1.7 こびりついた肉片
痛覚の消えうせた利き手を見やる。皮膚は焼け剥け、筋肉が露出している。握った簪から指を剥がそうとするが、硬直したように力が入らなかった。
一方の手で指を剥がそうと動かすが、べったりとした血が、肉が簪にへばりついて取れない。感覚の消えうせた、今後一切使い物になりそうもない利き手はけれどぴりっとした痛みを訴える。傷口が焼けることで終えたはずの赤色の雫が再び流れ始める。
白く、輝くようなものが見えたのは肉の先に厳重に隠されているはずの、骨か。炭化した指があった。五指とは言えなくなってしまった己の手に、――けれど感慨を覚えるでもなかった。
「契約を……」
声だけの存在を見据える。
見えるはずだ。ディディカには確信があった。魔族の血が流れるこの身体は、その瞳でその存在を見据える事が出来る。
『名を呼ぶがいい、愚かなる者』
神の力を得んと欲する、身の程知らず。
呼べるものならば読んでみろ、と示す。
古の記憶にも朧ながらその姿は映し出されていた。しかし、その名は秘するもの。決して呼ぶことのできない、形のない称号。声ではない。音ではない。歌でもない。
それはナニカだ。
理解することは不可能。神であってこそ、それは知りえる。神が分け与えた叡智あってこそ知ることのできる言語。失われた存在、世界の秘するものの一つ。
だが、
『――――』
ディディカは恐れる事もなく、その名を口にした。
瞬間襲う吐き気、頭痛、痛み。
一瞬で意識が刈り取られそうになる程の不快感。
身体が悲鳴をあげていた。精神が壊れそうだった。
それでも、ディディカは口を動かして、告げた。
「契約を、火の魔神」
もごもごと、意識の混濁した状態での言葉は余り鮮明ではなかった。
しかし、それは人知を超えた存在。音でなく、言葉でなく、心でそれを理解する。
生物というのもおこがましい、埒外の存在。
『――いいだろう』
了承の、声が深く響く。
その炎の灯った指先に似たものが喉元を軽く触れて、――灼熱が襲った。
指が喉に触れた。
炎の化身の一部ながら触れたそこには氷塊を飲み込ませたような冷たさが降りて、次に灼熱が襲う。あまりにも冷たい感触に麻痺したはずの感覚が喉に溶け出す。
体中を焼き尽くさんばかりの熱量が流れ込む。熔岩が口を開いたかのように駆け巡る。
熱い炎の魔力は新しい所有者の全てを蹂躙していく。
(熱い)
滲む汗は脂汗か、発汗か。
拭い去りたい不快感をけれど取り除く術をどこにもない。倦怠感の増してゆく身体で意識を取りこぼさないようにしているので精一杯だ。
「ごほっ」
咳だけではなかった。口から吐き出される、赤い物体。
身体をクの字に曲げる。