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黒い糸  作者: 須永 梗太郎
昵懇編
6/27

昵懇

あれから小一時間が経過し、私は旭陽高校のあたりから東景中の界隈までと帰路を進んでいた。


東景学区は、他と比べるとそう遠くはない―特に今崎さんの出身である石嶺中学区からはバスを三本乗り継がなくてはならない―が、バスは繋がっておらず、登校手段は徒歩しかないというのが痛いところである。


ちなみに柏丘はというと、そもそも学区内に旭陽高校があるため中学にいくのとかかる時間はあまり変わらないようにも思える。


あれから、私と伏見琴葉は、暫時、世間話をしたあと帰路に着いた。


朱音はというと、やはり何か都合が悪かったのか、彼女のロッカーの真下にある私の下足ロッカー―出席番号順だからわかったのだろう―に、彼女らしいファンシーなメモ帳で、


『急用を思い出したので帰ります、手伝ってあげられなくてごめんなさい 姫野朱音』


と書道でもやっていたかのような整った字体で記されていた。


伏見琴葉の名を挙げた途端の豹変に、気にはなったが、彼女は既におらず、かと言って原因かもしれない伏見琴葉にその話をするわけにも行かないので、私の心中に飲み下すことにしたのだった。


見慣れた景色をぼんやりと眺めながら、私は自らの家を通り過ぎ、ある場所に向かう。大した用ではなかったが、何となく引きつけられる様な気がしていた。


思い返せば昔からここに通うのに理由があることのほうが少なかったかもしれないように思える。


そんなことを幾許考えていると、私の目の前に荘厳な赤構えの高層建築が姿を見せる。

それは日本には古来から馴染み親しまれている鳥居であり、ここが神社であることは言わずもがな、であった。


ここ東景神社は遡ること数百年の歴史を持ち、その歴史は、年季の入った本堂や、植えてある枝垂柳の大樹が物語っている。規模こそは決して大きくはないが、思い出したように地元の人が参拝に来たり、ここからは遠い神宮参りを諦め、初詣をここで済ます人も少なくはなく、何とも地域密着型の神社である。


なんでもここに祀られているのは恋愛の神様らしいが、地元に住む私たちが恩恵を受けていないあたり、ご利益などは期待しないほうがいいのかもしれない。


鳥居を潜り、申し訳程度に石を削った階段を上ると、漫画でしか見ないような竹箒を持った、黒狩衣の中年がこちらに気づいたように、歩み寄ってくる。


「……やあ、藍子ちゃん、久し振り、大きくなったねぇ」


「大きいのは両親譲りです」


私はそう冗談を言うと、神主のおじさんはその優しげな目元を細め含羞む。やはり親子というのは似るもので、この笑い方は本当に彼女にそっくりだった。優しげな目元がまたそれを強調しているようにも思える。どうでもいいが、私の父は185cm、母も165cmある。


「二人とも中にいるから、上がってくだろう?」


「あ、じゃあお言葉に甘えさせていただきます」


そう聞いて、私の根拠のない念が確信に変わる。特別約束をしていたわけではないが、何となく二人がここにいそうな気がしていたのだ。


生憎、咲良は携帯電話を持っておらず、晴香もまた中学時代から携帯電話を携帯しないことで著名であり、メールでの連絡が意味を成さないことも長い付き合いで承知している。


「丁度、さっき家内がカステラを買ってきたからあとで出させるよ」


「すみません、いきなり来た上にわざわざ気を使わせてしまって」


おじさんは、なんもさ、と北海道弁を全開にしながら笑うと、私の前を先行する。


やはり歩く背格好、とでも言うべきか、娘に似て通ずものがある。最も、娘が父に似るのではあるが。


おじさんは独り言にも私への問いかけにも思えるような口調で話し始める。


「でも、三人とも仲良くて安心したよ、娘も藍子ちゃんの話をする時はとても楽しそうでね」


そう聞くと、普段あまり感謝されることがないため、面映ゆいような、むず痒い心地になる。


そんな私の胸中を知ってか、おじさんは振り返ると、私の目を見据え、品が良くニコリと微笑む。


「これからも仲良くしてくれると娘も喜ぶよ」


「勿論、私も一緒にいると楽しいですから」


私も、おじさんにそう伝えると、顔を綻ばせた、つもりである。伝わっているかはさておき、おじさんはそれは良かった、と小声で洩らすと、門の前で足を止める。


「じゃあ、どうぞ、ごゆっくり」


おじさんが竹箒を持ったまま一礼すると、私もつられて頭を下げる。いざ、頭を上げると、境内の端に位置する約十年来見慣れた大きな家が現れる。


それは日本古来の木造平屋で、外国人が見たらジャパニーズワビサビ、などと大いに歓喜しそうな邸宅である。


私は『西野(にしの)』と表札の掲げられた門を抜け、玄関のインターホンを鳴らす。一瞬の沈黙を破るようにすぐに引き戸式の扉が開かれた。


「あ、藍子、来たんだ」


この家の令嬢―とでも表現したくなるほど立派な家だ―である、西野咲良は私を認めると、含羞んだように上品に笑う。今の姿は旭陽の制服のままであるが、時折、家の手伝いをしているため巫女装束を纏っていたりもしており、それもまた大和撫子然としていてお世辞抜きにも似合っていたりする。


