夜の課題中、賊に襲われる (1)
穏やかな風が吹く夜。
山近くの道をオイラーとアンダーは隣り合って歩いていた。
「すまない、私の課題に付き合ってもらってしまい」
「ん、いーよ」
先日オイラーに与えられた課題は『山に生えた光るキノコを採取して基地まで戻ってくる』というものであった。
それは王子である彼向けに出された難易度を限界まで下げたもの。
本来であればもっとレベルの高い課題を出されるところなのだが、王子を危険に晒さないための配慮としてそういったやや珍妙だが比較的簡単な課題が出されることとなったのである。
しかも護衛付き。
アンダーがついてきたのはオイラーが直接頼んだからだ。
元々は上が選んだ護衛二名と課題をクリアするということが求められていたのである。
なので実際今も二人の護衛も同行することとなっている。
つまり今は四人での行動だ。
高貴な人の最も近い位置にいるのはアンダーだがそれらを挟むようにして二人の屈強な護衛が付き添っている。
「で、光るキノコ採取だっけ?」
「ああ」
「そりゃあまたおもしれぇ課題出たなぁ」
「光るキノコ、君は見たことがあるか?」
「んー、ちらっとな。むかーし。けど、あれがマジでそーだったのかは、しょーじきよく分かんねぇ」
夜は暗い。自然の多い地域だからなおさら。王都などのような鮮やかな光はここにはないのだ。ランプを使い辺りを照らしながら何とか移動しているが、視界はお世辞にも良いとは言えない。
「つーかさぁ、アンタ、課題ん時まで護衛ついてんのかよ」
「ああ、毎回ではないが時々……申し訳ないので一応断ってはいるのだが……」
「そりゃあ仲いいやつできねーわな」
「悲しいことだ……」
そんな、なんてことのない言葉を交わしつつ、二人は夜道を歩いていく。
それを追うように護衛の者たちも足を進めている。
――刹那。
「いたぞ!」
「こいつだ!」
がさがさと茂みが揺れ、男の声が複数。
「殿下だ!」
「キタキタァ」
「大仕事ぉ!」
気づけば四人は汚い服を着た男らに立ち塞がられていた。
「なっ……」
「下がってな」
青ざめるオイラーを護るように後ろへ下げる。
「アンタらマジ邪魔すんな」
前へ出たアンダーは躊躇うことなく言葉を飛ばす。
だが男らから返ってくるのは「わしらも仕事なんでねぇ、邪魔しないわけにはいかないんでねぇ」とか「殿下のくびぃ!」とか「そだぞ! 邪魔してナンボなんだぞ! それでこそなんだぞ!」などといった退くことはないと言いたげな言葉ばかりである。
そしてついに男らが動き出す。
彼らはそれぞれに武器を持っていた。
刃を握り締め、一斉に突撃してくる。
「ったく、めんどくせぇな……ま、けど、三人いりゃ何とかな――て、うおおおい!?」
思わず叫んでしまうアンダー。
「あいつら逃げやがった!?」
というのも、気づいた時には二人の護衛は姿を消してしまっていたのだ。
刃物を手にアンダーへ襲いかかる男。その目つきは肉食獣のよう。しかしアンダーは怯まない。腕を強く払い刃物を落下させると、目にも留まらぬ速さで鳩尾に蹴りを叩き込む。男の身体は後ろ向きに吹っ飛んだ。
さらに二人ほどがほぼ同時に襲いかかる、が、アンダーは上手く動き素早く片付けた。
瞬間、木の陰から飛び出した長髪男の刃が彼の右頬を掠めた。
「アン!」
「黙ってろ」
暗闇の中、白い頬を伝う紅。
生の滴をまとう刃が再びアンダーへ向かう。アンダーは男の腕を掴み刃が向かってくるのを制止した。が、直後、男が手首から先だけを器用にくるりと回転させた。既に紅に濡れている鋭いそれがアンダーの前腕に傷を刻む。
「ッ!?」
ほんの一瞬。
生まれた隙。
そこを狙い、長髪男は胃を突き上げるようにアンダーの腹を蹴り上げた。
意識が飛びそうな凄まじい衝撃。さすがのアンダーもこれにはくらりときて前向きにふらつく。ちょうどそのタイミングで肩や背辺りを下向きに押され、次の瞬間には地面に伏せさせられていた。
そして喉もとに冷たい刃があてがわれる。
「はははぁ、殿下ぁ、こーんなよわぁい護衛一人しか連れず歩いてちゃあ駄目じゃないですかぁ!」
「……彼は護衛ではない」
「あれぇ? そうなんでっすかぁ? けど、ま、立ち塞がったってことはほぼ護衛と同義っしょ!」
数名いる男たちのうちの一人、がっしりとした体形の男がひげに包まれた顎を掻きながら馬鹿にするような煽るような発言を繰り返す。
そんなやり取りが行われている間にも、長髪男はアンダーの身体を何度も蹴りしまいには踏みつけていた。
