悪口を聞いてしまい傷ついていたけれど
息を吸うたび爽やかな空気が胸を満たす朝。
また新しい一日が始まろうとしている。
「戦闘訓練を開始する!」
怪我を防止するための準備運動を終えると、いよいよ訓練に入る。
指導役の男性が「ペアを作るように!」と指示を出した。
指示に従い動き出す兵たち。
次々にくっついていく。
この訓練に参加している兵たちは新人がほとんどなのでまだまだ慣れないことも多いはず――だが二人一組になるくらいはさすがにスムーズにできる――なんせそれは特殊技能を必要とする行為ではないからだ。
しかしオイラーは早速余ってしまった。
皆スムーズに相手を見つけた。
しかしオイラーにとってはそれは難しいことだった。
あっという間に取り残されてしまう。
気づいた時にはオイラーはひとりぼっちになっていた。辺りを見渡しても一人ぽつんと取り残されている者は他にはいない。自分だけがそのようなことになっているのだと気づいて焦るオイラーだが、既に組んでいる者たちのところに割って入ることもできず、手の打ちようのない状態になってしまった。
「殿下、お相手は?」
台に乗って皆の前で指示を出していた男性がオイラーの状況に気づいて声をかけた。
「あ……す、すみません、遅れてしまい」
オイラーは棒立ちのままその場で頭を下げる。
「早く誰かと組んでください」
「し、しかし。皆さんペアは既に出来上がっています。それを邪魔することは」
おろおろしているオイラーを見て少しばかり苛立ったようで、男性は「何でもいいので取り敢えずどこかに入ってください!」と改めて指示を出した。
その後オイラーは一番近いところにいたペアに入れてもらうことになった。
入れてもらえたことは幸運なことだった。
そう思うオイラーではあったけれど。
ただ、加入する際に元々の二人から少々鬱陶しそうな表情をされたことが嫌に脳内に残ってしまっていて、ゆえに純粋に喜ぶことはできなかった。
アンダーがいてくれたらな、なんてふと思って。彼に甘えてばかりでは駄目だ、と、考えを正す。それでも脳内に生まれた思いが消えることはなくて。アンダーさえいてくれればすべてが上手くいくのに、なんて、また、そんなことを考えてしまう。
戦闘訓練は三人で行い、無事終了した。
剣を使っての訓練は好きだ。
なぜなら得意だから。
王の子として生まれたオイラーは、一般人とは異なる環境で育ってきた。ゆえに一般人が当たり前に経験していることを経験していないというようなことは多々ある。当然逆もあるわけだが、それは置いておくとして。なので、普通誰でもできるようなことなのに苦手、といったこともあるのだ。
ただ、なんにせよ無事終えることができて良かったとは思い、安堵するオイラーだったのだが――。
「めんどくさかったな、殿下」
「それなぁ。だるかったよな」
――後に別の場所でその者たちが自分の悪口を言っているところを目撃してしまう。
休憩室にて。
あの時組になってもらった男性二人が喋っていたのだが。
「気遣うんだよな、王族が入ってくるとさ」
「訓練とかさんかしてくるなよってぇ。ほーんと、加入するにしても形だけの加入でいいって。一般人の中に入ってくんなよなー」
二人はオイラーの話で盛り上がっている。
「ほんとそれだよな!」
「どーせ欲しいの加入したっていう証だけだろーから、もう、何もさせず証だけあげりゃいーのにな」
オイラーは彼らに見えない位置からつい盗み聞きしてしまう。
「迷惑すぎるって」
「そうそうー。ああいうの、もうほんとめんどくさいー」
耳にすると辛い話であることは分かりきっているのだから最初から聞こうとしなければ良いというのに、つい聞き入ってしまうオイラー。
「王族は王族で固まってりゃいーのになー」
言葉の棘が胸に突き刺さる。
所詮羨ましさゆえの悪意ある言葉でしかない、そう思えれば楽なのに。
複雑な感情のもやにまとわりつかれたオイラーが不自然な位置のままじっとしてしまっていると。
「よ」
背後から声が飛んできた。
「何ぼさっとしてんだ?」
止まってしまっていたオイラーがハッとして振り返ると、そこには見慣れた顔が。
「アンダー……!」
会いたい人に会えたことが嬉しくて思わず面から感情が溢れる。
「んなとこで何やってんだ」
「あ……いや、ち、違う」
「はぁ?」
「ちが――って、そうでなく! そうでなく!」
ただ、直前まで棘のある言葉を聞いてしまったせいで頭も体も硬直していたために、オイラーはすぐには気の利いた言葉を発せない。
それどころか逆で。
おかしなことを言ってしまう。
対するアンダーは両手をそれぞれ腰の位置に置きながら呆れて溜め息をつくように「わけ分かんねぇ」とこぼすのだった。
「なーんかあったか?」
「え……や、いや、その……」
明かして良いものかどうか判断できずおろおろしてしまっているオイラーを見て何か察した様子のアンダーは「傷ついたみてぇな顔してんぞ」と控えめな調子で言い放つ。
それからしばらく沈黙が訪れた。
オイラーは言いたいことを言う勇気が出せず黙ってしまう。
アンダーは目の前の男が何か言おうと頑張っていることを何となくだが察してその口が開かれるのを待っている。
長い、長い、時が流れて――。
「実は少し……少し、ショックなことがあったんだ」
オイラーはようやく口を開く。
「ショックなこと?」
「ああそうなんだ。だが大きなことではない。なので、君に話すと多分……くだらないことだと、小さなことを気にして馬鹿だと、笑われてしまうだろう」
話すと決意して。それでもまだ微かに残っている迷い。
「笑わねぇよ」
それはアンダーの一言によって掻き消された。
「言えば?」
乾いた調子で放たれる言葉たち。
ぶっきらぼうで乱雑といったイメージではあるが、そこにはアンダーという人間の優しさが多く溶け込んでいる。
「聞いてくれるか?」
「何回おんなじこと言わせるつもりだアンタ」
「くだらないことだが……」
「言いたきゃ言え、さっさとな」
そこまで言われて、オイラーはようやく。
「では聞いてほしい」
何があったのか。
何に傷ついたのか。
それについて明かすことができた。
「――と、いうことなのだが」
オイラーが先ほどの出来事についての話を終えると、アンダーはけろりとしながら「言っとけやボケ、とでも思ってりゃいーじゃねぇか」と返した。
「んなくっだらねぇ文句、無視しときゃいーんだよ」
「だ、だが……迷惑をかけていることは事実でもあって……」
「んなもんアンタのせぇじゃねーだろが」
こんな時でさえアンダーが発する言葉はぶっきらぼうだ。
「え。それは……ど、どういうことだ?」
「文句ゆーなら軍に言えや、ってこったろ?」
けれどもその力強さに救われる。
「だからさ、何か言われたっていちいちアンタが気にすることはねーんだ」
彼の言葉は偉大だ。
転びかけの身体を持ち上げるように。
折れかけた心を元に戻そうとするかのように。
寄り添って、支えてくれる。
「……そうだな。段々元気が出てきた、聞いてくれてありがとう」
オイラーはアンダーに深く感謝した。




