2.4 月日の見た流れ
「あ……」
「ディディカ?」
それはあまりにも唐突だった。
胸を襲う郷愁、二度と戻らない日々への哀切。
透明なガラス窓には丁寧に整えられ完璧な様式美を再現している青い敷地が映っていた。
芽吹き始めの緑が青々とし、雲の通り過ぎる光景を頭上に、燦々と降り注ぐ日光が降り注がれる中、風の温もりに身を預けのびのびと生命を実感している。
大きく切り取られた窓からそんな光景が、眩い光がすべてを清浄化するように洪水のような勢いで差し込んでいたから、……だから思ってしまったのだ。
(――季節が巡る)
「……もう、二年か」
風の囁きが以前、ディディカに心を通わせて教えてくれた。
世界中を旅して回る風は耳がどこにでもある。危険なことやディディカに関することなどは前もって友人のディディカには教えてくれる。――実際、ディディカは魔術を使用することは出来なかったが、風の精霊に魔力を与えて会話することはできたし、魔力を対価に情報を得ることも出来た。
けれど、城の中に止まっている限り、外の情報など大した意味を持ち得なかったし、エレナの事を知ろうと思うのに精霊の力を借りて嗅ぎ回るというのも嫌な話だ。
精霊たちの助言を聞く程度にしか知ろうとは思わなかった世界。あの日から飛び込んだ。
何も知らないまま、我武者羅に走って、ここまで来た。そうして……漸く安定を見せた今、二年が過ぎていた。
「ああ、俺たちが会って、二年」
僕が動き出したあの日から、既に二年が経った。
東と西の境、西の森にあった過去の遺物がその日、燃えた。染まりきらない空をそこだけ赤く色づけて、劫火の炎が立ち上る。その炎が全てを変えた。“あの日”も自らの身に炎がまとわりついて仕方なかった。燃える屋敷。熱くて息が苦しかった。
火の手が上がった。屋敷の者たちはどこか探して、彼女を探して――ようやく見つけた大広間で彼女は――
「……二年の間にすっかり遠慮は抜けたな」
「そう?」
過去に囚われたままの意識が熱いと急きたてる。でもそれは幻痛なのだ。
現実は、リオードと、陽だまりの庭木を見ながら会話をしている。ディディカの身に起こったものではない。痛みなど、身体が覚えてるはずもない。
二年前の炎はディディカに従い、牙を向いて焼いた身はレギナのもの。
それに――焼き焦げる前にレギナは殺され、供物にされた。炎に痛みを感じるよりずっと前に死んでいる。痛みは長引かず、一息で意識を刈り取られた。深々と刺さったナイフの痛み、抉られた衝撃。そんなものを覚えているに過ぎない。
彼女の、最後の表情さえ、見えなかった。
彼女は笑っていただろうか。これから己が身に起こることに幸福を感じて。
それとも少しは哀しんだり罪悪感を覚えてくれただろうか。人を、見知った人物を殺すという事に。
「昨日なんていきなり扉の前に出現して来やがって。あ、いや前と同じか」
「お詫びをしたじゃない。リオードが断った癖に」
「あれは断じてお詫びじゃない!……お前、実は俺をからかって遊んでるだけだろう」
「バレた?」
「ったくお前は!」
(……友人とは、思われていなかっただろう)
そうでなければ、あの日、レギナは殺されなかった。