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女王の涙  作者: ロースト
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2.3 囚われたもの、眼差し

 魔術耐性の低いものが陥りやすい、魔術行使による付加。魔術は供物を捧げ、魔力を元に行使される計算式上の“答え”である。答えを導き出すのに使用される方程式はそれぞれだし、供物は魔力によく計算式で間に合わなかった部分を――余分の加減でしかない。そして魔力とは流れだ。眼に見えない流れ、無色の糸。人を構成する要素であり、決して解く事の出来ない人体の不思議の一つ。ただ分かるのは血という媒介が一番魔力を伝達しやすいという事だけ。

 だから魔術師は血を、古の血統を重んずる。血を濃くする為に行われた忌まわしい行為は貴族の中では暗黙の了解だ。そうして育て上げられた忌まわしくも尊い血というのは須らく貴族だ。力を持たないものこそが平民、身分なし。

 それでも、というべきかだからこそというべきか。魔術に耐性のないものは大抵、貴族の中で生まれる。過剰摂取による一種のアレルギー。魔術師のなかでは無能、貴族の中でも冷たい視線に晒される。だからといって、その体質がなくなるわけでもない。人はその環境にいれば必ず、“無茶”をする。

 オーバーフロー。それはその無茶による病状だ。その身に流れる血が身体を蝕む。魔力を感化しすぎた血は体内で熱く、沸騰するようになって、魔力を周囲に垂れ流す。魔術師が己の実力も考えずに魔力の行使をし続け、自らの血管を疲弊させた時にも同じ症状が出るが、その場合は身体がだるくなる、熱っぽく感じられるなど大概が軽い症状だ。そして、魔術師の忌み児との区別で力化りょくか症状と呼ぶ。


「くそっ……下がれよ、熱!」


 対処は限られている。魔力に対する耐性を付けさせ自己回復に任せるか、加熱した血管を冷やすか。しかし、どれもが現実的ではない。実際問題として、オーバーフローになったものは高い可能性で死ぬ。

 まさか、拾った途端に死なれるわけにはいかない。領主として、領民かもしれない者をみすみす見捨てる事は出来ない。そもそも(まだ事情もなにも聞いてない――!)

 あの日、あの時間帯にあの場所にいたこと。それはあの事件にも少なからず関係しているといえるだろう。


(いや、そんなことよりも俺は――)


 この美しい青年を、そのまま一人にすることなど出来ないのだ。




 見も知らぬ青年を自室に連れ込んで自ら看病をし、交代すらも断るほど。会った瞬間から、たぶん魅了されてしまっているのだ。ほぉっておけないと心が騒ぐ。



「――気にする、ことない」


 聞き辛い声がリオードの思考を遮った。

 見れば、青年の腕が上がっている。頭の上に乗せられた溶けかけた氷塊を摘み上げ、脇にどけて。その美しい顔に黒曜石の瞳を見開いて、夜の魔物を思わせる青年は身を起こした。

 とても、動けないはずだ。

 熱で節々は軋み、肌は焼けるように熱く火照り、身体の芯から焼け焦げるような熱さを感じているはずだ。喉は灼熱、空気が触れるだけで全身に痛みが走る。

 それは意識を取り戻した瞬間から泣き叫んでもよいぐらいの苦痛。外側から与えられる痛みは紛らわす事が出来るが、内側からのそれには例えようもなく、堪えようもなく――


「このぐらい、平気だよ……。僕は――魔、族だから」




「――――ッ!?」


 だから放っておいて、と熱い吐息のまま紡ぐ青年に、リオードは絶句した。










「……うわっ!」


 いきなり後頭部に痛みを感じてうずくまる。



「あれ?」


 そんなリオードの声を聞いたのか、今度は遠慮がちに扉を開く。半分だけ顔を出して伺うディディカにリオードはちょびっと滲んだ涙目で恨めしく見上げた。だが、そこに反省の色はない。それどころかリオードに睨み返すだけの元気があると見るや否や扉を開け放った。


「何やってたの、リオードは?」


 しゃがみこんだ体勢から扉の緊急避難でひっくり返るように転がったリオードにディディカはニヤニヤと、真底意地悪い表情を浮かべて尋ねる。


「別に……」


 そっけなく言い返す。気恥ずかしい。

 回顧など本人を前に言えるわけがなかった。


 父・ザハルト伯爵から領地を預けられたばかりのリオードは今にして思えば笑いたくなる程後手後手、もくろみ違いも甚だ多かった。名ばかりが先行して歩き回り、周囲の期待にストレス過多で寝込んだり、と若さだけでやってられない責務に押し潰さる寸前。そんな頃をディディカ見られている。いや、駄目駄目なところ以外知らないだろう。余裕を得た今は爵位を得てから時の経つリオードよりもディディカの方が忙しい。


「思い出し笑いはスケベって言うよね」


 タイムリーすぎる話題にギョッとして顔を見た。



 ディディカは髪を簪で纏め上げているが長い髪は黒いそれと正反対に銀色を晒して背に垂れていた。首元からきっちりと絞められた白いシャツ、その上に重ねられたベスト。胸元は男性特有の平らさを持ち、体形もリオードや同じ年頃の男性と比べると華奢だが女性とは比べるべくもない。完璧な男性姿だ。それでも、その顔立ちの綺麗さと締められたはずのボタンの隙間から匂い立つ様な色気とが相まって中性的、思い余って危うい道へと逸れる同性が多いのも頷ける。そこらの女性よりもよっぽど女性らしい美しさと可憐さだ。


「衣擦れの音でも聞いてた?」



 そう問われて今度こそ赤くなった。聞こえていたのは事実だ。

 回顧といえば聞え良い己の行動も夢想といわれればこの状況では卑猥な気もする。誰もいない廊下に弁解する手立てもなく、いやいたところで客観視される己の姿はディディカが感じるよりもよっぽど怪しかったかもしれないと思考を修正する。

 そんなことをつらつらと自己弁解の名の下に思考し言い訳も出来ず赤面のまま固まるリオードにディディカの言葉がさらに投下される。


「遠慮することないよ、君なら中に入って鑑賞してもらっていても構わないから」


「おまっ……変わったかと思ったが変わらないな」


 それこそ猛反発する勢いでいたリオードは己の友人の口の良く回る事を思い出し、今度こそ口を噤む。いや、話題を逸らす。


「ん?」



「何でもない」


 逸らした会話は聞き漏らされた。




「――――人はそう簡単には変わらないと、僕は思うけどね」




(……聞こえてるんじゃないか)



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