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女王の涙  作者: ロースト
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1.3 夜の月雫

 暗い夜の中を泳ぐ、深海魚。それは遥か頭上の色を知らずにいるからこそ、生きられる。光が届く場所に生きたいと望んでも、光の中ではその歪な姿が浮き彫りにされてしまう。決して受け入れることのできない環境――光の中に住むエレナはどこまでも届くことの出来ない存在だ。

(そんなことは初めから知っていた)

 遠い遠い存在。

 それでも、その笑顔に救われた。


(もう、自分を呼ぶ声はない)


 エレナにはエレナの世界がある。

 陽だまりの中にいる彼女がとても好きだ。

 暗く狭い陰鬱な城が自分の世界だ。――二人は決して相容れることはない。


「エレナ……」

 切ない声は青く透き通るような地平に消える。ディディカは苦しくなって胸を押さえたが、奥にある傷は癒えることない。エレナの笑顔がディディカの傷を癒す、唯一つの魔法なのだから。













 霞がかった雲が月夜に薄く膜を延ばす頃。

 銀色の月明かりが湖畔に反射するその美しさは言葉に例えようもない。けれど、彼を見た人ならばその水面を彼と例える。銀の髪を背に垂らし、銀の縁取りある大きな瞳は影を持って伏せがちにしている。どこか愁いを秘めた表情を持つ、人と魔族の間の子――ディディカ。

 青年は月夜の差し込む窓辺にほっそりとしたシルエットを作り出し、佇む。石造りの無骨な城はけれど、それだけで幻想的な場所となっていた。

「ディディカ――!!おまたせっ」

 ぼんやりと黒と紫、その隙間を彷徨っていた彼の視線が声の方へと流れた。

 夜の中にあっても光を失わないような朝焼け色の髪を持ち合わせた可愛らしい少女が夜色のカーペットの上を走ってくる。

 風の魔術か地の王の力を借りた魔法かはディディカには判別がつかない。ディディカには目の前で起こることすべてが新しい発見であり、初めての経験だ。

 ただ、驚くというのなら、彼女のその様相。旅装姿である、という点か。

(今夜のうちに旅立つのか……)

 半ば諦めにも近い気持ちで悟る。

 大会までに日数はある。けれど、当然、実力をつけるためにも、魔王を倒すために魔物・魔族を討つという目的で旅して回るのだろう。大会までの間に、村を、街を、諸国を巡り歩く旅。


「エレナ……僕は――」

 言いかけて、何が言いたかったのか分からないまま言葉を止めた。

 ただエレナの瞳を見つめることしかできない。


「大丈夫よ。心配しないで、私は強いもの!」

 いつも通りの元気な声、輝く瞳。これから先のことに思いを馳せているのだろうか、楽しげな表情は軽々しい。手振り身振りで大丈夫だと何度も言うエレナにどんどんと気分が落ちていくようだった。

(恐ろしい)

 何が、とは思わなかった。

 その前に彼女が察する。なおも強く、勇気付けるようにディディカへと言葉を向けてくる。せっかくの機会なのに、とエレナまでもが気落ちしそうだった時、ディディカはその手に持つものに眼を留めた。


「それ――」

 渡したいものがある、と言っていたからそれなのだろう。今までにエレナがつけているところも見たことがないそれは、けれど上質で頑丈そうにも思える。それでいて細工は華美ではない美しさ。――簪だ。

 エレナは一度ディディカに背を向けると、自らの髪を纏めて持ち、クルリと捻って見せるとそれを髪に挿し込む仕草を見せた。

(僕に、付けろって言うことかな?)

 目前で繰り広げられたことに対してディディカがどこかノンビリと思考を繰り返し、その挙動を見守る。案の定、正面を向いたエレナはやり方を覚えたか聞いてきた。素直に頷いて返せば、朝あったようにエレナは簪をバスケットと同じく目の前から消して、ディディカの前へと出現させる。何もない空間から姿を現してポトッと、ディディカのもとに落ちた。

「これ。私たちの絆の証よ、受け取って」

 掌に乗る重さが重厚だった。エレナから自分の手へと渡されるのを、じっとディディカは見た。


「私は――帰ってくるわ。ここに。あなたのもとへ」


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