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女王の涙  作者: ロースト
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2.7 置き去りにされた恋情



(洗脳、魅了――どちらが正しいかなんて議論を交わす意味はないな)

 結果は同じか、とリオードはため息交じりの苦笑を洩らす。この友人の顔立ちの綺麗さに性別さえも確認し忘れてしまうのはほとんど当たり前のようなことだった。

 それでも、友人の、しかも男が、同じ男に口説かれている姿、というのは慣れがあってさえ衝撃を誘うものだ。対してディディカは日常茶飯事、と簡単に受け止めてしまっている。今現在もリオードの横で笑顔を見せながら対応している。

「私に尋ねているのかな、それとも彼?」

 すぐ横で、見上げる気配がした。それに促されて一歩、前に出た。必然的に、ディディカを守るような位置に立つ。

「シュロム卿。本日はお越しいただきありがとうございました。何か要望があれば屋敷に控えさせている者に申し出てくだされば……」

「いえいえ、何も不満などありませんよ。ただ、少しばかり夜会の始まる前に西の領主と話したいことがあってね、忙しいようなら日を改めよう。そちらのご客人もいることだし」

 ちらり、と視線を逸らすシュロムの疑問は確認もするまでもない。

 土下座をせんばかりの勢いでやってきたシュロム卿はリオードの主催する夜会の招待客だ。ここは既にプライベートスペースを抜けリオードの執務室に近い回廊なので客人に会うことが不自然だとは思わない。ただ、ここにはディディカもいる。

「……彼は、私の友人です」

 あえて、明言しない。名を尋ねて、答える。そのことがどれだけ困難な事か、地位が上がるほどにそう思わざるを得ない。立場と言うものに囚われては関係性を維持する事も難しくなる。――ディディカ・クロック。

 その名は今や有名過ぎた。しかし急成長しすぎた“伯爵”はそれだけに忙しい。一定の範囲でしか動かないということもあって姿を垣間見れるのは稀だ。未だに貴族間ではその姿を知らぬ者も多い。だからこそ、今彼がディディカ・クロックであることを知られるのは不味い。その名を知れば感づく者がいてもおかしくないのだ。

 正体不明、謎の麗人――D、リオードの主催する夜会の特別ゲスト。

「――見つけてください」

 言い訳も何も出来ないリオードに当然、追求の目は止まらなかった。だからか、ディディカが名乗る代わりに言った。

「明かすことが出来ないから、シュロム卿が見つけてください」

 笑顔で、けれど酷く挑発的なことを放つ。


「……っええ!わかりました、必ず探し出して見せましょう、月の御方」

 シュロム卿はその言葉だけで取って返した。すぐさま己の従者にでも調べ上げさせようとするだろう。去り際の上気した頬を見なくとも行動は推測できる。だが、証拠がつかめるはずがない。銀髪の美麗は貴族の中に当て嵌まるものなどいないだろう。だが、常識的に考えて、ありえない。ディディカ・クロック伯爵とはこの西領とは遠く離れた南の土地の統治者だ。そこへ行くまでに貴族ならば一ヶ月、旅人ならば強行軍で二週間といった道程が横たわっている。現実的に無理なのだ。

 そう、気軽に尋ねてこられる場所ではない。だが、それを可能とさせるのが魔術、いや魔法か。それさえも不便としか言いようがない。転移の術はそれほどの長距離に対応はしておらず、人の魔力はそこまで強くなく、現実性を帯びないことを為しえない。単に、それが出来るのはディディカだからだ。

 ただ一人、神の力を操るディディカだからこその御技。一瞬で領地に帰ることの出来るディディカは伯爵がディディカを特定するころには領地で何事もなかったかのように仕事をしているだろう。西領へと出かけた事など誰も知らない。

「酷い奴だな」

 シュロムはディディカ・クロック伯爵に会おうとするだろう。その姿は“月の御方”と同じだ。だが、晒される真実は決定的に矛盾する。この場にいるディディカは存在し得ない。




 シュロム卿の丸まった背が遠ざかるのをぼんやりと見つめた。

 何故、あんなにも必死になれるのだろう。そう、凍りついた思考が停滞寸前のまま考える。シュロム伯爵とは幼い頃から父親に、周囲にそうなるべく教育された。貴族の嗜みとして武にも心得はあったはずだが、どれも凡庸。爵位を譲り受けてからもやる事なすこと凡庸。同じ派閥から妻を娶り、子どももいるが特別仲睦まじくも仮面夫婦でもない。領地政策も他と変わらず、横領というには小者、野心があるというには目的意識も薄い。適度に圧政を敷いて民と貴族の溝を深め、ある程度の民に嫌われ、ある程度の民に好かれる。酷くはない、けれど良くもない領地。人柄も特に目立ったところなく凡庸。趣味趣向があるわけでもない。無味乾燥な人物。

