流れる中、晴香の表情を見やる。そこには今の笑顔のような快活とした表情はなく、目は不自然に斜め下に泳ぎ、頬も些か桃色に紅潮している。


私と目が合うと、居心地が悪そうに指を絡めたり、足を妙に動かしたりといつも以上に忙しないように感じられた。


「……ごめん冗談、変なこと言っちゃったね、忘れて」


沈黙に耐えかねたような晴香の口調は少しの諦観が篭っていた、ような気がした。


居た堪れないような罪悪感を背負ったような心地になった私はほんの少し覚悟を決めたのだった。


「……私、晴香となら付き合える、かもね」


「……はい?」


私の曖昧な答えに、晴香の声が裏返る。口は驚きからかポカンと開き、大きな瞳も瞬きを忘れた様に硬直している。


事実、本心だったといえば語弊はあるが、嘘はついていない。晴香は性格は子供だし、五月蝿いうえ、ちょっとのことですぐへそを曲げる。


だが、彼女が誰よりも努力を惜しまないことや、人の弱さが解ってあげられることも、曲がりなりにも幼馴染として知っていた。


中学時代、部活で一年生から朝練を一度も欠かさなかったのは晴香だけであったし、入試の際も、当日の点数は実は私より取れていたりする―残念ながら、春休みですっかり抜け落ちてしまっているようにも見えるが―それも、彼女の努力の賜物なのだろう。


そんな風に私が珍しく心中で褒めている間にも、晴香の表情は落ち着くどころか、益々混乱を呈している。


「え、えっと、うわぁ……そういう不意打ちはないってぇ……」


珍しく恥じらいを見せている幼馴染にどう対処していいかもわからず、私はただ赤面する彼女を眺めている。


「うぅ……藍子め……遂にはそういう面でも私を弄びだしたんだ……純粋な乙女の思いをせせら笑うように踏みにじってるんだ……」


晴香がボソボソと呪詛のように呟いている言葉は聞かないことにした。


そろそろ妙な空気の居心地の悪さがピークに達していたので、私は先ほどの発言に注釈を加えようと試みる。


「えと、晴香ね?私が言いたかったのは晴香が良い子であるってことで、恋愛対象としてみれば、まあ見れないわけじゃないけど、そういう意味じゃなくて、あーいやそれも違って……」


支離滅裂な注釈を加え続けたことで、晴香の混乱は境地に至ったようで口が半開きのまま、こちらをポカーンと向いて固まっている。


事実、恋愛対象云々は口が滑ったようなもので、自分でも良くは分かっていないのかもしれない。


ただ、晴香も咲良も大切な幼馴染であり、親友であることは確かだった。


ただ今よりも更に深い関係を望んでいるのか、またそれは詰まる所、恋愛感情なのか、そしてそれは一般とは乖離した感情なのか、晴香や咲良はそんな私を認めてくれるのか、などといったことは今の自分にはわからない。


もしかしたら、やはり私はおかしいのかもしれない。


「……晴香、本当に私と付き合える?」


「……えっ?」


私の言葉は無意識に口を突いていた。私の意志とは無関係に、晴香に向かう乱雑な言葉が綴られていく。


「もし、私が晴香をそういう対象として今まで見てきたとしてさ、それで付き合える?」


晴香は逡巡するように目を伏せると、わかんない、と小声で発する。


その声は震えていて、とても心許無く、今にも壊れてしまいそうだった。




―――私は、一体何を求めていたんだろう




自分の中で堰を切ったようにどす黒い感情が溢れてくる。


その感情は今まで抑圧されていたものが崩落するように脳内を走馬灯の如く駆け巡っていった。その感情に苛まれてか、私の体は吐き気や眩暈のようなものに襲われていく。


「……ごめんね、冗談」


私はやっとのことそれだけ言うと、またその感情を押さえ込むように唇を噛む。その痛みが、忌まわしい感情を封じ込めていく。




―――こんなことは考えちゃダメなんだ




戒めの標のように、そう念じると、心中にこびり付いた卑しい邪念を振り払うように一度深く息を吐く。




―――これでいいんだ、今はまだこのままで




私はそう纏めると、依然、俯いている晴香にいつもと同じように不器用にも笑いかけたのだった。

お久しぶりです。須永です。

この度、漸く第6話を公開する運びとなりました。

この昵懇じっこん編では、前回もお話した通り

藍子・咲良・晴香の3人の話を中心に書いています。

今回は晴香分が少し多めでしたが、次話では、

今まであまり触れられなかった咲良について

深く書ければ幸いです。

それでは近いうちに、また。


作者 須永 梗太郎。

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