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黒い糸  作者: 須永 梗太郎
初日編
19/27

初日-8

卯月の夕暮れ時は曇天の中でも妙な趣があり、それは見慣れているはずの東景地区の姿をも少し違うようにみえさせた。またそれに加えて私の新たな境遇や経験で心の持ち方が変わっているのもあるのだが。


そして結局、私たちは二日連続で朱塗りの鳥居を潜ることになった。


「咲良んち広くて羨ましいなー」


「ハルだって一軒家なんだから変わらないよ」


「でも私の家に神社はないよ?」


「そりゃそうだけどね……」


神社までのささやかな石段を登りながら発せられた晴香の言葉に、咲良は窮したように苦笑いを浮かべる。


しかしながら、マンションと言えるのかどうかも疑わしい建物の暮らしの私にしたら、二人の家は十分に広くて羨ましいわけで。


「そーいえばさ、咲良んちの神社にはどんな神様が祀ってるの?」


「おお、晴香でもそんなこと気になるんだ」


「でも、って何さ!藍子の悪人面!」


「誰が悪人面だ」


流石にイラっときたので晴香の小さな手をそのまま握りつぶす。力はそんなに入れたつもりはなかったが、晴香がすぐに謝りながらギブをかけてきたので仕方なく離してやった。


「痛たたたっ……で、咲良、どーなの?」


「うーん……なんて言えばいいのかな、縁結びといえば間違いはないんだけど……」


「縁結びって恋愛の?」


「まあ、平たく言えばそうなるかなぁ……難しいな……」


咲良をしても明言を避けているようであり、やはり神道というのは奥が深いようである。


その横では、縁結びか、うん、などと晴香がぶつくさと独り言を唱えている。


「なに、ハル、好きな人でもできたの?」


「ち、違うし!その、咲良、あとでちょっといい?」


「?、いいけど……藍子はいたらダメなの?」


「ダメ!絶対ダメっ!」


晴香に拒絶され、私は何となく傷心する。理由はあるにせよ、除け者にされたようで私の気分は沈む訳で。


確かに恋愛相談の相手としては、密かにモテている咲良と比べても私は不適といっても差し支えないが、端の方で聞かせてくれたっていいじゃないか。減るものじゃないし。


「じゃあ、お守りとかいる?お父さんが社務所のほうにいると思うけど」


「うん、じゃあ欲しいかも、幾ら?」


「五百円」


「んー……三百円でどう?」


「ハル、初穂料を値切るのは如何なものかと……じゃあ、藍子、ゴメンちょっと待っててね」


なんとも罰当たりな晴香に苦笑いしながらも、石段を登りきって咲良と晴香はそのまま真っ直ぐ本殿の方へ歩いていく。仕方ないのでその間、狛犬の隣でボーッと二人を眺めながら戻ってくるのを待つ。


「晴香が恋か……晴香のくせに」


私は独りごちると深い憂慮に包まれる。晴香が私に隠し事なんて今までこんな露骨にしたことなかっただけ、なんだか少し寂しくもあるわけで。


嫉妬、なのかもしれない。私の知らない誰かが晴香の気を惹けていることへの独占欲からくる嫉妬。


その暗い感情を振り払おうと、辺りに注意を向けそのまま近くにあった狛犬を何となく観察する。


意外と愛嬌ある顔している、犬種はやはり日本犬なのだろうか。


「あら、藍子ちゃんは犬派なのかしら」


「!?」


突然の声に肩を竦めて振り返ると、そこには薄桃色の着物を雅やかに着こなした婦人が柔かな微笑を浮かべていた。


いつ現れたのかなんて疑問すらも払拭させるその笑顔や優しげな目元は、やはり親子なんだなあ、と改めて感動を催したり。


「そんな物の怪を見るような目で見なくてもいいわよ、驚かせてごめんなさいね」


「あ、いえ、そんなつもりは……おばさん、お久しぶりです」


この妙齢の淑女こそ西野小梅(こうめ)さん、詰まる所、咲良の母であり、私の母とは幼馴染に当たるらしい。都合上、おばさんなどと呼んでいるが、その玉のような肌から発せられる若々しさからはそれが失礼にあたるような気がしてならない。


