2.2 陽炎に揺れる塔を背にする
「何なんだ、あのバカは!!」
たった今出てきた部屋の扉を背にして怒鳴るようにはき捨てた。
(警戒心がなさ過ぎる)
いっつも俺だけが悩まされなきゃならん。徐々にいらついてきたのはそればかりではない。なぜ自分がこうまで振り回されなければならないのか、自分の心にも腹が立つ。
わかっているのだ。
報われない、そうわかっているのに心はあの魔性に引き寄せられる。
美しい容姿だけならば問題はなかった。あれほどの美貌を求めるほどリオードは無謀ではない。立場上、美しいものには見慣れている。並ぶものがない美しさに眼は止まるが、それだけだ。
避けがたい、その瞳。
一途な心の強さがリオードを惹きつけてやまない。脆く感じさせて、美しく儚く認識させて目が離せなくなる。
ディディカは光なのだ。圧倒的闇に包まれた核だけが輝き続けている。誰にも見られない場所で、静かに輝くのを、けれどリオードだけが知ってしまった。
(支える以外、何ができよう)
半年前の赤い夜にディディカはリオードの前に現れた。
白けるはずの空が暁に染め上げられていた。
それは突然の事態だった。夜中の鐘が人々の心を不安にさせる。誰もが不審に思った西の森での火事――この地の領主であって、森の守人であるリオードはこの事態に心を熱くさせられていた。
東領とリオードの統治する西領の境にある森。その奥深くに聳える高い石造りの塔。誰も辿りつけない森の中央に起立する、魔法の古城。森が全焼するようなことになる前に手を打たなければならない。
年若いながらも領主であるリオードはが聞かされたのは石塔が焼けるよりも遥かに高い熱で溶かされていたということ。
その方法についてなど疑問はありつつも、下手人の捜索隊を出して一時的にも事態は収集へと向かっていた。だが――
「まて」
森の奥を見据えて警戒を表した従者に、リオードは何故か制止をかけていた。目を凝らしたところで見えるはずもない、暗闇の奥の第三の存在。濃密な黒が粘り張り付く感覚を耐えて見据えた。不吉な予感が胸に過ぎるのに、その時間を焦がれるような思いがする。
そして、――嫌な匂いがリオードの鼻についた。肉の焼け焦げた臭い。
じゅぅ……
焦げる音、草が、地面が焼けてその姿は出てくる。
服は所々焦げて解れ、その素肌が晒されていた。
月が耀き夜の明け始めた時間帯に松明は必要なかった。月と同じ銀色の長い髪を背に輝かせて、白い肌の美しい身体に服を纏わりつかせて、人とは思えないほど端正な顔立ちに美しい闇色の瞳を輝かせ、――青年は歩いてきた。
炎を背に負うようだった。
東の空が赤かった。銀の髪は黄金の縁取りを浴びて嬉々と自らを誇る。炙られ、幽鬼のように身を揺らめかせる塔を背に、青年は立っていた。
(――これ、は……なんだ?)
その生物をなんと言って呼べばいいのか分からなかった。
一歩一歩、踏みしめるように進む足取り。いつの間にか青年はリオードの前にいた。リオードの従者も、青年に見惚れて制止する暇がなかった。交錯したその瞳には困惑した表情を浮かべるリオードが映っていた。
「おまえは、なんだ」
いつのまにか口が動く。勝手に疑問が飛び出していた。青年はリオードに微笑みかけると、瞳をゆっくりと閉じる。そして、
「っつ!!」
「ッリオード様!」
リオードの方へと倒れこむ身体を咄嗟に抱きこんだ。細い身体は燃えているかのように熱く、――いや、血が滾っているのだ。
(オーバーフローか……!!)