決意-導入
―――三年くらい前の冬のある日
中学からの帰り道、坂を登りながら、彼女は唐突に繰り出した。
「あのさ」
「なに?」
「つまらないこと、聞いてもいい?」
彼女の頬は冬の寒さのせいか仄かに赤い。少し間抜けだが、それでも彼女の魅力は少したりとも損なわれない。私に目を合わせ、彫像のように美しく整った顔を少し綻ばせる。
夕空は煌き、彼女の肌を明るく包んでいた。
「ダメって言っても聞いてくるじゃん」
「まあ、そうなんだけど……じゃあ、つまらないこと、聞きます」
「どーぞ」
珍しく真剣な眼差しだった。
いっつもヘラヘラしているから、余計に締まって見える。普段からこの方がいいんじゃないか、なんて少し思った。
心臓の音が、ちょっとだけ早くなる。
「……そ、その、好きな人とか、いる?」
「いない」
「え、え、早くない?」
「何が」
「返答が」
「いないものを勿体ぶった方がいいの?」
「うう……まあ、そうなんだけどさぁ……私の勇気に割に合わないというかさぁ……」
彼女は俯きながらぶつくさと文句を垂れている。つまらないことに勇気をかけるお前が悪い、とも思ったが彼女の言いたいことも何となく分かるので別の言葉をかけることにする。
「別に……あんたのことは好きな方だよ」
「……ホント!?」
結局、顔がいつものニヤケ顔に戻る。何となく後悔。
「よし、じゃあ付き合おう!そうしよう!善は急げって言うしね!」
「そう言う意味じゃないけどね」
「ええー、その気にさせといてー」
「勝手になるな」
彼女は子供みたいに頬を膨らまして不満を表現している。どこまで本気なのかはわからないけど、ただ巫山戯ているだけに違いない。きっとそうだ、本気にするだけアホらしい。それに―――
「あんたみたいなお嬢様がこんなところで道草食ってて良いわけ?習い事とかは?」
「今日は部活も習い事も久々のお休み、だからここにいる」
彼女は嬉しそうに、少し膨らみ始めた胸を張る。
片や一般庶民、片や世界的大企業のご息女では、身分違いだ。私が本気になろうと、彼女が本気になろうと、この世界がそれを許してくれるはずがない。
「暇なら、うち、来る?暁なら、今日は友達の家行ってるし」
「いいの!?やったぁ!朱音ちゃん大好きっ!」
「分かったから抱きつくな」
「……そうじゃないでしょ?」
「……はいはい、私も大好きだよ、琴葉」
少し赤くなった耳元に、私はそう囁きかける。琴葉は応じることはなかったが、私の体を更に強く抱きしめてくる。今は、これくらいが心地よかった。
「何処にもいかないでね、朱音ちゃん」
「……何処にもいかないよ」
あの言葉に嘘偽りなんかなかった。
私は、琴葉を愛していた。報われないと、分かっていながらも。
私と琴葉を隔てる切っ掛けとなったあの一連の出来事が起こるまでは―――
お久しぶりです。須永です。
新章の考察に長いことを費やしました。
待っていてくださった方、申し訳ございません。
手前味噌ながら、良いものができたと自負しておりますので、
ご期待くださいませ。
さて、新章はなんとも追憶的な始まりですが、この章では二人の関係についてはあまり深く記しません。二人の会話や行動、表情の動きから過去の彼女たちに思いを馳せて頂ければ作者冥利に尽きる限りです。
勿論、藍子をはじめとした東景組や、その他脇役たち、新キャラを加え、
舞台は更に華やかになっていきます。百合要素も増えます。
またペースが落ちるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
読んでくださった全ての皆様に感謝。
須永 梗太郎