かといってそれ以外の呼びようもないのでどうしようもないのだが。


「藍子ちゃん一人?咲良と晴香ちゃんはどうしたの?」


「お守りが欲しいって晴香が言いだしまして……」


「お守り?縁結びのものかしら」


「そう、ですね、多分」


私の返答に、おばさんはあらあら、と笑うと社務所で何やら話している二人を眺めている。


おばさんからしても晴香の申し出が少し滑稽だったのかもしれない。やっぱり晴香はそういう扱いである。


「藍子ちゃんはそういうお相手はいないの?」


「それが、からっきしでして」


「あらあら、みんな見る目がないのね、おばさんが男子だったら一目惚れしちゃうのに、麻乃(あさの)に似て美人に育っちゃって」


「……似てますかね」


「ふふっ、どうかしらね、でもそうやって眉根を潜めた顔はそっくりよ?」


おばさんは人を喰ったように笑っている。麻乃とは他でもない我が母、本郷麻乃のことで、遺伝学上似てしまうのは仕方がないことではあるが、それでも何となく芳しくない。


「あら、お母さんに似てるなんて言われるのは好きじゃない?」


「そんなことは、ないですけど」


「そうやってぶっきらぼうに言葉を濁すところとかもう瓜二つね」


古くからの母の知り合いであるおばさんはきっと、母が私くらいの時のことも知っているからこそそういうのだろう。ならばこそ、母のようにならないようにしないと、と改めて思ったり。あれほど偏屈な人間も中々いないものだが。


そんな事を思い悩む私に、おばさんは慈愛に満ちた表情で微笑みかけてくる。


「こんなところで待ってても寒いだろうし、先にうちに入ったらどう?」


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」


本殿から右手の方に見える西野邸は神社の施設の一つのように佇んでいる。私はおばさんに促され、彼女の後に続く。


「どう?高校生活は、やっぱり楽しい?」


「そうですね、咲良や晴香と同じ学校に進めたので余計楽しいです」


「あら、咲良と同じこと言うのね」


おばさんは振り返ると、私の目を見て嬉しそうに微笑む。その笑顔はどう見ても四十代の女性には見えない。それに完全にではないが、気品や柔らかさはやはり咲良の笑顔に似通ったところがある。


「咲良もそんなこと言ってたんですか?」


「それはもう、帰ってきてから口を開けば、藍子ちゃんが、ハルちゃんがって」


そんな風に言われると何だかこちらとしても面映ゆい心地になる。ただ何となく三人でいるだけのことでも、それ以上にない幸福であったのは何も私だけではなかったようである。


「フフッ、昔から娘と仲良くしてくれてありがとね、藍子ちゃん」


「いえ、寧ろこれからもよろしくお願いしたいです」


「フフッ、じゃあ、咲良の部屋ででも待っててね」


こんな話を今朝におじさんともしたな、などと思いつつ、私は玄関に入れてもらい、角にある咲良の部屋へ向かう。


玄関に足を踏み入れた段階で、日本画や盆栽など―おじさんの趣味らしい―から、やっぱり和風なんだな、と何度見ても妙に感動したり。そんなことをしながら待っていても二人が戻ってきそうな気配はなく、仕方ないので咲良の部屋に向かうことにした。


「……おじゃまします」


廊下を歩くたびに、木の床が少し歪み、音を立てる。一体この家は築何年なのだろう、今度咲良に聞いてみようかなどと思いつつ、私は障子を晴香なみに無作法に開ける。


そこには当然ながら昨日と同じ咲良の部屋が広がっていた。目の前に置かれる二人がけのソファなど、家具は清潔感のある白基調で統一されており、左手の咲良の学力の基である勉強机には凡ゆる科目の参考書が丁寧に収められている。


