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女王の涙  作者: ロースト
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2. 過去と現在を司るもの


「さすらいの一族なのさ」

 ゆさゆさと、温かな背の変わらない振動にまどろみながら聞いたそれは、祖母の優しく厳しい言葉だった。

「いいかい、よぉく覚えておくんだよ。お前は旅人なんだ。一つ所に長く留まるのは災いを呼ぶ。性質は変わることがないから厄介なのさ。逆らえばあらがうだけの不幸が襲いかかってくる。……私の言うことが今はあまりわからないだろうさ。だが、それでいい。わかるようになった時には手遅れさ。だから、今から言うことをよく覚えておきなさい。――お前が幸せにいるためには、普通の人生を、幸福を生きるためには守らなければならないといけないよ」


(おばあちゃん。私は今、後悔をしています)


(大切なおばあちゃんの言葉を忘れていたわけじゃないんです。ただ私が馬鹿だったのです)

 今、レギナは大きな城のような屋敷を目の前に猛烈に反省を繰り返していた。背後には広大な緑の土地。それとここまでレギナをつれて来た美しく可憐な細工を施した馬車。隣にいるのは孤児時代からの親友という奴。少し前にいてこちらを振り返るのはこの城の主の親戚筋であり――××の従兄妹であるらしいと発覚した少女。


「ほら、行きますわよ」


 お上品な口調に少しの高飛車が混じった態度で促されてレギナは横においていた大きな旅行鞄を手に抱えると美しい髪をなびかせ我が物顔で入っていく少女の背を追った。腕にずしりと重い荷物は、けれどそれだけがレギナの生きていたすべてだと思うと、この城のような屋敷の前では頼りなく思えてくる。


 三つの約束事と二つの注意を改めて胸に刻み込む。


(両親のこともおばあちゃんのことも私のことも知ろうとしない)

「目の前に見たことだけを真実となさい」

(身を着飾ったり目立つようなことはしてはいけない)

「お前は注目される器は持ち得ないのだからね、耐えられないだろうよ」

(今以上を求めてはいけない)

「人には分というものがあるんだからね、与えられたものを素直に認めるんだ。自尊心を持つのはいいが、誇りだけを抱えていては意味がない」


 懐かしさが胸を襲う前に手にした簪を取り付ける。ふわりと漂った、一瞬だけの香り。それは遠い、まだ見ぬ故郷を思わせる。



「――お前にはお前の幸せがある。人を羨ましんだりして己を不幸と思うとろくなことにならない。何もなく生きていることが幸せだよ。平凡で代わり映えのない日々に見失ってはいけない、一番大事なものだ。……簪をもっているかい」

 優しい声が促すのに幼い自分は何と答えただろうか。小さな掌には大仰な簪を握り締めた感触だけが確かな記憶だ。祖母の背は温かく、大きく感じたけれども、やはり老婆の細々としたものだった。そのことに気づいたのはもっと大きくなってから。

「うん、いい子だ。決して手放してはいけないからね、それはお前を幸せに導く。けれど、忘れてはいけないからね。それは両刃の剣さ、お前は今以上を望んではいけないよ」

 墓さえも作る事の出来ない、旅人の宿命。――火葬にした後は灰を撒き、風に乗せる。そうして、再び旅立たせるのだ。永遠に旅をし続ける。死しても尚、魂となってさえ。

「じゃないと、自ら災いを招くことになるからね。忘れてはいけないよ……」

 三つは約束、二つは注意。そう、幼い心に刻み込んだ。

 細い首筋が心細かった。いつかはなくなる体温を惜しんだ。

 幼心にも既に分かっていた、別れの時。だからこそ、離さない様にとぎゅっと縋りついた背中。握った柔らかい感触。




「レギナー?どうしたの」

 覗きこんだ大きな瞳に一度大きく瞬いた。

「なにか、心配事?」

 ううん、とレギナは頸を振った。それだけでなく、笑顔まで見せた。

 心配をかけたくない。ただ、夢想しただけなのだ。懐かしい記憶、消えない温もり。求めた未来。……だから、レギナは今を見つめる。

 朝焼け色の髪をした、同い年の子。彼女に手を伸ばした。大好きな親友の名前を呼ぼうと、その手を――



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