「あ、もしかしてぇ、あのさっさと逃げたやつらが護衛だったってことぉ!?」
がっしりとした男は思いついたように言う。そして、自分で言ったことながら想像以上に笑いのツボに刺さったようで、ケラケラと大笑いし始める。すると周囲の男たちもそれに合わせるように笑い声をこぼし始めた。いつしか笑い声の大合唱。貴い人を見下すという快感をはらんだ笑いである。
「人望なさすぎじゃないっすかぁ! 殿下ぁ!」
「ぎゃはは! うけるわ! 護衛に秒で見捨てられてやがるとか! ばっかじゃねぇか!」
「嫌われてますなぁ」
「うっへっへへ! こーんな人望無し男が未来の王様なんてぜってぇ認められねぇぜぇ! しっかり処分しねぇとなぁ!」
オイラーは自分が馬鹿にされていることには耐えられた。
これまでだってそういうことを言われたり裏で囁かれたりしたことはある。
ゆえにショックはそれほど大きくない。
だが、本来無関係であるはずだったアンダーが自分のせいで暴力に晒されているという事実が何よりも辛く、酷く胸を痛めていた。
――と、その直後、男たちの視線が一斉にアンダーの方へと向いた。
「先こいつやっちまおうぜ」
「殿下は雑魚だからいつでも仕留められるもんなぁ」
その声に青ざめたのは、アンダーではなくオイラーだ。
今から何が始まるのか。
さすがにそれを察せないほど愚かなオイラーではない。
一方で、暴力の対象とされているアンダーは落ち着いていた。
暴力に晒されることも、理不尽に痛めつけられることも、彼にとっては大したことではない。そんなことは幼い頃から数えきれないくらい経験してきた。物心ついた頃から当たり前に傍にあったものだ。
「オラァ!!」
一人の男が手にしていた武器の柄で脇腹を殴る。
それとほぼ同時に長髪男がアンダーの髪の少し伸びている部分を片手で掴み引っ張り上げた。
「生意気なんだよその眼!」
そして再び腹部を蹴り上げる。
「っ……るせぇな」
びりびりと脳天にまで響くような蹴りの衝撃に見舞われながらも反抗心を隠すことはせずむしろそれを豪快に突きつけるかのような言葉を発するアンダー。
持ち上げられているため両足を完全に地面につけることはできない状態。
しかしアンダーはそれを利用する。
ぎりぎり地面につかない程度の位置にある両足を隙を見て振り抜く――敢えて正面の敵ではなく斜め後ろ辺りにいる敵を攻撃した。
いきなり下半身を強く蹴られた男は腰から崩れるように後ろへ転倒。
これには長髪男も動揺せずにはいられない。
何が起きたのかすぐには理解できず、そこにあるのはただ驚きだけで、その影響で思わず手の力を弱めてしまった。
そうして生まれた隙に、アンダーは長髪男に上から絡みつき、男が首を動かせないよう完全に固定。両腕を器用に使って一気に絞め上げ、長髪男を戦闘不能にする。ほんの数秒の間の出来事だった。
「剣抜け!!」
聞き慣れた声で叫ばれて。
紅の双眸に射抜かれて。
ハッとしたオイラーは腰に下げていた剣へ手を伸ばす。
オイラーが完全に剣を抜いた時、男一人が目の前、すぐそこにまで迫っていた。
敵は武装している。
抵抗しなければ殺められる。
「戦え!!」
友の声に背を押されて。
ついにその手が動く。
オイラーは迫り来る敵を斬った。
まさかの反撃。男は回避できなかった。もろに斬撃を受けてしまった男は赤い飛沫を散らしながら崩れ落ちる。
そうだ、戦わなければ命はない、それなら――。
次なる敵へ視線を定めようとしたオイラーだったが、その目に映ったのは大柄な男に背後から拘束されたうえ口もとを強く塞がれたアンダーの姿で。
「動くなよぉ馬鹿王子」
戦う決意はすぐに揺らいでしまう。
「ま、こいつがどうなってもいいなら何しても自由だがなぁ」
「……やめてくれ」
「少しでも動いたらこいつの首を――」
「やめろと言っている!」
鋭く発するオイラー。
「ならまず剣を捨てるんだなぁ」
大柄な男はにんまりと面に笑みを浮かべつつねっとりと言い放つ。
「……分かった」
オイラーは指示に従い手にしていた剣を地面に置いた。
だが、その直後、大柄な男は躊躇うことなくアンダーの首を絞め始めた。
「やめろ!」
「はぁ? 少しでも動いたら首を、って、言ったろぉ?」
「それは……いや、それはおかしい! 私は指示に従っただけだ! それ以外の動きは何もしていない!」
「少しでも動いたら、ですよぉ? 殿下ぁ?」
オイラーは愕然としながら「……騙したのか?」と言葉を発し、それに対して男はにんまりと口角を持ち上げる。
「純粋過ぎるんだよぉ、王子様はぁ!!」




