2.10 Dの賭け
(――そんな初対面を迎えておいて今では“友人”か)
思考が今に戻り、あの時と同じように横へと視線を向けた。
「ん?どうしたんだ、リオード」
あの時と同じ、リオードの主催する夜会が今、行われている。あの時と似て――けれど確実に歩みを進めている。けれど、不安は増長するばかりだった。
「……いや、自分でもわけがわからない」
形にできない思い。きっと、形になる頃に気付いてももう遅い。それでも、形にする事を躊躇われる。――それこそが不安だった。
そんなリオードの不安を読み取っているのかどうか、ディディカはくすり、と小さく笑ってみせる。瞳には不安など吹き飛んでしまいそうな潔さがある。彼は「まるで」と前置きしてから言う。
「恋の理由でも探してるような台詞を吐くんだね」
すぐには反応できなかった。
「恋!?冗談はよしてくれっ」
正気に立ち直ってすぐ反論するリオードにディディカは何も言わず、ただ笑うだけだった。そして何を気にする風もなく、一歩前に出た。
「――卿。その情報、買いましょう」
“D”として。
「い、いえいえ……そのような、売るほどのものでは――」
「二時間」
値段を吊り上げるつもりか、と言い渋る男の様子に知る。Dは自ら条件を提示した。己の身を対価にしたDのやりかただ。ゲームの賭けはただ己が勝てばいい。だが、これは普通の売買だ。相手の情報を確実に買えるが、己も確実に売ることになる。
「私の時間をあげましょう」
それでも猶、Dは言った。ざわつく周囲の反応がある中、更に言う。
「そ、そんな……とんでもない。そのようなつもりは――!!」
「二時間半でどうでしょう?」
時間を売る、ディディカの伯爵としての執務時間を減らすことでもあり、また、時間を縛られるという事は逃げられないということでもある。何をされても、逃げられない。抵抗はしうる。だが、逃げられない中、制限時間のみが希望のまま、抗えるか。
ディディカは魔法や魔術がなければ何も出来ない。人の身は非力なのだと、最近自覚が出てきた。神との契約を得るため、身を代償にする行為。それは痛い。辛い。
なにより、恐怖だ。
「――わかりました、その時間で……」
その喉を焼く。その足を折る。容易い、動作一つで。
何をされるのだろう。何をするつもりだろう。ディディカという人物は美しいだけの存在ではない。地位がある。利用価値がある。
「待ちたまえ」
共にざわめく周囲の声が一瞬遠のいて、一層大きさを増す。
「その情報は一時間で私が売ろう」