「何となく寄りたくなっちゃって、迷惑だった?」


「ううん、寧ろ待ってた、ハルもいるし、さ、入って」


咲良に促され、私は靴を揃えると先に廊下をゆっくり歩き出す彼女を追従する。


「どうして私たちここにいるってわかったの?」


「あ、いや……長年の勘、かな?」


「フフッ、なにそれ」


「二人で帰ったなら、待っててくれたって良かったのに」


私の若干非難めいた口調に、咲良は少し慌てたように、それでもよかったんだけど、と前置きすると弁解を始める。


「ハルがお腹すいて早く帰りたいって……でも、ほら、藍子取り込み中だったから」


「……あ、ああ、そ、そうだったね」


形勢が逆転したように項垂れる私に、咲良は、まあまあ、と微笑むと長い廊下の奥にある角部屋の前で立ち止まる。襖をゆっくりと咲良が開けると、そこには見覚えのある生物が畳に寝そべっていた。


「……晴香何してんの」


絶句気味の私の姿を一目見ると、晴香は不機嫌そうに顔を私の反対側に向ける。


「……おーい晴香さんや」


「……」


畳に膨れっ面で転がってる晴香は、完全にへそを曲げているようであり、一度こうなると私や咲良にしても機嫌を直すのには骨が折れる。見かねたように咲良は晴香のもとに歩み寄ると、諭すような口調で私に助け舟を出す。


「ハール、せっかく藍子が来てるんだからいつまでもウジウジしてないの」


「……だって」


依然、晴香はこちらを向こうとはしない。一体、私が何をしたというのだ。モヤモヤしている私と蒲鉾の様に畳から離れない晴香を見比べ、咲良は少し呆れ気味に微笑む。


「……ハルね、藍子が可愛い女の子と楽しげに喋ってるのにヤキモチ妬いてるんだって」


「……はあ」


気の抜けた声しか出なかった。おそらく可愛い女の子とは朱音のことだろうか。言うまでもなく彼女は可愛いのだが、そんなことでへそを曲げられていては私に二人以外の友人ができる日は永遠に来なくなってしまう。


「……もーその子と結婚すればいいじゃん」


「どーしてそーなんの、っていうか女同士じゃ結婚できないでしょ」


「まさつーせっちゅに行けばできるらしいよ」


行かないし、しないし、マサチューセッツだし、というツッコミは面倒なのでやめておいた。最も、晴香がそんな情報を知っていることは少し意外だったが、なんて言うとまた彼女の不評を買うのでここも黙っておく。


「可愛い女の子だよねー」


「ああそうだね、確かに可愛いね」


「背も小さいしさー」


「君もだけどね」


「どうせ私のことは遊びだったんでしょー」


「晴香、人聞きが悪いことを言うもんじゃありません」


「私にあんな恥ずかしいことさせといて高校に入った途端にこれなんてあんまりだよ」


「おいちょっと待て」


そこで淡々と返していたペースが崩れる。私があんたに何をさせたんだ。


「……藍子、ハルに何させたの……?」


「こっちが聞きたいよ」


嘆息する私からは目を背けたまま、晴香は小姑のように小声でネチネチと話を続けている。


「大体、藍子はもう少し幼馴染を大切にするべきだよ」


「あーそうだね」


「……じゃあ愛してる、って可愛い幼馴染に言ってくれたら許してあげよう」


晴香はそういうと、体を少し回しこちらを覗くように見ている。これは昔からそうで、晴香は何かの喧嘩の度に私にこんな風なことを言わそうとする。


一体何の意図があるのかはわからないが、幼馴染相手といえ気恥ずかしく、決して慣れはしない。私もやむなく覚悟を決めると『可愛い幼馴染』の目を見つめながらこう言った。


「……愛してるよ、咲良」


「藍子のバカぁぁぁぁぁ!変態ロリコン鬼畜腹黒メガネの女たらし!メガネはかけてないけどっ!」


晴香は神社の境内でなんと罰当たりなことを泣き叫びながら部屋中を転がりまわる。ここが咲良の部屋であることはお構いなしである。外にいる咲良のお父さんに聞こえてたらどうするんだ。