机上に開かれているのは高校内容の英語のワークブックであり、大体四分の一くらいは終わっているようだった。


「流石、咲良だな」


何の気なしに冊子を手に取り、パラパラと捲る。


少し丸みを帯びた可愛らしい文字は他でもない咲良のもので、高校内容ながら八割を超える正解率を叩き出していた上に、間違えている部分には懇切丁寧で詳細な解説が施されている。徹底したこれには感嘆せざるを得ない。


「咲良、いつからこんな勉強してるんだろ」


中学の初めくらいは私と同じくらいだったはずだが、いつの間にやら大きな隔たりが生まれてしまったらしい。


もしかしたら私に勉強が負けるのが嫌だったのかもしれない。もう勝てそうにないけども。


「……頭痛くなってきた」


難解な英文のテキストを元に戻す。いつまでも咲良の私物を物色するのも憚られ、私はソファに着くと、やることもなくぼんやりと室内を眺めては時間を潰した。それから十分弱経った頃に、再び廊下の軋む音が聞こえてくる。


「ごめんね藍子、ハルの話が長くて」


「聞いて聞いて!おじさんにお守りタダで貰った!」


障子を開けるなり騒々しい晴香は、ドヤ顔で右手に握られた浅葱色のお守りをこちらに見せびらかしてい

る。その横では呆れたように咲良がリンゴジュースの入ったコップを載せた盆を持って苦笑していた。


「おかえり……って私の家じゃないけどさ」


「待った、よね藍子、ゴメン、漫画とか持ってたら退屈しなかったと思うんだけど」


「ああ、いいよ、咲良がそーゆーの疎いの知ってるし、それに退屈はしなかったよ」


「そうなら、いいんだけど」


咲良は申し訳なさそうに目の前のテーブルにコップを一つずつ丁寧に置く。そんな殊勝な咲良に対し、私を除け者にした張本人は豪く上機嫌で私の膝の上に乗っかってくる。


「何?私に用はないんじゃないの?」


「そんな冷たくしないでよー、一人前の女には秘密の一つや二つあるんですー」


「五月蝿いちんちくりん」


「誰がちんちくりって藍子痛いから!脇腹抓るのやめてくださいお願いします!」


「晴香肉付いたんじゃない?」


「うるさいわ!これでも体重はキープしてるし!」


晴香は渋々私から降りると、足元から膨れっ面で私のことを見上げている。これのどこが一人前の女なのか甚だしく疑問であった。


「まあまあ、ハルにも色々あるもんね?」


「そうそう!さすが咲良はわかってるぅ」


「うーん、なるほどね……」


納得した素振りを見せてみても、やっぱり腑に落ちない。相手が晴香というのはあるかもしれないが、現に私も伏見琴葉の件では多く語ることがない以上、心象強くは言えはしない。


「帰りに藍子もお参りしてったら?出会いがありますように、とか」


「結構です」


「待って!?うちの祀り神は恋愛だけじゃないからね!?」


私の横に座る咲良が私たちに説明をつけてくれるが、どうも私たちには専門用語が多くてよくわからなかった。晴香が舟を漕ぎ出した辺りで、咲良が晴香を小突いて話を締める。


「……どう、やっぱ難しかった?」


「……うん、結構」


「だよね、私もお父さんに聞かされて育ったから覚えただけだし」


咲良は話疲れた、というようにリンゴジュースを呷る。こんな難解な話を覚えている以上、やっぱり学年一位は頭の出来が違うのだろう。


「あ、そうだ、藍子これ」


咲良はポケットから一枚の写真を取り出すと私に渡す。そこには今朝、鳥居を前に撮った三人の写真が印刷されていた。


背中を丸めて大笑いしている晴香と、対照的に大人びた微笑みを浮かべている咲良。


そしてその横に写るのはなんとか普通に笑っている私の姿。


咲良の駄洒落が効果があったのかはさて置き、いつもよりかは柔和な表情を浮かべられている。これなら悪人面とは言われないだろう。


「ありがとう咲良、おじさんにも伝えといて」


「うん、分かった……この藍子いい表情してるね」


「そうだね、咲良のおかげかな」


「私のギャグセンスも捨てたもんじゃないでしょ?」


「そこは否定するかな」


「えー、そんなー」


クッションを抱きかかえて不平を漏らす咲良をさておき、私もコップに口をつける。咲良の家のものというだけでなんとなく高級感が出るのは気のせいだろうか。


「あれ結構面白かったよね、ハル」


「うーん、ネタというより咲良が言うから面白いんじゃない?」


「なるほど」


少しズレた話をする両名の会話には敢えて加わらず、私は手元の写真と、机の横に掲げられたコルクボードの写真を見比べる。さっきは気にも留めなかったが、こうして見るとやはり感慨深いものがあった。


