表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

カリ カリ カリ

作者: みんみん

「カリ カリ カリ…」

まただ…溜め息をつきながら安藤は時計を見た。時刻は深夜3時を回っていた。


大学進学を機に東京に引っ越してきて3ヶ月、田舎出身の安藤にとって都会の生活はとても刺激的だった。大学で友人もでき、安藤の生活は順調であった。



ある日を境に聞こえ始めたこの「音」以外は


「毎日毎日うるせーんだよ」

安藤はこの音に苛立ちながら呟いた。


音は一週間前に隣から聞こえてくるようになった。最初はこの音に内心ビビっていた。まさか自分が心霊体験に会うとは…しかしその考えは時おり聞こえてくる「みゃーお」という音によって崩れ去った。猫が爪を研いでいる音だと気づいたのだ。気づいた時には一人で「なにビビってんだ俺」と安堵の溜め息と一人乾いた笑いをしたのを覚えている。



隣には佐藤さんという若い夫婦と赤ちゃんが住んでいた。


引っ越しの挨拶をした時にそう隣の奥さんから聞かされた。「赤ちゃんがいるから騒がしくなると思うからごめんなさいね」と、赤ちゃんは「ユリちゃん」という名前らしい。二人ともユリの花が好きだから名付けたそうだ。


佐藤さんは髪が肩まで伸びたストレートで、綺麗な顔立ちをしていた。きっと化粧をすればもっと美人なのだろうが、その顔はどこか疲れており実年齢より少し老けて見えたのが印象的だった。


そのことを考えるとなんとなく苦情を言い出すことができなかった。


要するに安藤はお人好しであり小心者でもあったのだ


ただ猫を飼ってるなんてきいてねぇぞ。まぁ言えるわけねーか、ここペット禁止だし。そう毒づきながら安藤は音が止むのを待った。



次の日

安藤は睡眠不足のまま目を覚ました。眠ぃ…


ダラダラと準備を済ませ家をでる。その途中佐藤さんとでくわした。その時の佐藤さんに以前のような疲れた顔はなく健康的な印象を受けた。それとは反対に安藤の目の下には大きなクマができていた。

佐藤さんとは挨拶を交わしただけで別れたが、どこか府に落ちなかった


(人様に迷惑かけといて涼しい顔しやがって)


安藤の機嫌を悪くさせるのにそれだけで理由は十分だった。


大学につき早速安藤は友人である内藤にグチっていた。


「安藤もアホだなー。俺だったら速攻文句言ってる。つか奥さんが美人だから言えねーんだろ、美人に弱えーからなお前」


「うるせー!」


そんなやり取りをしていると教授に私語をつつしむよう注意された。


しまった、今は講義中であった。



それから二人は大人しく講義を受けることにした。しかし次第に睡魔が安藤を遅い始めた。寝不足もあったが、要は講義が退屈だったのだ。安藤は眠気に身を任せることにした。ノートは後で内藤に借りよう、講義では教授が最近親の子供に対する虐待が増えているという説明を最後に夢の世界に落ちていった。




その夜



「みゃーお みゃーお」



「カリ カリ ガリ ガリ」



まただ。

時刻は深夜2時30分を回っていた



勘弁してくよ


また今日も寝れないのか


安藤は布団にくるまり音が止むのをまった。




次の日安藤は管理会社に苦情の電話をしていた。直接本人に言う勇気はなかったが、これで安眠が約束されるのだと思うと嬉しくなった。








しかしその思いは打ち砕かれることとなった。





「えっ、猫飼ってなかったんですか?」

安藤は管理会社からの電話に驚きを受けていた。


そんなバカな…確かに俺は聞いたハズだ


「えぇ…一応確認のためお伺いしたんですが、猫を飼っているような感じはありませんでした。」


「そうですか…すみませんでした」


そう言って安藤は通話ボタンを切った。


嘘だろ…いやまて冷静に考えろ、きっと猫を隠したに違いない。確かに俺は聞いたんだ!今日も聞こえるようだったら直接本人に言ってやる!



そう心に決め安藤は夜がくるのを待った



「みゃーーお」


「ミャーーオ」


「ミャーーオ」


「ガリガリガリガリガリ」


やっぱり聞こえるじゃねぇか


この猫が発情したときに出す泣き声


爪を研ぐ音


ふざけんな毎晩毎晩

安藤は音をに耳を傾けた


隣のベランダから聞こえる


安藤はすぐさま自分の部屋のベランダにでた。

さっきよりも音が鮮明に聞こえてくる



「あーあーあー」



「ガリガリガリガリ」


猫はちょうどベランダとベランダの間にある仕切りで爪を研いでいるようだった。


「あーあーあー」



「ガリガリガリガリガリ」



このしきり思いっきり蹴飛ばしてやろうか

いや、その前に決定的証拠をつかまなければ


安藤は仕切りの隙間から隣のベランダを覗こう手すりに手をかけ隣を大きく除きこんだ。



しかしそこに猫の姿はなく、ただ家庭菜園のためであろうか一つの大きなタンプラーがあるだけであった。


どういうことだ…


安藤は唖然としベランダに立ち尽くすことしかできなかった

現に今も聞こえてくるじゃないか



あー あー あー あーあーあーあーあー


ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ


やめてくれ…なんなんだよ…なんなんだよ……


安藤はその場にへたりこんだ

腰が抜けてしまって立つことが出来ない

あーあーあーあー


(マジかよ…音近くなってね?)



