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女王の涙  作者: ロースト
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2.13 偽物の命




 ズズン。

 身体の内側へとより深く響く重低音はまるで地震のようだった。はっと飛び起きてリオードは己が転寝をしていたことを知る。

 カーテンをサッと開けば隙間から洩れていた朝日はリオードの全身を清めてくれるようだった。まだ薄暗い部分もある外の風景は鳥たちが黒いリボンのように広がり、去っていくものだった。東領と西領を跨ぐ広大な森に生息する鳥類だ。


(今朝は早いな……って違う!なんだあれは!!?)


 昼型の鳥だとか、そういうことを問題にしているわけじゃない。あれは驚いたのだ。だから黒い群になる程の鳥達が空を埋め尽くしているのだ。ただの遊泳なわけがない。

 リオードが目覚めるきっかけともなった、揺れ。見れば窓の向こう、地面が一部陥没している。それは決して人の手に出来るものではなく――コツコツッ

 窓を叩く、小さな音がしてリオードは視線を巡らす。小さな、白い鳥が嘴で窓枠をノックしていた。


 ノックを返して鍵を外すことを伝えれば賢いことに数歩下がって待つ。窓を開けると器用なことにテトテトと歩いてくる。そっと手を差し出せばそこに足を乗せた。そして



『やぁ。お目覚めかな、我が友人。君がお怒りなのは分かるけれど、僕は今そこにはいないだろう。怒りを向ける相手はいない。だからって物に当たらないでくれよ。近々また会いに行くつもりなので、その時には君の怒りが解けていることを願う』


 金色の文字が空に躍りだし、文面を象る。それはマナを使った手紙で、魔術とも呼べない初歩的マナの使用法。それがだけにリオードは怒りが沸き立つ。



「あ、い、つ、は~~~ッッッ!!!!」


 感情を爆発する相手もなく、手近にあるものを投げつけようとしたその瞬間。


 ――コンコンコン

「失礼します、坊ちゃま」


 リオードの父が幼い頃から側仕えを勤め上げる年齢不詳のミセス・マチルダ。リオード邸に数多くいる使用人の中で女性筆頭のメイド頭である。ドアを開き入ってきた彼女はリオードのことをよく知っている。


「飲み物でもお持ちいたしましょうか?」


 物を振り上げた姿勢で固まったリオードはミセスの氷のように冷たい視線と温度のない声音、なんとも感じていないかのような無表情という三装備で頭の熱が下がってくる。ゆっくりと腕を降ろし、溜め息と共に一つ。


「頼む、眼が覚めるように」




 ミセスの去った部屋は何処か寒かった。落ち着いてか意気消沈してか自分でも分からないほどになりながら自らの椅子に腰を降ろした。全身に疲労が溜まっているような気がして、眉根を揉み解す。――夢が覚めるように。

 ディディカといることは夢のようだ。余韻も残さず消えていく。冷静になりきれず、流されてしまう。羨ましいと思うだけで自由に動く事も出来ない。だから、ディディカと共にいる時間とはリオードにとって現実ではない。そしてディディカにとっても、――この世界は夢なのだ。

 けれど、この世界をまっすぐ見詰めていられる者はいったいどれほどいるのか。


「お」


 開いた目の前に小鳥は気遣うようにリオードを見上げていた。小さく囀り、首を傾げる。それだけの仕草が堪らなく可愛らしい。

 魔術で作られたこの鳥は、けれど本物の鳥と何ら変わりない。食事が魔力である事以外では見分けがつかない。魔力に方向性を与えて可視化するほどに凝縮する。そうすれば鳥が生まれる。けれど技術が確かに成ればなる程、絵に描いたような平面の鳥から立体的で三次元的、羽の柔らかさやかさついて折れそうな足をも体現できる。鳥の真似事のように羽を休めたり嘴で毛繕いもする。分類するならば高度な技術で作られた鳥だ。


「お前は偉いな……」


 魔力の塊でしかないのに、それは生きていた。作られた命でも、ディディカが魔力の糸さえ断てば魔力の供給がなくなって形を維持する事も出来なくなる。

 だが、小鳥は生きている。今、リオードの前で。


(――ミセスが戻ってきたらこの鳥の名前を尋ねてみようか)


 たとえ、エゴでしかなくとも食事を与えることぐらいはリオードにもできる。一家代々と続くネーミングセンスのなさをリオードも自覚していた。


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