早朝、訓練を見せてもらう
とある早朝。
珍しいことだが早く目覚めてしまったオイラーは、洗面台で顔を洗うともう眠れそうになかったため、ふらりと自室を出た。
まだ人の気配のない廊下を一人歩く。昼間とは異なる世界に迷い込んだかのようだ、なんて思いながら、オイラーは朝の匂いが充満する空間を進む。いつもは何かと騒がしい場所だけに、人の声はせず足音も聞こえてこないというたったそれだけのことでまるで異世界であるかのように感じられる。
そんな薄暗い廊下を歩いていた時、ふと気になって視線を窓の外へ向けた。
自分の身長と同じくらいの高さのある窓越しに見えたのは知り合いの姿――アンダーだ――男性と判断することを一瞬躊躇ってしまうような背の低さなのだが、その一方で一つ一つの動きが素早く同時に力強さを感じさせる。
自主練習を行っているなんて知らなかった、と、感心するオイラー。
気づけば彼の足はアンダーの方へと動き出していた。
「おはようございます」
「ああ、アンタか」
蹴りを繰り出す訓練を行っていたアンダーは声をかけられた瞬間は警戒したような目をした、が、声の主がオイラーであることに気づくとそれ以上警戒心を剥き出しにはしなかった。
オイラーが穏やかな表情で「アンダーさん、早朝から訓練とはさすがですね」と褒め言葉を発すると、対するアンダーは「さんは要らねぇ、さんは」と褒め言葉とは直接関係のないところに話を寄せる。
「で、何か用か?」
片手の甲で額の汗を拭うアンダー。
「いえ……実は、少し早く目が覚めまして。それで廊下を歩いていたのですが、すると窓からアンダーさ――っと、貴方の姿が見えたのです」
「用はねーのかよ」
「はい。ただ、このような朝早い時間から訓練されている姿に大変感銘を受けました」
オイラーがあまりにも純粋に褒め言葉を放つものだから反応に困ってしまったアンダーは、唇を尖らせつつ独り言のような小さな声で「そーゆー持ち上げ要らねぇって」とこぼした。
「つーかさぁ、アンタ、敬語とか要らねぇからふつーに喋れよ」
「え」
「アンタがオレに気ぃ遣う要素とかねーだろ」
「しかし、先輩で……」
言い返そうとするオイラーだが。
「と! に! か! く! しっくりこねぇから、ふつーの喋り方にしろって!」
圧をかけられてしまってはそれ以上抵抗できない。
「で、では、普通に……してみるが、無礼があれば言ってくれ」
「それでいーんだよ!」
「分かった。ではこのような感じで。それで、呼び方もアンダーで良いのだな」
「そーだ!」
ようやく感じが掴めてきたらしくオイラーはこくこくと頷いた。
それから数秒間を空けて。
「ではアンダー、しばらく様子を拝見していて構わないだろうか?」
「はぁ?」
オイラーが尋ねるとアンダーは怪訝な顔になる。
「君が訓練している姿を見つめていたい」
「わけ分かんねぇ……」
「な、なぜ?」
「ったく、どんな趣味してんだアンタ」
「趣味? ええと……趣味、とかではない。ただ、君の自主トレーニングを見ていたら参考になるのではないかと思ったのだ」
高貴な人があまりにも純粋な表情で言うものだから、さすがのアンダーもそれ以上斜めからの言葉を発することはできず。
「ま、好きにしな」
最終的にはそんな風に言ったのだった。
オイラーは近くの土の入っていない花壇に腰を下ろす。
こういった経験が新鮮だからか胸の奥からワクワクが湧き出てくるのを強く感じた。
一方、アンダーはというと、何事もなかったかのように個人的な訓練を再開した。
先ほどの続きだ。
訓練に付き合ってくれる相手はいない。だがそれでもアンダーは身体を動かしている。振り抜かれる拳も、放たれる蹴りも、まるで今そこに敵がいるかのようなリアルさをまとった動きで。
眺めているだけで彼が実際に戦っているかのように錯覚してくるほどに臨場感のある流れかつ力強い動作だった。
「君は凄いな。相手がおらずとも、実際に戦っているかのように動けるのだな」
思わず感想を述べるオイラー。
「きっと、長年の積み重ねで得たものなのだろうな」
その瞳には純粋な尊敬が濃く宿っている。
「……見られてんの、なーんか違和感あんなぁ」
「無礼だっただろうか」
「や、べつにいーけどよ、んな凝視すんなよ」
「すまない……」
二人きりの早朝。
静けさの中であるからこそ確かに記憶に刻まれる特別な時間だ。