体中から汗が吹き出るのがわかった。しかしそんなことどうでもいい


逃げなければ「何か」がくる。そう直感した。


だが体が勇気をきかない



あーあーあーあーあーあーあーあーあー

音が大きくなるにつれ「何か」はベランダの仕切りをすり抜け始めた。


初めに見えたのは「手」だった。それも赤ちゃんの


マジかよ…


あー


あー


安藤はその迫りくるものから目を離すことができなかった


あーーーー


徐々に


ゆっくりと


しかし確実に


それは安藤のベランダへ仕切りをすり抜け姿を表した



それは紛れもなく人間の赤ちゃんのだった。いや、人間だったと言った方が正しいかもしれない。


肌の色は黒ずんでおり、生気をまったく感じられなかった。

指先は何かを引っ掻いたように血まみれで


「それ」の頭は普通の赤ちゃんの二倍の大きさはあった。


バランスが取りづらいのか体を左右にしながら ふらっ ふらっ と地面に這いつくばるように安藤に近づいてくる


そしてその顔には


目がなく二つ窪みがあるだけであった


あーあー


安藤「ひぃ」と情けない悲鳴をあげることしかできなかった

くるな… くるな…

あー


あまりの恐怖に安藤は後退りしながら失禁していたかもしれない


かもしれないといのは覚えていないからだ



気づいた時には安藤はベランダから飛び降りていた





目が覚めると安藤は病院のベッドにいた。


なぜここにいるのかが理解できなかった

そういえばあの時ベランダで…


逃げなきゃと思った時は体が勝手に手すりに手をかけていて…



あれは夢だったのだろうか



少なくともあの恐怖から解放されたことに安心してる安藤がいた。



怪我は全治2ヶ月らしい 右足と左手を骨折した


幸い飛び降りたのが3階からだったので命に別状はなかった。


しかしそれより大変だったのは俺が自殺しようとしとのでは、と周りから疑われてしまったことだ。


あんな話誰も信じてくれないだろうし、頭までおかしくなったと思われるのも嫌だったので適当な理由を作ってごまかした。それでも心配されてしまったが。



ただ内藤には冗談っぽくあの夜のことを言ってみた。


「お前はあほか!変な薬でも決めてたんだろ。自主すりゃ罪は軽いぞ」


と案の定、信じてもらえず笑われてしまった。しかしその反応がほしかったのかもしれない。あれは夢だったんだと、自分を納得させることができるから。


そして安藤もつられて笑った


そうだ俺は夢をみていたんだ


「あーでもさ、赤ちゃんの泣き声と猫の発情期の鳴き声が似てるってのはきいたことあるよ。お前にしちゃあ手の込んだ話だな。」



病院から退院した安藤は引っ越しの準備をしていた。


あんな騒ぎを起こしておいて居づらくなったのもあるが、何よりあんなことがあったのだから尚更だ。


新しい部屋もすぐに決まり、安藤は短い間ではあったがと、近くの部屋へ挨拶をしていった。


そして最後に、佐藤さんの部屋を訪れた。

インターホンを押して出てきたのは奥さんだった。

「ケガ大丈夫?寂しくなるわね」


と声をかけてくれた

安藤はありがとうございますとそれに答えた

そして安藤はどうしても訊いておきたいことがあった

「あの…」


「なあに?」


「ユリちゃん元気ですか?最後に顔みてバイバイしたいと思って」


「えっ…」


「あっ、あの勘違いしないで下さい。俺ロリコンとかじゃないんで」



「いや、大丈夫よ。そんな目でみてないから。でもユリは今お昼寝中だからごめんなさいね」


「そうですか、それじゃあ起こしちゃ悪いですもんね、これで失礼します」


「あっ待って。安藤くん猫飼ってた?」


「いや、飼ってないですよ。そもそもここペット禁止じゃないですか。どうしてですか?」


「いや、そうよね。じゃ別のお隣さんかしら。夜中に猫の声が聞こえるのよ、イヤよね」


そう言う佐藤さんの目の下には濃いクマができていた。


「そうですね、あんまり酷かったら言った方がいいですよ。じゃあ僕はこれで。佐藤さんお元気で」


そう言い佐藤さんの部屋を後にした。荷物は既に運びだしたので少し寂しい気もした。



おかしいとは思っていた

引っ越してきた時はかすがだがユリちゃんの泣き声や


佐藤さんがユリちゃんを叱る声や何かが壁に当たる音が聞こえていたのに


最近はまったくしなくなっていたこと


少なくともあの「カリ カリ カリ」


という音が聞こえてくるまでは


親の虐待と育児ノイローゼ…


そんな講義いつか受けたっけな


そう呟きながら安藤はベランダにでた。

確信があるわけではない


むしろあってほしくはない


ただ あの日見たのはユリちゃんだったのではないか


俺に気づいてほしかったのか


それとも一緒にきてほしかったのか


それはわからない



あの時と同じようにベランダの手すりに手をかけ隣を覗きこんだ





そこにはあの夜から何も変わらずプランターが置いてあるだけだった


ある一点を除いては










そこには綺麗なユリの花が咲いていた











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