夜の課題中、賊に襲われる (2)
王城にいれば傷つくことはない。
けれどもそこから飛び出したのは外の誰でもない自分自身の意思だった。
安全な鳥かごから出れば。危険を伴う仕事の多い職場へ行けば。当然危険に晒されることはある。それは王子という位の人間であるとしても逃れられない定めだ。危険に晒されることも、攻撃の意思を向けられることがあることも、最初から分かっていたことである。
それでもここまで何とかある程度穏やかにやって来られたのは周囲のサポートと運の良さゆえだったのだろう。
だがそれは永遠ではない。
なんせそういう舞台に立っているのだから。
(アンを死なせるわけにはいかない――!)
オイラーは一度地面に置いた剣を握り真っ直ぐに駆け出した。
唯一無二の友が命を奪われようとしているのだ、黙ってその様子を見つめているわけにはいかない。
大柄な男に首を絞められているアンダーは苦痛に顔を歪めているが、それでもなお身体を大きく反らしたりその逆にしたりとできる範囲で動いて抵抗している。
とはいえ与えられた猶予はそれほどない。
このまま首を絞められ続ければ、いくらアンダーだとしてもそう長くはもたないだろう。
「やめろ!」
オイラーは感情が昂りほぼ無意識のうちにそんなことを叫んだ。
とにかく剣を振る。もう必死だ。実戦経験は浅い、それでも何とか敵を倒さなくてはならない。そんな状態なので、余裕を持って対峙できるわけもなく。戦闘経験という意味では、恐らく圧倒的に負けている。それでも何とか、といったところなのだが――間に入ってきた男に短剣で対抗されてしまう。
「通しましぇぇ~ん!」
このままではもたついてしまう、そう判断したオイラーは、剣を捨て地面を蹴る。
間に入ってきた邪魔な男を突破して。
その奥にいる大柄な男に飛びかかりアンダーもろとも押し倒す。
日頃なら絶対にやらないような乱暴なやり方で、男とアンダーを引き離した。
アンダーは咳込みながら何が起きたのかまだ理解できていないというような顔をしていた。
「アン! 生きているか!」
「……おう」
「ああ、良かった、無事で……」
座ったような体勢のまま振り返ったオイラーは返答に安堵する。
だが。
「うざああああああい!!」
「くたばれええええい!!」
一瞬、オイラーが気を抜いたそのほんの少しの間に、二人の男が同時に襲いかかってきていて。
頭も体も硬直して動けない。
自分が襲われる瞬間をただ凝視していることしかできない。
――刹那、宙を駆けた小型ナイフが男らに突き刺さった。
「え」
思わずこぼすオイラー。
敵の男たちも同じ状態だった。
誰もが何が起きたか呑み込めていない。
「何とか、当たったな」
眉間にしわを寄せたアンダーがまだ本調子ではなさそうな面持ちで呟く。
「助けてくれてありがとう!」
その言葉を聞いて状況を理解したオイラーはようやく表情を明るくした。
「君がいなかったら死んでいた」
「ん……ま、それはオレもな」
互いの無事を確認し、二人はようやくほっと息を吐き出す。
それから少ししてオイラーはアンダーの肩を左右から両手で掴んだ。そして目の前の友に過保護な親のような視線を向ける。
夜の視界は良くない、が、それでもすぐ近くで真っ直ぐに見つめられれば視線程度は感じられるもので。高貴な瞳にじっと見つめられたアンダーは暫し困惑したような顔でじっとしていた。
敵のいなくなった夜の空間を吹き抜ける風が肌を冷やす。
「こんなに傷ついて……」
アンダーをまじまじと見つめていたオイラーは自然とそんなことを呟いていた。
「……私のせいだな、すまない」
罪悪感が込み上げたオイラーはアンダーをそっと抱き締めたが、それとほぼ同時にアンダーはのしかかる男の身体を振り払う。
「ベタベタすんな!」
「え」
「過剰に寄ってこられんのうぜぇんだよ!」
「す、すまない、失礼だったか」
しゅんとするオイラー。
国家の最高権力を握れるほどに高貴な生まれでありながら、いつも目の前の小さな男に振り回されている――だがそれはオイラーにとってその男がそれほどに大切な存在であるからだ。
「ま、何とか片付いて良かったな」
「ありがとう」
「んじゃ引き続きキノコ採りに行くか」
ゆっくりと立ち上がりながらアンダーはそんなことを口にした。
「い、行けるのか!?」
まさかの発言に驚くオイラー。
「また別の日に来んのめんどくせぇだろ」
「それは……そうかもしれないが」
「嫌か? アンタが嫌ならまぁ採らねぇでもいーけどよ」
ぐっと背伸びをして、アンダーはオイラーへ視線を向ける。
「い、いや、嫌ではない。だが、アン、君は負傷しているだろう……その状態で引き続き動けるのか? 問題ないのか」
オイラーが正直に心を述べると。
「気にしてんのそれだけか?」
アンダーはさらりと返す。
「もしそーなら、だいじょーぶ」
彼の口調に迷いは欠片ほどもなかった。
その力強さにオイラーは励まされる。
「……ありがとう」
その後二人はまた歩き出した。
賊に襲われた瞬間逃げ出したあの護衛たちはもういない。戻ってくることもなかった。ゆえに、高貴なその身を護る者はアンダー以外にはいない。そしてそのアンダーも手負いだ。貴い人の身を護る盾はもうほとんどないも同然。
王の子だからといって誰もが命を懸けて護ってくれるわけではなかった。
皆、表向きは、綺麗事を言うけれど。
結局は自分の命が大切なのだ。
他者に命を捧げられる人間などほとんどいない。
それでも、今のオイラーにはアンダーという友がいて、盾がある。
だから孤独ではない。
「つか、何だあの護衛! 一瞬で逃げ出すとかどーかしてんだろ!」
「やはり私には人望がないのかもしれないな……」
「いやべつにそーいうわけじゃねぇだろ」
「そ、そうか?」
先を行くアンダーは軽い調子で言葉を紡いでいるが、その言葉一つ一つにオイラーは励まされる。
これまでもそうだった。
乱雑で、大雑把で、それでも寄り添ってくれるその人のぶっきらぼうな優しさに――何度も救われてきた。
「アンタのせいじゃねーよ」
夜の闇にアンダーの小さな一言が色を刻む。
天に輝く星は二人を見守っていた。
色々あったが何とか生き延びた二人は無事光るキノコを採取でき、基地へ帰還することができた。
オイラーは課題を無事クリアすることができたのだった。
ちなみに。
賊に遭遇するや否や逃げ出した護衛たちは、勝手な判断で任務を放棄したとして、後に相応の処分を受けた。




