1.2 純粋の歪を知らなかった
「祠を探しに行ったの」
「でもね、壊れちゃって、王は怒ってたのよ。家が、城がないって。だから『私のところに来ればいいわ』ってそれでね、地の王が祝福をくれたの。今のも地の王の力を借りて……」
「まって。地の王?本当に?――いたの、そんな存在」
『おまえは我を疑うのか、愚か者め』
厳しい声が響く。
「あら、ディディカは驚いちゃっただけよ。許してあげて。本当に、私も信じられなかったの、まさか会えるなんて、夢みたいに感じちゃった」
『……エレナがそこまでいうのならば聞こう。我もこの程度の輩に怒るほど器が小さいわけではない』
「あなたが、地の王――空間を司る精霊王?」
『そうとも。囚われ人よ』
精霊は魔法の領域だし、法式が解けるのも納得がいく。けれども、ならばなぜエレナが呪を唱える必要があっただろうか。どんな空間をも越えて蔓延る王の力。だが、今のは……それが信じられるほどの力量とは思えなかった。
――力量を超えた力は破滅をもたらす。
その文句は古来から言い続けられ、証明され続けた言葉だ。ふと思い至った危惧にディディカの眉が寄った。
「……ねぇ。私、旅に出る事になったの」
ポツリ、と言葉を零すエレナ。はっとした思いに突かれた。
旅に出る。それはディディカとの別れの時だ。
彼はこの城からは出られない。魔法の城は彼を閉じ込め続ける。きっといつまでも。
逃れる術は、精霊王にさえないのだろう。――強力な、古の魔法の城。魔術と魔法とを、人の力でさえも拒絶した空間。きっと魔王でさえもここは手を出しにくい。
「――うん。そうだと、思ってたよ。選ばれたんだね?」
でも、いつかはそんな日が来るのだと。そう、思っていた。
ディディカは実はエレナというこの少女の事をあまり知らない。朝に会って、会話して、食事の時間を楽しんで、それからまた少し会話をする。
それでも二人の絆は確かなものだし、それは友情から男女の思いにまで届くことは決して困難なことではなかった。
お互い、互いを知らない間のことなんてわからなくていい、必要な事は目の前に今ある時間なのだとおもっていた。何が好きで、何が嫌いか。どうやって日々を過ごすのか、どんな面白いことがあったか。何が得意で、何が苦手か。“エレナ”という人物を知るためにはそれだけでいい。
過去も生い立ちも、どこの国に生れたのか、兄弟。そんなことは知らなくても構わなかった。否、自分が尋ねられたら答える言葉のないその疑問を彼女に対して投げかけることは意識的に避けていたのだと、今なら分かる。
ディディカが知るエレナはほんの一部で、ほんの小さな部分かもしれない。それでも、知っている事はある。
彼女はここ一帯の中では一番の実力者らしい。最近では精霊王の一人、地の王の祝福も得た。選ばれるのは当然なのだ、国の代表者として。
「ええ。そうなのよ」
魔族を相手にし、その王を討つ。そのための部隊、勇者部隊。その人員を決める為に開かれる、世界一大会。それに国の代表として、彼女は出るのだ。
「今夜、また会える?渡したいものがあるの」
月明かりの下で、と約束をして彼女は去った。明るい日差しが彼女の夕陽の朝焼けのような髪色を輝かす。まるで、太陽のようだと思った。その微笑みは誰かの心を照らすためにあるかのような明るい、元気色。闇の中を生きるものには焦がれる光。
(触れられない事がこんなにも辛いなんて、きっとエレナが居なければ僕は知ることがなかっただろう)