↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
比尊の元  作者: 詩雪
第一章 ひとつの想いとひとつの夢
PR
14/30

五、巳玄を統べる者(2)

 実際、その可憐な容姿からは想像もつかぬほど佳水は根気強かった。嫌がる荒人にぴったりと付いて回り、追い払われても足蹴にされても、一向にひるまなかった。


「いいかげんにしろ!うっとうしいやつめ!」

 荒人が怒りをぶちまける。

「これが私の務めでございますので」

「おまえの務めはなんだ?俺の付き人だろう!それなら、言うことに従え!」

「私の雇い主は啓史様であり、荒人様ではございません。私はあくまでも啓史様のお言葉に従うまででございます」

「うるさい、うるさい!俺は付き人なんていらない!」

「お言葉ですが、荒人様は作法において、まだまだ未熟な面が見受けられます。斎海家の名に見合う礼儀作法を身に着けて頂く必要があります」


 幼いころから那祁家に入り浸っていた荒人は巴慧と同様に自由奔放に育った。黎明も啓史も、幼いうちは良いかと好き勝手にさせてくれたのだ。


「俺が行儀悪いって言うのか!」

「その通りでございます」


 無表情で飄々と答える佳水の頬を平手打ちにした。雪のように白い頬が赤く染まった。


「俺の行儀が悪いなら、巴慧の行儀も悪いってことになるぞ!おまえは、那祁家まで侮辱するのか!」


 佳水はひるまなかった。


「那祁家の巴慧様も正しい作法を身に着けるため、今は専門の者がついております。巴慧様に遅れをとってもよろしいのですか?いつの日か再会する日がやってきましょう。そのとき、巴慧様はご立派に成長されているのに、荒人様は無様で野蛮なまま。そんな姿をさらすことになってもよろしいのですか?」


 荒人は豆鉄砲を食ったような顔で口をつぐんだ。しばしの間、にらみ合いが続いた。


「俺は、そんなに作法がなってないか」

「なっておりません」

「この!」


 思わず振り下ろした右手を、赤く腫れあがった左頬の寸前で止めた。佳水は瞬きもせず、一歩も動かなかった。真っすぐに荒人の目を見据えている。


「はぁ」

 手を引っ込めて、荒人は大きなため息をついた。

「わかったよ。そこまで言うなら、俺を立派な男にしろ。おまえがだ!俺を誰の目から見ても、文句のつけようのない男にしろ!」

「畏まりました。精いっぱい、務めさせていただきます」


 そう言うと、佳水はかすかにほほ笑んだ。それは、荒人が初めて見る顔だった。


「なんだ、おまえ笑えたのか。お面みたいな顔しかできないのかと思っていたぞ」

「笑えない者など、この世にいるのですか?」


 いちいち癪に障る言い方をするやつだ。


「おまえ、俺のことを馬鹿にしてるだろ」

「馬鹿になどしておりません」

「では、尊敬しているか?」

「特に尊敬もしておりません」

「正直なやつだな」

「人は敬われる逸材となって初めて、人から敬われるものです。今の荒人様に、敬われる要素がありますか?」

「ない!その通りだ。一切ない!今はまだ、な。でも、これから敬われる男になってやる。おまえに認めさせてやる。いつの日か、おまえに尊敬される男になってやるからな」

「そうなれば、本望でございます」


 荒人は口を大きく開けて笑った。


「はっはっは!なかなか面白いやつだな!良い、これからずっとそばにいろ。どこへまでも一緒に来い!」

「はい、地の果てまでも」


 ふたりは見つめ合うと、照れくさそうに笑った。


 佳水は厳しかった。想像していたよりも厳しかった。しかし、荒人は学問、武術、そして作法、すべてにおいて誰からも認められる男となるべく懸命に励んだ。巴慧と会う日に恥ずかしい姿を見せたくはない。誰よりも巴慧のために、彼女に認めてもらえるために、そう思えば苦しい鍛錬の日々も乗り越えられた。そして、齢十五のときに官人登用試験に合格した。十代での合格者としては、佳水に次いで二番目の快挙となった。この偉業を誰もが口を揃えて誉め称えた。しかし、何よりも、「まぁ、とりあえず、学問においては人前に出しても恥ずかしくない男になりましたね」と涼しげに言う佳水の言葉が嬉しかった。


「とりあえず学問においては、ですが」

「なんだその、とりあえず、というのは」


 素直じゃないやつだ。こんなときぐらい、よくやりましたねと涙を流して言えないものか。


「まぁいい。人生において、ここで終了という上限はない。邁進するのみだ」

「それでこそ荒人様にございます。これしきで満足してもらっては困ります」

 嬉しそうに佳水は頷いた。



 宿を出て、佳水が行きそうな店を探しながら歩く荒人の足取りは軽かった。

「そうですか、それはよかったですね。おめでとうございます」

 その言葉を早く聞きたい。懐かしい比永の街に着いた途端、早く佳水と巴慧を会わせたくてたまらなくなった。これが私の妻になる人だと、これが私の最も信頼する友だと……。


 荒人の浮きたつ心を映し出したかのように、比永の街も春の活気に包まれていた。何度も何度も巴慧と通ったこの街には、荒人にとって宝物のように大切な思い出が詰まっている。足を止めて目を閉じると、あの頃の風景や街並み、人が行き交う様が色鮮やかに蘇ってきた。ゆっくりと瞼を開けると、そこには変わらぬ街並み、そして変わらぬ人々がいる。変わらないということに心からほっとした。変わらないということは、平和であるということ。大切なものは変わらない。自分も、巴慧も、この街も。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。