2.5 五つ柱と無自覚
友人。
ディディカには友人という存在が理解できない。誰かに友だと言われたことはない。
エレナとは偽りの関係だった。
表面上だけの、互いに何も知らないでいることを条件とした、張りぼての友情。
リオードはどうだろうか。
彼は領主で、早くから“大人”を目指していた。虚勢、見栄、矜持、誇り、立場。いろんなものに絡められている。
いや、友という存在を作るには障害が多すぎる身の上だ。彼にとっての“友人”とは己が利益となる人物のことでなければならない。自らの利益を第一に考える事が彼の役目だ。
――ディディカもまた、同じ。
二人は互いの立場を鑑みて、礼節を持ちつつ行動している。それは本当の“友”と呼ぶには余所余所しく、他人行儀で、上辺だけの関係しか築けない。
「でも、昨日は僕の不注意だった。伝令を飛ばせばよかったね」
地の王の固有属性に“空間”というものがある。
通常、魔法も魔術もそれぞれ万物の基本である五つ属性に力を成し、神や王はその属性ごとに存在している。
すべての破壊に通じる火、全てを識る地、すべてを押し戻す水、全てを聞く風、そして無。他に光と闇という属性もあるが、これは存在があるというだけで名前だけのものだ。
この中の無とは言葉の通り無。つまり、魔法も魔術も形を成さない。それが無属性。すべての根源に反する、とも言える。
魔術と魔法のぶつかり合いでできるカオス領域はいわば無属性の地の出現と同じ意味を持ちえる。奇跡の生まれない場所、誰もが無力ならざるを得ない永遠の地。
全ては五つ属性に帰依し、万物の殆どが四つに分かれてゆく。
しかし、世の中には明確にどの属性、と分けにくいものが存在する。
例えば時間。例えば空間。例えば天。例えば底。
それらは付加属性と呼ばれ、属性がそれぞれ持つ固有の力として分断されていく。
空間は遍く大地を統べる“地”の属性、時間は遍く世界に存在する“風”の属性、天は空気の支配権を持つ“火”の属性、底は脈々と続いてゆく流れを示す“水”の属性。
時を極限まで終わりに向けるのは火属性破壊の力、初源に近づけるのが水の癒やし。繋がるすべての空間に通じるのが地の支配。繋がらないすべての場が風の領域。
それら属性の優劣はない。
だが、人には素質というものが具わっている。元来の性質、血、形成された心の形状。それらは魔に親しまないもの達でさえ持ちうる根。
魔術師も魔法使いもその属性には逆らえない。だから優劣が出る。使えないのではないが、限りなく不可能に近い。
火の属性を根に持つ者ならば火の属性を身につけるのは簡単でも、水の属性を使えるようになるためにはその二倍以上の年月を要する。使えることには使えるが、それでも気質が合わず、使い勝手に不便を感じる。多種多様の属性を極めて利便性を図ろうとしたところで、気質が火であれば、火を使うことが一番気性に合う。
そういうわけだから、魔術師でも何でも、多くのものが一つの属性を極めてゆく。
他に手を出して半端にするよりは己の長所を伸ばす、という事だ。それでも、全属性を極める、という天才も変わり者も出てくる。
そして、全属性を極めたと認められたならば――彼らは“エレメンタル”の称号を受け、その使用者という意味で“エレメンタナー”縮めて“タナー”と呼ばれるようになるのだ。
他者よりも、多大なる努力をした証である。
国として、いや世界中の魔術師魔法使いとして、これほど名誉なことはない。
――ただし、その自覚があるのかないのか、ディディカはその道を目指していた。
五つ柱の神に契約を求めていた。
何せ、彼の復讐の相手はエレナである。異世界からの移住者にして祝福を持つ者、全ての愛される権利を得た“ヒロイン”である。
その魅了の力は遍く、神にも王にも広がる。