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女王の涙  作者: ロースト
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1.1 彼女との幸せな残り時間

「また、あの夢か」


 視界の端に朝日が射し込むのを見て青年は寝台から降り立つ。

 シーツが一瞬体に巻き付くようになったが抵抗にもならないまま白い大腿をさらけ出した。細く長い足は世俗の苦など知らぬ無垢のようだったが、その性別を鑑みれば異常なほどだった。朝日を浴びた姿は綺麗すぎて人に畏怖を覚えさせる。魔の美しさ――淫魔の青年の美しさだった。

 いや、実際には人と淫魔のハーフであるから、寿命が多少人よりも長くともその性別を越えた美しさを身に備えていようとも、その種族が人間側に属するということには変わりはない。魔王とはどんな魔物、魔族よりも知性高く気品に溢れ、そして魔に愛された存在の事を言う。魔の高み、魔術も魔力も至高。人格も素晴らしい。それが歴代の魔王。


 今代の魔王はどうなのだろうか。ふと、彼は思ったが姿も噂も伺ったことはない。彼のもとに多く情報は集まるが、そのどれもが制限された範囲内でのもの。だが、と彼は思う。

 魔に好かれる性質のかの人ならば、こんな自分を受け入れてくれるのではないか。人と魔族のハーフという存在。人にとっては“汚点”であるらしい。では魔の眷属であるならばどうだろうか。――美しいだけの存在は、けれど魔の側にも不要だろう。強さを競う世界で、彼は観賞用にもなりはしないに違いない。


 だからこそ、青年はここに閉じこもる。幽閉という名のもたらす平和な閉じられた世界に一人。



「ディディカ。ディディカ、いるかしら?」


「いるよ、僕の愛しいエレナ」



「おはよう」

「おはよう」


 それから、わけもなく二人で笑い会う。




「これが御伽噺ならばディディカは囚われのお姫様、私は助けに来たつもりがあなたに心を奪われてしまった騎士様だわ」


「立場が逆だよ。それにエレナよりも強い人に僕が勝てるはずないじゃないか」


「まぁ!失礼しちゃうわっ」


 一通り、他愛ない話をして、いつもどおりに短い会話を楽しむ。



 エレナと会ったのはたぶんそんな昔ではない。

刺激のない世界が色づいた瞬間の事はよく覚えている。ある日、“空の散歩”をしていたエレナがディディカの姿を見止めた。ディディカには代わり映えのない世界の、代わり映えのない行動。毎日、朝日が部屋に舞い込むと眼を覚まし、窓辺に歩み寄る。雨の日も晴れの日も、曇りの時も嵐の日も無感動に見つめ続ける。



 ディディカは朝にエレナと交わす会話が習慣となっただけで、それ以外は外へと眼を投げかける日々。最初は言葉を喋る事さえ久しぶりでひり付いた喉に言葉が痞えた。

「ねぇ、食事した?」


 ううん、これから食べるよ。そうディディカが言うと嬉しげに大きく頷く。

「私、お料理したの!あなたに食べて欲しくてっ」

 逸る気持ちを抑えきれないようにいうエレナに罪悪感が沸く。



「……うん、ありがとう。気持ちだけもらうよ」

 エレナは料理上手とはいえないだろう。けれど、一生懸命さが伝わるお弁当だった。ディディカはそれを食べたいと思う。


 けれど、そうすることはできない。エレナも分かっているはずだ。

 僕らの間には、結界という名の鉄壁の壁がある。


「その結界を通り抜ける方法を考えてきたの!だから大丈夫」



 自信満々にエレナは可憐な唇から紡ぎだす呪文。

 エレナが本気で言っているのだと感じ、ディディカは躊躇いつつも窓辺から奥へと入った。




 ディディカの閉じ込められている城は魔法の城だ。魔術とは根本的に相性が悪い。魔術師の天敵が魔法使いである。魔法使いの天敵もまた魔術師なのであるが、それは火が水に勝つような問題だ。絶対的な理を無視してなお圧倒するような物量がなければその逆理は証明できない。

 エレナは魔術師だ。ディディカは人間で、それでなくとも淫魔の属性で、魔術師の家系だ。どちらも、魔法使いではない。

 魔法の結界は、崩されない。


「いっけぇえ!!」


 エレナが気合の裂帛をするカタカタと音をさせるような動きをしてバスケットはしゅぽんっと空間に消えた。次に瞬けばそれはディディカの部屋の内側、窓辺の所に鎮座していた。




「……え」


 予想も、しなかったことなのだ。




 さぁ、食べて!と促されたバスケット。その蓋を開けたらば先ほどよりも更に歪んで混ざり合い出来不出来よりも食べ物かどうかを疑いたくなる様が繰り広げられていようと、魔法の壁にエレナの力が通ったという事に、驚き、頭が真白になってしまった。

「あ、駄目!圧力がかかってぐちゃぐちゃになっちゃったんだわっ」

 慌てたようなエレナの声が静止をかけるのも気に掛からなかった。ただ、目の前のバスケットを、ディディカは見つめる。

 それ以外の思考が働くわけが無い。それは一つの奇跡。

 魔術師が魔法に打ち勝つという、この世界の法則を曲げた、奇跡。




 やがて、反応の薄い僕を見て取ってエレナは尋ねた。

「……気になる?」

「気になる」


 魔術の徒としての答えだ。

 言葉がやけにあまく感じられて、釣られるようにエレナの顔を見上げた。



 ふよふよと、空に浮くエレナ。シートのようなものに乗って来る時もあれば、今のように箒か棒のようなものに腰掛けている場合もある。風の属性魔術。

 正直に言って、ディディカはエレナにそれほど才能というものを感じていなかった。現代の魔術師といえば国家資格者ばかりが多く、仕事もそれに値して国の防衛だったり要人警護、その叡智・才能を買われて魔道具造りや魔術の更なる発展のために研究者として尽くすか。

 エレナのように些細な事で魔術を使ったり、生活面において利用するなどということは発想でさえ浮かばない。だからそれを尊敬する事は出来る。だが、人を圧倒する力はないし、度胸も努力も人並みでしかない。突出しているのは彼女自身で、彼女の力ではない。美しい容貌も人に好かれる性格も、彼女を好意的に見る面はあっても人に傅かれる器ではない。人を使うには“何か”が足りない。圧倒的な存在感のようなもの。


 エレナはけれど、魔法を打ち破った。







「私ね、王の力を手に入れたのっ!」

 そう言って、彼女は小悪魔的に微笑む。魅惑的な瞳が、唇が、紡ぐ甘美な言葉。

 ディディカは先ほどから熱に浮かされたような気分を感じていた。高揚する心は現実を現実として受け止め切れていない。発熱する心が動悸する。


「――――王?」


 王といってまず思い浮かぶのは自国の王。そして他国の王。でも人ではないのだと思い当たる。では魔術を統べる王――魔王か。いや、そんなわけはない。



「精霊?」


 口に出した答えを荒唐無稽だとは笑えなかった。エレナが満面の笑みを浮かべている。まるでそうだと頷かんばかりにディディカを見て微笑んでいた。


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