2.1 色とりどりの夢の残骸
「ああ、夢――」
伸ばした手の先、そこには親友であった少女の姿があった。
ディディカは身を起こすと、その素肌が曝されることも恐れずにベッドから立ち上がる。何一つ身につけていない、輝くような体が朝日の中に惜しげもなく晒された。そこに誰かが居たならば当惑するだろうか、その神々しさに。恥ずかしさを感じ入ることなどないような完璧な姿に、人々は神を見る。本人もそれに頓着する様子はなかった。
白い体がドレッサーの前に立つ。――色とりどりの衣装。ドレスにタキシード、男性ものに女性もの。派手派手しい色合いのものもあれば質素な素材のものもある。それはすべてディディカのものだ。
過剰なまでに揃えられた品々は彼が人間でありながら淫魔族であるという特質から来るもの。所謂、男性体と女性体を恣意的に変化させることの出来る特性。
(とはいえ、それも成人するまでの僅かな期間だけれど)
自我をもって魔術を行使できる年頃から成人までの間の期間。ディディカの場合は魔術の行使が魔法によって押さえつけられていたためにその影響は通常の成員年齢に達しても雌雄の別を可能とさせるだろうと予測させるが、今までに例はなく、どうともいえない。
「壮大な城に豪勢な扉。豪奢なドレス。……どれもが縁遠かったはずなのに、今ではこんなにも近くにある」
ディディカは夢の中ではただ一人の無力な少女だった。
しかし、ここは異世界である。そしてディディカもまた、レギナという少女ではなく、人と魔族の間に生れた子。淫魔という特性と魔術の徒としての血。そして、人間で言うところの貴族階級がある。ディディカ・クロック伯爵、それが今のディディカだ。
ちょうどよいタイミングのノック音に了承の意を出して扉が開くのを見守る。城の主だ。
「おーディディカ起きたか、ってでぇえええ――!?」
「あ、おはよーリオード」
暢気に朝の挨拶を交わすディディカだが、己の友人リオードはなにやら忙しそうだ。おかしい反応、もとい叫んでもと来た道を戻ろうとする。不思議に呼び止めようとドレッサーの前から踏み出すがその前に部屋の扉は大きな音を立てて閉まった。
扉の向こうにいるはずのリオードにその行動の疑問を投げようとして、ぴたりと止まる。自らの視界に入った、その素肌。(――ああ、裸だったか)
それも、女性体の方だ。
自らの体をじっくりと見降ろし、その体つきが丸みを帯びて女性らしい事を知る。二つの乳房は豊かに、果物の瑞々しさを思わせ、その括れた腰からのラインは美しく爪先まで至る。起きたばかりで下りたままの髪が白い肌に恥じらいを持たせるように纏いついていた。
「弱いな……僕は」
ドレッサーに手を伸ばして服を取り出す。女性用のドレスが多い中、自らの男性用の礼服を取り出して身につけ始める。その時には既に、青年のものへと変わっていた。そして自らの髪へと手をやり、サイドテーブルに置いてある簪を手に取った。黒く艶のある、女物の簪。
レギナが祖母から譲り受けた髪留め。レギナが炎の死の中、名前も思い出せない友人に奪われた宝物。エレナがディディカに預けた約束の証。――ディディカをレギナに結び付けた簪。
(きっかけなんて、なくてもきっと)
きっかけは簪。
エレナがディディカに約束の証として与えた女物の簪。それだけだった。
けれど、ディディカは簪を見た瞬間、手に触れた瞬間から変わってしまった。ディディカは己の中に眠るレギナの存在をはっきりと自覚した。
だからレギナに引きずられたのだ。
女性と呼ぶにも幼かった、少女。その夢を見たせいで身体が勝手に勘違いしたのだ。
ディディカが女性であることは隙を見せることになる。万が一の時、女性であるというのは実に非力だ。男性と対峙するならば覆せない差となってしまう。
だからいつもディディカは恣意的に男性体でいようとする。
それにも関わらず昔を思い出せばそれに流れてしまうのだから無意識とはなかなかに律せない困難らしい。
思わず苦笑してしまうのは、その弱みを理解しながらこの場所では遠慮なく夢を見てしまうということで。
(リオードに気を、許し過ぎてる)
素直な無意識が根底にある。
「一番、弱いところを見られたから、か」
信頼があるのだ、絶対な。
半年前の運命の日、焼け落ちた塔。空が赤く燃える景色でいくつもの影が暗躍していた。……




