再試験に向けた練習 (2)
オイラーの頼みもあって、再試験に向けて練習することが決まった。
といってもお互いそれぞれやるべきこともあるわけで。一日中ずっと練習に費やすわけにもいかない。なので、夜の自由時間や少ないが休日などを利用して戦闘訓練を行う。
アンダーに対峙した時にオイラーが躊躇ってしまわないようにする、というのが、何よりもの目標である。
技術とか、強さとか、そういったものは二の次だ。そういったものを上達させたところで動きが止まってしまうようでは何の意味もないから。
……とはいえ、すぐに上手くはいかず。
「まーた止まってんぞ」
「す、すまない」
相変わらず、技をかけようとしても途中で動きが止まってしまうオイラーである。
「そのまま投げちまえよ」
「勇気が足りない」
「つかんな体勢で止めてるってほーが変だろ」
「そ、そうだな……」
「いーからさっさと投げちまえって」
「すまない、一旦離す」
そんなオイラーの面倒をみなくてはならないアンダーは苛立ちを募らせるばかりだ。
「またかよ!」
「……申し訳ない」
元よりアンダーは教育に向いている気質ではない。
己を鍛えてきたことさえ生きるためにそれが必要だったからでありそれ以上のことは何もないような男だ。
そんな彼にとって、うじうじするばかりでまったく成長のない者の練習に付き合うというのは完全にただもやもやするだけの時間であり、こうして相手しているだけでもアンダーとしてはかなり頑張っている方のである。
「あーのーなぁ! いつまで、んなこと繰り返すんだ? いーかげんくだらねぇ迷いなんざ捨てろ!」
アンダーは圧をかけるような声で言い放つ。
しかし当のオイラーはというと明確に何か言葉を返すことはできないままだ。
――刹那、放たれる鋭い蹴り。
「ッ!?」
それはアンダーが放った蹴りだった。
彼の片足がオイラーの胸の中央辺りを狙ったのだ。
ただ、オイラーは咄嗟に防御の姿勢を取ったため、実際にその蹴りが命中することはなかった。
「何もなんねーだろ?」
想定外の出来事に戸惑いつつも恐る恐る頷くオイラー。
「そーいうこと」
「え、ええと……それは……」
「人間ってのはなぁ、案外壊れねーんだよ」
いやそれは君が手加減してくれているからだろう、なんて言いそうになって、内心慌てて呑み込むオイラー。
「そういうものか」
「そーだよ」
暫し沈黙があって。
「だいじょーぶだから、やってみ?」
アンダーは小さく呟くように発して、にやりと口角を持ち上げる。
そうだ、これを乗り越えなくては、こうやって時間をかけて努力してきた意味がない――オイラーは二秒ほど静かに息を吸う――そして、大きく振りかぶって目の前の男へ拳を叩きつけた。
さすがの対応力を発揮するアンダー、拳を手で弾いて打撃を受け流す。
唇を強く閉じたオイラーはそこでは止まらず引き続き手を動かしアンダーの白い襟を掴む。そして一気に引き寄せて。そこから流れるように投げ技へと持ち込んだ。教科書通り、そんな言葉が似合うような投げ。今までのオイラーであればきっと直前で躊躇って止まってしまっていただろう。だが今は違う。覚悟を決めたオイラーはもう止まりはしない。
投げられる瞬間アンダーが片側の口角を持ち上げたことにオイラーが気づいていたかはどうかは定かでないが。
ぱぁん、と音がして、回転したアンダーの身が床に落ちる。
「やんじゃん」
ひと通り動作を終えて呆然としたような顔で固まっていたオイラーに、床に倒れたままのアンダーが声をかけた。
「っ、あ……で、できた!」
声をかけられた正気を取り戻すオイラー。
「できていたか!? 今ので!?」
「そーだ」
高貴な人はどこかあどけなさを残した面に嬉しさを溢れさせる。
「よ、よし!」
さらにガッツポーズまでしていた。
その様を眺めていたアンダーが内心、王族らしくねーなぁ、なんて思っていたことを知る者は本人以外にはいない。
「今の感じでさ、もうちょいやってみりゃいーんじゃね?」
「はい! 師匠!」
「んなアホな呼び方すな」
一つ乗り越えたオイラーはすっかりご機嫌。
何なら冗談を発する余裕も生まれてきているほどである。
とても高い壁だった。
けれどもそれを一歩でも越えられたなら。
きっと、光は射し込む――。
そうして訪れた再試験の日。
先日の試験で不合格になった数名の受験者だけが会場に集められた。
一度失敗した者たちだ。ゆえにその多くが明るいとはお世辞にも言えないような顔つきでいる。不安、自信のなさ、そういったものが見ている方にも感じられるような面持ちでいる者が多い。
だがオイラーは違った。
今の彼の面には力強さが宿っている。
瞳に滲む色も弱々しさは少しもなく真っ直ぐだ。
「では、再試験を順に開始する!」
もはや彼に迷いはない。
努力は十分に重ねてきた。
後はそれを発揮するだけ。
――大丈夫。
今はそう言える自信がある。
「ありがとうアンダー、たくさん練習に付き合ってくれて。おかげで今日こうして無事合格することができた」
「式典の挨拶みたくなってんぞー」
「あっ、す、すまない。変なことを。もう少しラフな印象を与える言葉選びの方が良かったかもしれない」
オイラーは面白いくらいあっさりと合格した。
それに、試験官からの評価も非常に高いものだった。
「あいつらマジびびってたな」
「最高評価だった……」
「はは、おもしれぇ。それでこそだよアンタは」
さらりとかけられた褒め言葉を一瞬聞き流してしまいそうになって、しかし後から慌てて拾うオイラー。だが、だからといってそこに触れるとまたおかしな展開になってしまいそうな気もして、結局その点についての言葉は何も返さないでおいた。
アンダーからの優しさはそっと受け取っておくだけで良いのだとオイラーは知っている。
「だがここが終着点ではない、より高みを目指し努力を――」
「あいっかわらず真面目だなぁ」
互いに顔を見合わせて、軽くハイタッチ。
そこに言葉は要らなかった。




