1.6 灼熱に揺らぐ
簪が掌を突き刺す。肉を食い破る、熱さ。痺れるような、酔うような、強い吸水感。世界と一体化する感覚は以前にも味わっている。
その中で、ディディカという個体の意識はどれだけちっぽけなものか。その個を保つにはどれだけの精神が必要なのか。
熱い熱い熱い熱い。
そればかりが頭の中に木霊する。
それだけで思考が埋め尽くされ、浸食され、何も考えられなくなっていく。
(――意識がもってかれそうだ)
いや、そもそもの根源である個が失われようとしている。
ディディカという存在はたった十七年前に生まれたばかりだ。世界と言う強大な存在に対してそれはとてもとても小さな瞬きよりも短い時間。
それでも、ディディカは意識を繋ぎとめ、願い続ける。
『人と魔族の子が何の用かな?』
優しい、けれど深い地の底の声音が聞こえた。
けれど、願う者はそれではない。更に願い続ける。胸の奥にある灼熱を、そしてその更に奥底で燻ぶる冷たい温度を。
『――無視、か。よくも厚顔無恥に』
声が邪魔する。聴覚を遮断する。
感覚は鋭敏にしたままで、それはとても繊細に、ただひたすら熱だけを感じ取る。
『……』
沈黙が脳に響く。やはり、訴えかけてくるのは直接の精神だ。感覚受容器官など、彼らにとっては何の意味もない、ただの器に過ぎないからか。
やがて、それは炎を揺らめかせた。
『――面白そうな事をやっているな』
気まぐれにひかれた、黒くて赤くて蒼い熱。短気に、緩やかに、大きく、尊大にその声はディディカの脳に響き渡る。目を、開けた。
「火の、魔神」
火属性を与える守護神。魔法も魔術も関係ない、火そのものの正体。
眩い光は紅い光点か、それとも輝く肢体なのかは分からない。視界なんてあってないようなその世界は精神世界よりも現実世界に依拠しているはずなのに、曖昧に歪む線のみの空間。
『体が無くなるぞ、半分の子』
光点は声を発した。朧気にそれが形のようなものを得て来る。
ディディカの思考を探ったのか、世界の歴史に辿ったのか、その変化は著しく目まぐるしかった。
未知から既存へ、無機物から有機物、無生物から植物、動物へ。より知能ある存在へ、至高へと近づき――その進化は人と言う形を取って終えた。
見つめる視線の先にあるのはとても言葉を話すとは思えないほど精巧なヒトガタ。
人形か機械のような精密細工の美しい存在。熱く燃えるような髪、憎悪と闇の混在したような黒色の瞳。高い背は力強く、その身は猛々しさを持ちつつ、マントを羽織り細身に見せる。
例えようもない、神々しさ。眩さに圧倒されそうだった。