 それだったはずなのに、出逢った人物は輝きに満ちた瞳をしていた。いきなり生を取り戻したかのような、生き生きとした表情。言葉には情熱が溢れ、……それが自分の存在だと知る。

 皆が、そのような目を向けた。己の外観に、存在に、惹かれる。そんなことはわかりきっていた。ディディカの容姿は人を惹きつけ、人を輝きに満たす。

 ――けれど、

「……おあいにく、僕には心に決めた人が居るんでね」

 ディディカは自らが生き生きと、輝いているわけではない事を知っている。あるのはほの暗い復讐心のみ。それ以外はなく、また求めようともしていなかった。


「まだ、忘れられないのか?そいつ」

 ぽつりと零した本音がリオードに拾われた。けれど、訪ねられた事は的外れとしか言いようがない。そいつ、と表される人物にはまったく心当たりがなかった。

「え?なんのこと」

「今の話だ。心に決めた相手って――テナーだろ」

 その言葉にドキ、と胸が不自然な音を立てる。

 テナー、聖女、異世界人。その三つの単語を繋ぐ、エレナという存在。ディディカの心に救う闇の核、凍てついた感情が胸に不自然な高鳴りを呼び起こす。

 その表情に過ぎ去った感情にリオードに気付かないはずがないのに、笑顔で押し込める。

「――何言ってるのさ。リオードだよ、もちろん」


 その言葉に、一瞬リオードの表情が無になる。そして取り戻される平静。

「……冗談がきついぞ、ディディカ」

 米神に指を押し当てて揉み解すような仕草に苦笑した。

(ほら、負担になってるじゃないか)

「……変な事考えるなよ」

 リオードと適正な距離を測るべきか、と考え始めた思考を鋭い観察眼が見抜いたらしい。やけに警告じみた言葉は心配から来るものだと知っている。お人よしなのだ、昔も今も。

「別に。ちゃんとリオードのことは好きだよ」

 だから甘えてる。弱い部分を見られたから、すべて晒してしまえるこの距離にいる。

「ただ、ね……僕は正直、今更恋をしようとは考えていない」

 復讐以外の感情に振り回されたくない。見据えたいのだ。それ以外の何かでぶれない様に生きなければいけない。……本当なら、友情でさえも断ち切ってしまいたい。

 柵は人を弱くする。同時に、柵があるから、絆があるからこそ人は強くなれる。

 魔族は柵に囚われない。あるのは強さのみ。

 人と魔族のハーフであるディディカにはそれがわからない。どちらが正しいのか、どちらも間違っているのか。――自分は何を求めるのか。



「復讐に生きるってやつか」

(目の前、ちゃんと見えてんのか)

 心配になる。過保護なぐらいだと、自覚しているリオードは、だから自分を抑制する。

 ディディカの本質は何にも囚われない。風の属性がそれを示している。飛ぶための翼が彼にはある。だからリオードの存在はただのお節介でしかない。

 ただ、羽を休める為の木が、己であればいいとは思う。それが、友人なのだと思う。

 木を折るかもしれない、と遠慮して飛び続ける鳥がいないのと同じように、ディディカも自分のことだけを考えてればいいのだ。

 柵に、復讐に囚われて生きるのは、らしくない。さっさと断ち切ってしまえ、そう思うのにリオードの身体はいつまでも地に付いたまま、見上げるしか出来ない。

「21歳で僕の性別は決まる。それまでにきちんと色々な事を終わらせないといけない。それまでに、僕がどういう風に生きるのかを決めなきゃいけない」

 何にも囚われず、流れてゆくのが旅人だ。ディディカとレギナはやはり、同一人物なのだ。――留めておくすべはない。

「現在を生きるために、“過去”を終わらせたい」

 眼差しは強いのに、底冷えするような心地になる。

 復讐の冷たい炎。けれど、リオードが感じるのはそれよりも更に深いところにある、虚無。ディディカでさえも気付かない、ぽっかりと空いた心の穴。

 何処とも知れぬ闇と繋がっているようなそれをリオードは感じ取っていた。

「あっそ。好きにやってろよ」

 結局、ほっぽ向くようにしてしか、二人はこの話を終わらせる事が出来ない。

 二年間、幾度も繰り返し行われた、この会話の結論。ディディカの生きる理由、存在価値とも言えるようなそれは変わるはずもなく、リオードは納得できないまま、月日だけが過ぎてゆく。周囲は目まぐるしく変わって行き、二人もまた変わってきたはずなのに、そこだけが変わらない。



「今宵のゲームはDの専売特許、チェスゲームだ」

 そう、得意げにディディカは言った。




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