わざと捕まるアンダーと心配するオイラー (1)
訓練終わり、廊下を歩いていたオイラーは、向こうから歩いてきたアンダーとばったり遭遇した。
アンダーはなんてことのない面持ちで小さく片手を動かすと共に「よ」とだけ短く発する。
相変わらずあっさりとした挨拶である。
だがそれはある意味接することに慣れているからこそとも言えるだろう。
「そうだ、アン、明日少し時間良いだろうか?」
ふと思い立ってオイラーが尋ねると。
「無理ぽい」
アンダーはさらりとそんな答えを返した。
「そ、そうか……」
「しばらく任務入っててさ、ここいねぇから」
「なんと。そうだったのか」
「ごめんな」
「あ、い、いやいや! こちらこそすまない、いきなり言ってしまい……!」
オイラーは暫しおろおろしていたが、やがて思考が『しばらく任務』の方へ向く。
「しかし、しばらくとは……長期の仕事なのか?」
「そ」
「何日くらい?」
「んー、分かんねぇ」
気になることは本人に聞くしかない。だからオイラーは迷うことなく尋ねてみた。しかし返ってきたのは曖昧な答えで。はっきりとした答えを入手することはできなかった。
「そ、そうか……その点は不確かなのだな……」
アンダーのことだ、決まっているならはっきりとそれを答えるだろう――そう思っているからこそ本当にまだはっきりしていないのだろうなと理解することができた。
「では、気をつけて行ってきてくれ」
「はいはい、どーも」
そうして二人はすれ違うのであった。
その日の晩、夕食を取るために一人食堂へ行っていたオイラーは、パンをかじろうとした瞬間に通りすがりの男性兵士から声をかけられる。訓練や仕事を終えゆるりとした私服姿になっている男性兵士だったが、彼はいきなり「アンダーの任務のこと聞きました?」と問いを放った。珍しい出来事に戸惑ったオイラーはすぐには言葉を返せずにいたのだが、すると男性は言葉を続ける。
「最近たまーに噂になってる武装集団ありますでしょ。何かその基地を叩くとかで、場所を突き止めるためにわざと捕まる任務らしいですよ」
耳に入ってきた言葉にショックを受けたオイラーは「なぜ!?」と思わず立ち上がってしまう。
「いやだから基地の場所を見つけるために――」
「さすがに危険過ぎるのでは!?」
立ち上がったオイラーは男性の方へぐいぐい迫ってゆく。
今にも噛みついてしまいそうなほどの勢いで。
男性は凄まじい圧を少々恐れるような顔をしながら「そんなこと自分に言われましても……」とこぼす。それによって正気を取り戻したオイラーは迫ってゆくのをやめた。控えめに一礼し「申し訳、ありません」とほどよい丁寧さで謝罪する。
「しかし、危険過ぎるのでは……」
「まぁあいつは前からそういう任務よく受けてるんで大丈夫だと思いますよ」
はいそうですかとすんなり受け入れることはできないオイラー、ついもやもやしてしまう。
「急にすいませんでした。じゃ、自分はこれで。失礼します」
男性兵士は逃げるように去っていった。
一人になったオイラーは脳内を満たすもやもやに押し潰されそうになる。
わざと捕まる。敵に。それも、敵国の軍などといった一応でも規律を持っている敵ではなく、出自さえ分からない者たちの寄せ集めである敵に。
それはとても恐ろしいことだ。
出自すらよく分からない者たちが勝手に集まってできた武装集団に正義や規律などあるわけがない。そういった者たちに捕まればどのような目に遭わされるか、想像するだけでも恐ろしい。なんせ彼らは法どころか何にも縛られない者たちなのだから。間違いなく好き放題するだろう。痛めつける、辱める、何でもありに違いない。
そんな危険に一人で足を踏み入れるアンダーの心情を想像すると胸が痛くて、オイラーは食べかけのパンを皿にそっと置いてしまった。
