再試験に向けた練習 (1)
戦闘試験。
新人兵士たちが集められ、あらかじめ決められている相手――主に先輩兵士であるのだが――を仮想敵として決められた技などをかけることが求められる。
だが、それはつまり、実際に敵ではなく敵意を抱いてもいない人間を痛めつけるという行為だ。
……ゆえにオイラーは悩んでいた。
そんなこと、どうやったら躊躇いなくできるのか、と。
しかもよりによって指定された相手がアンダー。
親しくなっていることを考慮しての配慮なのか、あるいは逆に敢えてやりづらい人間をチョイスしたのか、その辺りは定かでないけれど。
ただ、友を傷つけるという行為はオイラーが最も苦手とするところであり、それゆえ試験の日もろくに身体が動かないままであった。
アンダーは相変わらずカラッとした人柄なので試験開始前「遠慮とか要らねぇから」「こまけーこと考えんなよ」などといった言葉をかけてくれた。唯一の友を前にオイラーが躊躇ってしまうであろうことは読んでいたのだろう。だからこそそういった声掛けになったに違いない。
だがオイラーはやはりどうしてもアンダーを傷つけることはできなかった。
殴る、蹴る、投げる――何をするにしても、余計な理性が直前で動きを止めてしまう。
これまでにもアンダーに模擬戦闘の相手になってもらったことはあった。
だがそれは剣を使っての戦い。
なので基本的には直接相手に触れるようなことはなかったし、自らの肉体で相手の肉体を直に痛めつけるような要素のあるものではなかった。
――そうしてオイラーは見事に不合格となってしまったのであった。
「お、落ちた……」
解散後、オイラーは石段に腰を下ろして頭を抱える。
アンダーは傍にいる。
もっとも、彼が座っているのはオイラーが座っている段より十数段ほど上の段ではあるので、地面からの距離にはかなり差があるのだが。
「あそこまで動けねーとはなぁ」
「何もできなかった……」
運動神経自体は悪くない。オイラーは王子だが、へなちょこなわけではないし身体を動かすことはそれなりに得意だ。
ただ思いきりが良くなかった。
そこが足を引っ張ることとなってしまった。
「不合格はショックだ……さすがにあの状態では当然不合格になるだろうし、文句は言えないのだが……」
少数いた女性試験官からくすくす笑われてしまったこともオイラーの胸に傷を残している。
「最初にさぁ、遠慮すんなて言ったろ」
「ああ」
「言ったよな!?」
「は、はい、言っていました」
「のにアレだろ? どーなってんだ、一体。なーんもできてねぇじゃねーか」
「申し訳ない……」
アンダーは、はー、と長めの溜め息をついた。
「何でできねーんだ」
「怖い」
「はぁ?」
怪訝な顔をするアンダーに。
「怖いんだ……君を傷つけるのが」
オイラーは正直なところを隠すことなく口にする。
「殴ったり、蹴ったり、そういうことを友に対して行うというのが、どうしても受け入れられない」
だが聞けば聞くほどにアンダーは怪訝な色を深めていっている。
「敵になら分かる。だがなぜ君に。どうして憎しみもないのに、君を傷つけ、君に辛い思いをさせなくてはならないのか……色々考えてしまう」
「けどよ、いっつも剣の模擬戦闘なら張りきってんじゃねーか」
「あれは半分遊びみたいなものだ、本当に相手を斬るわけじゃない」
「殴る蹴るつったってそれとおんなじよーなもんだろが。べつに殺る気でやるわけじゃねーだろ?」
言われても納得しきれないオイラーは「だが……」と曖昧な言葉を発してしまい、苛立ったアンダーに「あーもういい! めんどくせぇ!」と返されてしまう。
「うじうじしててぇならずっとしてろや!」
アンダーはそう吐き捨てると去っていってしまった。
その場に残されたオイラーは風を浴びながら溜め息をつく。
どうにか乗り越えたいのにそのための方法が思いつかなくて悩みが深まるばかりだ。
「今日の殿下めちゃおもろかったよな! ただの試験でびびって青ざめてやんの!」
「傑作だな」
「それなそれな~! 雑魚過ぎだろ、なんだあれ。やっぱり護られてきたらあんな風になるんだろな~!」
通りすがりの男性兵士数名がオイラーについてあれこれ話していた。
その棘のある言葉は人の胸を抉るに十分なものだ。
実際、たまたま耳にしてしまったオイラーも密かに傷ついている。
青ざめていたことも未熟であることも事実ではあるのだが、事実な部分があるからこそなおさら痛みを感じるのかもしれない。図星なことを言われるとよりショックであったりするようなもので。
ただ、ショックを受けるのと同時に、このままではいけない、という思いも強まって。
基地内に静けさが訪れたちょうどその頃。
「すまない、急に」
「んな夜中に呼び出されたらびっくりすんだろが」
オイラーはアンダーを呼び出していた。
「再試験まで一週間あるのだが」
「で?」
「もし可能であれば、練習に付き合ってほしい」
厚かましいことを言っていると分かりながらも勇気を出して頼むオイラー。
想像していなかった頼みだったらしく、アンダーは一瞬目を見開いていた。
「今のままでは再試験も不合格になると思うので、それまでに練習しておきたいと思ったんだ」
オイラーが真っ直ぐな眼差しを向けて頼めば。
「ふぅん、どうすっかなぁ……」
アンダーは一旦わざと視線を逸らすようにして敢えてすぐには答えない。
「た、頼む! どうか! こんなこと、君にしか頼めないんだ!」
「いちいちオレを巻き込むなよな」
「すまない……。やはり……駄目、だろうか」
分かりやすく落ち込むオイラー。
「無理を言うつもりはないんだ。強制はしたくない。なので、もう大丈夫だ。私は私で何とか頑張ってみようと思う」
悲しげな目をしつつ述べる高貴な人に対して。
「んー、分かった、いーよ」
アンダーはやがて前向きな返事をする。
思わず「えっ」とこぼしてしまうオイラー。
その高貴な、見た目という意味では凛々しさに満ちた面に、ぱあっと広がるのは希望という光の色。
「付き合ってくれるのか!?」
「おう。けど、やるからには本気でやれよ」
生まれた希望は高貴な面を明るく染め上げる。
「も、もちろん! 常に一生懸命、できる限り努力する!」
オイラーはやる気に満ちていた。




