二人の対決?
訓練場にて風を浴びるオイラーとアンダー。
二人はそれぞれひとふりの剣を手にしている。
身長にかなりの差がある両者が向かい合う様は何かしらの英雄伝説のワンシーンのようでもあった。
吹き抜ける風すらも今は額縁のように二人の姿を彩る。
「殿下が戦うのか?」
「訓練だってよ」
「よりによってあいつとかよ……。仲良しだとかたまに聞くけど……本当に大丈夫なのかよ……」
周囲にはひとだかりができている。
好奇心から王子が戦う姿を目にしたがる野次馬の群れである。
「さっきも言ったけど、オレ、剣得意じゃねーからな。あんま期待すんなよ」
アンダーは乾いた声でそう発して剣を構えた。
「付き合ってもらってすまない」
「や、べつにそれはいいけどよ」
オイラーも剣を構える。
すらりとした長身には艶のある銀色がよく似合う。
「では開始しよう」
次の瞬間、大きく一歩前へ。
長い剣。
銀の一筋が空間を裂く。
対するアンダーはセットした黒い前髪をなびかせ軽やかに回避する。
だが着地とほぼ同時に次なる斬撃が迫る。
今度は回避する間はない。
それでもアンダーは心を乱すことはなく、冷淡な表情で手にした剣で迫りくる剣を押し止めた。
「やはり、強いじゃないか」
オイラーは瞳を輝かせる。
だがその僅かな表情の変化に気づいた者は至近距離で見ていたアンダー以外には存在しないだろう。周囲の者たちが気づくほどの大きな変化ではない。
「……そりゃ褒め過ぎだろ」
一旦距離が離れる。
そして再び剣を振るオイラー。
アンダーは対応するべく剣の柄を握る手を返したのだが――刹那、観衆の中から飛んできた石が彼の手もとに当たり、剣が滑り落ちた。
直後、オイラーの剣がアンダーに迫る。
アンダーは剣を拾うことを選ばず後ろに跳び回避しようとする。が、ぎりぎり間に合わず。オイラーの剣の先がアンダーの左頬を薄く斬った。
「なっ……」
動揺したのは斬られた側のアンダーではなく斬った側のオイラー。
彼は剣を振り抜いた体勢のまま一瞬動きをとめてしまう。
その隙を見逃さないアンダー。
片足で軽く地を蹴り跳ぶと対峙する彼の剣を踏み台にさらに跳び上がり、足を交差させるようにしてオイラーの首もとに取り付く。そしてオイラーを自身もろとも後ろ向きに倒す。何が起きたのかすぐには把握できないオイラーは愕然とした面持ちで真後ろへ倒れ込むこととなった。
「な……なんという……」
勢いよく倒れ込んだオイラーが独り言のようにこぼすと。
「ま、こんなもんだな」
アンダーは首に絡ませていた足を外してどこか楽しげににやりと笑みを浮かべた。
「あいつ……マジでやりやがった……」
「殿下にあのような乱暴な行為を……」
「後ろ向けに倒すのはやべぇっすよ。相手は王子っすよ? ねぇ?」
「それな」
「同感だす」
二人の対決を周囲で見守っていた人々はざわつく。
だがそれもある意味当然の反応だろう。
王子という本来他の誰よりも護られているべき立ち位置にある人物が容赦なく倒されたのだから。
相手が王子となれば普通は手加減してしまうものだ。本人がそれを求めていないとしても、どうしても、遠慮というものが生まれてしまう。それが常だ。
けれどアンダーは手加減など少しもしなかった。
好きなように動き、好きなように選択して、目の前の貴い人をあっさり倒して勝利を収めた。
「アンダー!」
やがて急に何かを思い出したかのように起き上がったオイラーは、名を呼んだその男の両肩を左右それぞれの手で掴んだ。
「先ほどはすまなかった!」
オイラーのいきなりの行動に戸惑ったのは周りの者たちだけではない。当事者であるアンダーもまた、唐突な展開に目を見開いていた。
「頬! 斬れてしまっただろう! 大丈夫か!?」
「……お、おう」
「すまなかった、君の顔を傷つけてしまって……本当に、申し訳ない」
謝罪するオイラーの表情は、まるで宝箱に隠された乙女を傷つけてしまったかのような真剣なもので。
その真っ直ぐ過ぎる振る舞いに、呆れるほどの誠実さに、アンダーは思わず吹き出してしまう。
「何真剣に謝ってんだよ、アホか」
アンダーは左頬の薄い傷を片手の甲で拭ってそれでもまだ笑う。
「そんな誠実さ、男相手に発揮してどーすんだよ」
「いや、だがしかし、傷つけてしまったことは事実で……」
しゅんとするオイラーを。
「そーいうのは女にやれ!」
乱暴に突き飛ばすアンダー。
「いいか? んなことオレにしたって何の意味もねーからな。分かったな!」
アンダーは立ち上がり、まだ座ったままのオイラーに一本伸ばした人差し指を向けたのだった。
「それは、大丈夫ということか?」
オイラーの面に僅かに日が射し込む。
「ちょっとちげぇ気もすっけど……ま、ざっくり言うとそんなもんだな」
「なら安心した。だが一応手当てはきちんと受けておいてくれ。傷が残ったら大変だ」
「そういうとこだって言ってんだろ……」
どこまでも心配性なオイラーに、アンダーはただただ呆れていた。
ちなみに、対決の途中でアンダーに石を投げつけた者はというと、王子の権限により特定され後日罰を受けることとなった。
というのも、オイラーはその者に対して怒りの感情を抱いていたのだ。
まず正々堂々とやろうとしていた勝負の邪魔をされたことが不快だった。
加えて。
アンダーはオイラーにとって数少ない友。
だからこそ彼はその友を傷つける行動をした者を許せなかったのである。