やはり放っておけない――そう思ったオイラーは一度アンダーに会って話をしようと彼の部屋へ行ってみたのだが、アンダーの姿はそこにはなかった。
仕方なく自室へ戻ることにする。
もしかしたらそちらへ行っているかもしれない、と少し期待していたオイラーだったのだが、そこにもアンダーはいなかった。
「会えそうにないな、これは……」
夜の廊下で呟くオイラー。
日頃は当たり前のように出会うのに、会いたい時に限ってなかなか会えない。
そういうことはよくあることではあるけれど。
何も今に限ってタイミングの悪さを突きつけてこなくても、と思い、がっかりするオイラーだった。
アンダーを、友を、心配する気持ちは変わらない。
ぐるぐる考えても何も生まれないので無駄だと分かっていながらも考えてしまって、ただ、そうした時間を経ても胸の内に宿っているものは最初とほとんど同じもの。
結局、オイラーが抱いているものはずっと変わっていなくて、それはアンダーのことが心配という極めて分かりやすい感情なのだ。
◆
夜、アンダーは基地を出て、山中の道を歩いていた。
小型のランプを手に歩く。
周囲に仲間はいない。
だが彼はこういった行動には慣れている、そのため少々不気味であっても恐怖心を抱くことはない。
――やるべきことはシンプルだ。
敵に捕まる。
ただそれだけ。
アンダーの姿は闇によく溶ける。黒い髪などその最たるものだろう。十分な明るさのない空間でのアンダーはまるで闇から生まれた存在であるかのようで。城さのある肌さえも、夜の中においては霧のように滲んで消えてしまいそう。
そういった特徴ゆえに暗殺や日の出ていない時間帯の任務には適性がある。
けれども今日は夜の闇に隠れているだけというわけにはいかない。ある程度姿を現しつつ行動せねばならないのだ。上手く捕らえられるためにはまず敵に寄ってきてもらわなくてはならないのだから。今日に限っては、完全に忍びきってしまうというのも問題なのである。
「よーう、ぼっちゃん。こーんな夜に一人で何してんだァ?」
やがて誰かがアンダーに声をかけた。
「おちびちゃーん? 夜に一人で出歩いてたら、危ないぞォ?」
アンダーはほんの僅かに口角を持ち上げたがそれ以上表情を揺らすことはせず静かに現れた男へと視線を向ける。ただ、いつものような鋭い目つきではない。今日に限っては捕まりたいのだ。手を出すと危険な男だと判断されれば上手くいかなくなってしまう、なのでなるべく普通の人のように振る舞っている。
「んんゥ? よく見たらそこそこいい顔してそーな雰囲気じゃーん? 遊ばせてもらおっかなァ?」
男は急に走り出す。
怒った母熊のような勢いでアンダーに迫った。
しかしアンダーは動かない。
日頃であれば一発蹴りを入れて沈黙させるところだろうが今日は抵抗しない。
――そうしてアンダーは拘束されることに成功した。
「ひゃっひゃっふぅ! キタぜィ! 獲物ゲットォ」
縄を巻きつけられ地面に倒された状態のまま、アンダーは喜ぶ男を静かに見上げる。
時間的に薄暗いため男の顔ははっきりとは見えない。
だが男が自分の本名を知らない人間だということくらいは察することができた。
……明らかに警戒している雰囲気ではない。
賊の中にはアンダーのことを知る者もいる。過去に一度でも対峙したことのある者であれば、それはつまり、アンダーの強さを知っているということだ。その場合、もっと強いはずだし激しく抵抗するはずのアンダーがあっさり捕まったとなれば、何か企んでいるのではないかと不自然がられるだろう。
つまり、アンダーという男のことを知らない人間に捕まえてもらう方が都合が良いのだ。
「あーあー楽しみわくわくわーくー」
ご機嫌な男は縄で縛られたアンダーの身体をひょいと持ち上げると鼻歌を歌いつつ歩き出した。




