食堂にて
午前の訓練が終わり食堂へ向かったオイラーはほぼ無意識のうちにアンダーの姿を探していた。
この時間の食堂は人が多い。明らかに敷地不足、というほどに。一人で来ても空席を探すことが難しいという日もあるくらいだ。加えて、そこにいるほぼすべての人が、共に行動している仲間や同僚、先輩後輩などと話をしている。なので常に空気がざわついている。
そんな中で一人の小男を探すというのはそこそこ難しいことだ。
しかしオイラーの目は自然と対象物に引きつけられる。
すぐに見つかった。
誰と会話するでもなく椅子に腰かけパックジュースを加えているその男を見つけるまでにそう時間はかからなかった。
「アンダー、ここにいたのだな」
オイラーはアンダーを見つけるや否やそちらへ歩いていって声をかけた。
「お」
寄ってくる高貴な男に気づきハッとしたように目を開くアンダー。
「訓練終わった?」
「ああ、先ほど」
「んでここに?」
「もしかしたら君に会えるかもと……少し期待していたんだ」
オイラーが素直に答えると、アンダーは呆れたような目をして「ふーん」と唇を動かさないまま呟いた。
「前に座っても構わないだろうか?」
「好きにすりゃいーだろそんなん」
返ってきた言葉に安堵したように頬を僅かに脱力させるオイラー。
「ありがとう。では失礼する」
軽く一礼し、アンダーの向かいの席にそっと腰を下ろした。
「つーかさ、アンタ、食うもんあんの?」
「え?」
「手ぶらじゃねーか」
「あ、ああ……確かに、そうだ」
アンダーは手にしていたパックジュースを最後まで飲みきると半分ほどの大きさに潰れたそれをテーブルに置く。
「アホだな」
彼ははっきりと言った。
単なる軍人の身分のアンダーが王子たるオイラーに『アホ』などという言葉を投げつけるというのは本来絶対に許されないことである。なんせ身分が違い過ぎるのだから。身分が圧倒的に上である人に対してその人を悪く言うような言葉をかけるというのは許されざる行為である。
ただ、オイラーはこれまでの交流の中でアンダーが発する『アホ』は侮辱の言葉ではないということを知っているので、そういった言葉をかけられても怒りはしない。
「何か貰ってこよう」
「そーしな」
オイラーは食べ物を手に入れるべく歩き出した。
「ただいま」
「いーのあったか?」
帰ってきたオイラーはお盆を持っていた。
黒く塗られたお盆の上には複数の皿が乗っている。
「カツセット!」
テーブルにお盆を置き、改めて着席する。
「温かく、とても美味しそうだ」
美味しそうな匂いを漂わせる料理を見下ろすオイラーの瞳は煌めいている。
その煌めきは彼の純真さを描き出しているかのよう。
小さなことにでも感動できる心の真っ直ぐさ綺麗さが滲み出ている。
「変なやつだなぁ」
思わずこぼしてしまうアンダー。
「……すまない、何と?」
オイラーがきょとんとして問えば。
「なーんか王族らしくねーよな、って」
アンダーはさらりと答えを放つ。
「王子ともあろう人間がよ、カツセットで喜んでるとか、マジウケるわ」
「失礼だっただろうか……」
「や、そーじゃねぇ」
「なら良かった」
「けどよ。アンタならもっといーもん色々食ってきてんだろ。カツセットなんざ、んな喜ぶよーなもんじゃねーだろ」
言われて、オイラーは首を傾げる。
「美味しそうなものを見て嬉しさが込み上げるというのは誰でも同じだろう?」
あまりにも自覚がないように、きょとんとした表情でそんなことを言うものだから、目の前の男に呆れられてしまうオイラーであった。
あっという間に空になるオイラーの前の皿たち。
高貴な生まれではあるが食べるスピードはそれほど遅くはなかった。
「とても美味しかった」
オイラーは食べ終わるや否や素直な感想をこぼした。
「食うのはえーな」
「非常に美味しかったのでつい……早食い気味になってしまった」
少し間があって。
「そういえば、アンダー、君はどんな食べ物が好きなんだ?」
「は?」
「君が食事らしい食事を取っているところを見たことがないのでふと気になったんだ」
純粋な瞳でじっと見つめられたアンダーは視線を逸らしながら口の中だけで「あー、そーゆーことか」と呟く。
「食えるもんなら何でも食える」
「特に好きなものは?」
「んー……難しいなぁ、そーゆー質問は。けど、ま、強いてゆーなら肉だな」
「肉か!」
「そだな。けど何でも食うよ」
答えを貰えたオイラーはにっこり。
「君の運動量は凄そうだからな、確かに肉は相性が良さそうだ」
高貴な面に満足そうな色を滲ませている。
「ああそうだ、それと、もう一つ聞かせてほしいのだが」
「いーよ」
「君はもうずっと軍所属なのだろう? だが年齢的には私とそう変わらないようだ。とすると、若くしてここへ来たということなのだろうが、どういった経緯で?」
一つ答えが貰えたことが嬉しくて少々浮かれてしまったオイラーは勢いのままにさらなる問いを放った。
だが即座に「うぜぇ」と小さく返されてしまい、しゅんとする。落ち込んだオイラーは「すまない……」と彼ならではの真っ直ぐさで謝罪。調子に乗っていくつも質問してしまったことを悔いた――が、十秒ほどの間の後に「ま、けどべつに隠すほどのことでもねーか」との言葉が耳に入る。重苦しい表情になっていたオイラーがハッとして面を持ち上げると、炎のように紅い瞳が目に映った。
「親いねーんだ。気ぃついたら捨てられてた。で、路地裏で暮らしてたんだが、あそこはマジ環境悪かったわ。食うもんもまともなもんねーしな」
肩肘をテーブルに置き、そこから伸びた先、手の甲に頬を乗せる――そんな風にして自身の過去について簡単に話すアンダーの表情は、どことなく寂しさを感じさせるものだった。
話を聞き、悪気はないのだが硬直してしまうオイラー。
「けどある時軍の人間にスカウトされて、そんで、ついてくことんなったんだ」
「スカウト……それは、戦いの才を認められて、ということか?」
オイラーはその頃になってようやく声を取り戻す。
「や、なんかよく分かんねぇ。ちょい仲良かった猫の死骸野蛮な男から護ってたら急に声かけられて」
想定外に重い話に俯いてしまうオイラーだがそれでも声を絞り出し「仲良かった猫……死んでしまった、のか。それはとても悲しいことだ」と少しばかりずれた言葉を発してしまう。すかさず「そこかよ」と突っ込まれてしまったが。その時のオイラーに選べる言葉はそれしかなかったのだ。本陣に切り込むような言葉を相手の心情に配慮しつつ選ぶということは彼には難し過ぎることだったから。
「もーいーだろ」
暫しの沈黙の後。
小男は立ち上がりまだ座ったままの高貴な人を見下ろす。
「んな話したって何も面白くねーし」
周囲のざわめきは時の経過と共に少しずつ落ち着いてきつつある。
食事を終えた者が食堂から出ていっているというのも理由の一つだろう。
「この話これで終わりな」
独り言のように呟くとアンダーは歩き出した。
自然な足取りで遠ざかってゆく。
その様はまるで何もなかったかのようだ。
ただ、一人残されたオイラーは、様々な色の混じる複雑な感情を抱えていた。
軍所属の男性が多くいる食堂内ではアンダーのような小さな背中はよく目立つ。
大きさ的にはあまりにも不利で、けれどもその不利を平然と撥ね退けてしまうような、そんな力強さをはらんだ背中だ。