そこには12人の中学生が、一人の老紳士を囲んでおり、最前列には賞状を抱える私、二列目には満面の笑みでピースサインを突き出す晴香と、控えめな笑顔を浮かべる咲良の姿もある。


それこそ、他でもない全国大会進出を決めた直後に撮影したもので咲良や他の数名は目に涙を浮かべたあとも見受けられた。あれから、もう半年が経過しているのかと思うと、時の流れというのはあまりに早い。


「藍子?どしたー?」


「ああ、いや、あの写真懐かしいなって」


「あー!ホントだ!全国決まった時のやつじゃん!うわーっみんな若い!」


「まだ半年しか経ってないけどね」


「だってちーちゃんとか、なっちとか、うわー懐かしい」


晴香が嬌声を上げながら写真を見ては、あれこれと叫びに独り言を振りまいている。私の横では咲良が思い出を噛み締めるように、もう半年か、と私に聞こえるくらいの声で囁く。


「早かったね、ほんと」


「うん、あの時は感動したな、最後には皆で団結できて」


「確かに、一時は私と香澄(かすみ)のせいで酷いことになったからね」


「うん、二人とも頑固なんだもん、私と若菜(わかな)がどんなに苦労したことか」


「ごめんってば」


思い出されるのは中学の放課後、毎日通いつめた第一音楽室。寒河江先生の振る鋭いタクトに合わせ、私たちは只管に、音の乱れが一切なくなるまで放課後も土曜も日曜も練習に費やした。


去年より三倍近く、明らかに増えた練習量に不平を漏らすものもいないわけではなく、その代表であった副部長の戸部(とべ)香澄と部長の私は事あるごとに衝突していた。


何としても勝ちたかった私と、最後の一年を楽しくやりたかった香澄。いつしか険悪な空気は後輩を巻き込んで部を二分していったわけで。


「あとはカノンさえいれば完璧だったのに」


突然漏らした晴香の漏らした声に、私と咲良は思わず晴香の方を向く。


それは禁忌とも思われるほどに口に出されなかった13人目の東景吹部生の名。


有明奏音(ありあけかのん)、か」


よく通る甘い声に、肩ほどまでの明茶に染めた髪、小さな背丈に不釣合いな大人じみた容貌。


教師に目を付けられるほどの問題児ではあったが、楽器へ打ち込む姿勢は真剣そのもので、名の冠す通り、音を奏でるその才能は他の十二人の追従を許さないほどに圧倒的だった。まさに神に愛されていた、と言ってもいい。


「有明さんか……今何してるんだろうね」


咲良の言葉に晴香は、さーねー、と笑うとこちらまで戻ってくる。もうこの話は終わりにしようと言いたげである。咲良もまたそれを肯する様に溜息を吐いた。


―――奏音、何してるんだか


旧友を懐かしむような、心配するような妙な心地のまま、私はその気持ちを払拭せんとリンゴジュースを一気に飲み干す。


その後には、甘いような酸っぱいような、でも妙にスッキリとした後味だけが私の喉を駆けていったのだった。

お久しぶりです。須永です。


さて、初日編 第8話、完結……できず!

相変わらずいきあったりばったりな……そのうえ筆は進まず。


ペースアップと口で言っても出来たためしがないですね!

……もとい。


今回はまたまた東景グダグダ。

作者進める気あんのか、と言われますね、きっと。

自分なりにも善処します、はい。


次話もあらかた完成しております。

内容は……グダグダします!乞うご期待!


作者:須永 梗太郎

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