「えっと、その、私、心の準備が……」


咲良も咲良で顔を紅潮させ俯いてしまっている。晴香と比べると咲良はそういう耐性がないのかもしれないが、たかだか幼馴染の私相手にそこまで赤面しなくても良いだろう。


往々にして晴香で遊んだところで、未だ若干顔は赤いが、気を取り直した咲良に促され、私は彼女の横のソファに腰掛けると足元にカバンを下ろす。


この光景は去年も一昨年もそれより前からも変わっていない。晴香も叫び疲れたようで、力なく絨毯の上に寝そべっている。


「……ハール、ほら、藍子の膝の上空いてるよ?」


「……!」


思いもよらぬ咲良の呼びかけに、晴香は一瞬で飛び上がるように立ち上がったが、私と目が合うとその場で固まってしまう。何かと葛藤しているように唸り声をあげては、一歩進んでは戻りと繰り返しており、その表情は宛らお預けを食らった飼い犬のようでもある。


咲良はその様子を愉快そうに眺めたあと、ゆっくりと立ち上がる。


「……じゃあ、私が藍子の膝の上座っちゃおうかな?」


咲良が悪戯っぽく笑い、私に歩み寄ろうとするのと同時に、晴香は全速力で走り出し、咲良を押しのけるようにして、私の膝の上に飛び乗ってくる。飛び乗ってきた割には体重はあまりに軽く、私は余裕を持って晴香を腰のあたりで支え、受け止める。


「咲良はダメ!なんかやらしく見えるからダメなの!」


私の膝の上で全身の毛が逆立ちそうな勢いで猛抗議する晴香の機嫌はすっかり直ったようで、私は咲良と目を合わせて笑う。


昔から咲良は晴香の扱いがうまく、将来は巫女の傍ら、猛獣使いを副業に営めるだろう。最も、将来巫女になるとは限らないのだが。


「やらしい、って失礼だなー」


咲良は微苦笑を浮かべながら、私の膝上の晴香の頭を撫でている。確かに、150cm前半の晴香ならとにかく、160cmあるかないかくらいの咲良が膝に乗っているのは扇情的というか、流石に違和感があるかもしれない。


「でも、まあ確かにね」


私もそう晴香に同調すると、咲良と同じように晴香の頭を撫で回す。幼馴染二人からわしゃわしゃと頭を撫で回されている晴香は少しも嫌がる素振りも見せておらず、友人というよりは妹ないし愛玩用の小動物のようにも思える。


「むう、藍子までそう言うか……」


咲良は大袈裟にガックリと肩を落とす素振りを見せる。その反面、晴香は私の膝の上で勝ち誇ったような表情を浮かべていた。


「ハッハッハー、ここは永久に私の特等席なのだよっ、羨ましいだろー」


その口振りやテンションは本当に小学校から変わってないな、などと思い返し私は思わず吹き出してしまう。おそらくこの女は死ぬまでこの性分のままなのだろう。そう思うと何だか可笑しくなってくる。


「いいなー」


「そうだろう、そうだろう!でも残念でしたーっ!私の藍子だから誰にもあげないよーっだ」


棒読みそのものの口調の咲良と、心底楽しそうにウザさ全開の自慢を吐き続ける晴香のやり取りも相変わらずと言えば相変わらずである。しかし私が晴香の所有物になった記憶だけはない。


「藍子も光栄に思いたま……って、アハハハっ、ちょっ、藍子くすぐんの、や、めっ……アハハっ!」


私は五月蝿くなってきた晴香の脇腹を執拗に擽る。長年の付き合いで、彼女の弱点のツボは全て網羅していた。


「なーにが『私の藍子』さ、調子に乗るな」


「アハハハハっ!、ごめっ、ごめんなさっ……!、謝るから、アハハっ」


晴香は体を捻るように蠢きながら、慙悔の言葉を叫んでいる。中々面白いので、私はもう暫く擽り続けることに決める。


咲良はというと止めるわけでもなく、適度な距離からこちらをニコニコと眺めている。


「ちょっ、藍子……やめてぇ、アハハっ!」




少しづつ傾き出した太陽の差し込む一室には、ただただ晴香の嬌声が響き渡ったのであった。

どうも鈍筆作者の須永です。

三週間も空いてしまいました……反省。

さて、昵懇(仮)編スタートです。

あ、読みはじっこんです。

今回はあまり深く書けなかった幼馴染二人を中心に展開します。

早速晴香が暴れてますが、作者もそのエネルギーに負けないよう鋭意、創作しようと思う所存です。

それでは、今回はこの辺で。

インフルエンザにはお気を付けください。


作者 須永梗太郎。

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