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時雨の焼印  作者: 太幽
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第二部プロローグ:安堵の揺らぎ



室町時代末期、桃太郎が飢饉を「鬼」と呼び、絶望に支配されていた人々を救い、対話と共生で築き上げた「安堵の地」は、束の間の平和を享受していた。


深い山々の緑が、風に揺れてざわめく。

その音は、かつての略奪者の怒号でも、飢えた獣の唸りでもなく、生命の囁きだった。かつて血に染まったこの地が、今は新たな命を育んでいる——その事実こそが、桃太郎たちの戦いの証だった。


木々の葉擦れが、まるで里の平和を祝福するかのように、優しく響いている。


吉備の山奥深く、故郷を追われた人々が、かつて「鬼」と呼ばれた者たちと、同じ鍬を手に畑を耕す。彼らの間には、もはや敵も味方もない。ただ、共に生きる者たちだけがいる。


額に光る汗は、ただの労働の証ではない。それは、新しい明日を信じ、共に生きることを選んだ者たちの心の輝きだった。陽の光を受けてキラキラと光る汗は、彼らの誇りそのものだった。


土の匂いが立ち込め、子供たちの笑い声が、里の至る所で木霊していた。

その声は、桃太郎が夢見た「安堵」そのものだった。無邪気な笑い声は、戦乱の世にあって、この地だけが特別な場所であることを告げていた。


---


永禄十一年(1569年)、桃太郎、十六歳。


若き統治者の周りには、知将・衛門、山の識者・弥助、そして闇に潜む時雨が控えていた。彼らはまるで、桃太郎という大樹を支える四本の柱のように、それぞれの場所で里を支えていた。


衛門は、かつての経験を活かし、里の防衛策を練る。その目は、常に遠くを見据えていた。

弥助は、山々を駆け巡り、里の安全を確認する。彼の耳は、獣たちの声さえも聞き分けた。

時雨は、里の影となり、外部からの脅威を未然に防ぐ。彼女の存在を知る者は、里の中でも限られていた。


彼らは里の平和を守りながらも、京の都から届く不穏なざわめきに耳をそばだてていた。


都から運ばれてくる情報には、血の匂いが混じっているように感じられた。

それは、遠くで起こる戦の叫びが、風に乗ってこの地まで届くかのようだった。彼らの耳には、まだ見ぬ戦の音が、かすかに聞こえ始めていた。


---


時は流れ、元亀・天正の時代へ。


織田信長が尾張を統一し、その勢いを増す頃、桃太郎は衛門から届けられた書状に深く眉をひそめた。

紙を広げると、墨で記された文字の硬さが、迫りくる時代の重圧を物語っていた。


「信長……か」


桃太郎の呟きは、風に消えた。


彼は、遠くを見つめる。その目には、まだ見ぬ戦乱の世と、守るべき里の未来が映っていた。


衛門が、静かに口を開いた。


「桃太郎殿、いよいよ時代が動き始めましたな」


桃太郎は、ゆっくりと頷いた。


「ああ。だが、何があっても、この里だけは守り抜く」


彼の声には、固い決意が込められていた。


---


時雨は、何も言わずに、ただ桃太郎の背中を見つめていた。その瞳には、彼への深い信頼と、そして、いつか訪れるかもしれない別れへの覚悟が、ほのかに揺れていた。


彼女の手は、無意識に腰の短刀に触れていた。それは、かつて復讐のために握っていたものと同じ刀。しかし今は、守るためにある。血に染まることを恐れず、それでもなお、彼女はこの刀を手放さなかった。


「時雨」


桃太郎が、彼女の名を呼んだ。


時雨は、ゆっくりと顔を上げ、彼の目を見つめた。


「お前がいてくれるから、俺は強い。それだけは、忘れるな」


時雨は、静かに微笑んだ。その笑顔には、かつての冷たさは微塵もなかった。


「ええ。私も、あなたがいるから、ここにいられる」


風が吹き抜ける。その風は、平和の里にも、やがて戦の足音が近づいていることを、静かに告げているかのようだった。


しかし、その風は同時に、彼らの結束をより強くする風でもあった。


---


『次回予告』


天正元年(1573年)、時代は大きく動き出す。


羽柴秀吉、吉備の地へ——その知らせに、桃太郎たちは静かに動き始める。


表向きは農民、しかしその実態は——。


次章、第二部・第一章「黒き影の支援」へ続く。


---


【第二部プロローグ・完結】

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