返り血にまみれていても彼だけは
多数の賊を片付けるという任務を一人で完了させたアンダーは返り血にまみれながら基地へ戻ってきたのだが、自身の血液ではないものの頬まで紅く染まったその姿にすれ違う誰もが恐ろしい悪魔でも見たかのような顔をする。
ある女性職員はアンダーとすれ違う際その毒々しい姿に分かりやすく目を逸らした。
たまたまアンダーの通り道にいた男性兵士二人組は「あいつ怖すぎぃ」「バケモンみたいだよな」などとひそひそ声で感想を交換する。
――自分が皆から好かれる存在でないことは分かっている。
なのでアンダーはどんな反応をされても心を揺らしはしない。
目を逸らされようが、失礼なことを言われようが、嫌われようが、今さらそれが何だというのか。そんなことは彼にとっては大したことではない。そもそも最初から出自のせいで汚いだの穢れているだの好き放題言われているのだから。悪口を言われた程度で落ち込むことはないし傷つくこともない。
自分がすべきことは任務を成功で終わらせることだけ。
それだけで居場所は守れる。
ならば昔の暮らしに戻らないためにすべきことはそれだけだ。
割り切っているアンダーは些細な悪意には動じないのだが――近頃はそんな彼の身を案じる者も存在する。
「アンダー!」
そう、それは、貴い人オイラー・エイヴェルンである。
「血……凄い状態じゃないか、どうしたんだ」
高貴な彼はその身分とは裏腹に子どものような純真さを持っている。
「あーこれオレのんじゃねぇ」
「敵の血ということか?」
物騒を絵に描いたような色に染まったアンダーがやや脱力したような調子で返すのを聞いて、オイラーはほんの僅かにではあるが表情を柔らかくした。
正面の男から視線を外しつつ「そーそー」と発するアンダー。
それに対してオイラーは「そうだったのか……なら良かった」と安堵を口からこぼし、そこからさらに「君が怪我をしたわけではないようで安心した」と正直な思いを吐き出した。
無機質な廊下で向かい合う二人。
時折そこを通り過ぎる者はいるにはいるが、二人揃っているところへわざわざ割って入る者はさすがにいない――否、そもそも二人に積極的に関わろうとする人間が少ないのだ、善意だと特に。
なので、実際には閉じられた場所でなくとも、まるでそこが彼らだけの空間であるかのようになっている。
「アンタは気持ち悪がんねぇんだな」
静寂の中で顎を引くようにほんの少し俯いたアンダーが目の前の男に試すような視線を向けた。
唐突なことに状況が呑み込めずきょとんとしてしまうオイラー。
「え……あの、申し訳ない、意味が理解できず……気持ち悪い、とは……それはまた、どうして君が?」
演技ではない。
明らかに戸惑いに包まれている。
そう感じたためか、アンダーはふっと笑みをこぼした。
「おもしれぇやつ」
そんな言葉を向けられて、ますます戸惑いの渦に巻き込まれるオイラー。
「さっすが偉大なる殿下だなぁ」
「な、なぜに、嫌み?」
「はは。嫌みじゃねーよ。単なる感想だっての」
アンダーは受け流すように薄い笑みを浮かべた。
その双眸はどこでもない遠いところを見つめているかのようである。
彼は口では嫌みのようなことを言っているが、実際にはオイラーに対して悪い印象を抱いてはいない。なのでその言動に悪意はない。あくまでそれが彼という人間の基本的な振る舞いであるだけだ。
アンダーはオイラーという人間を悪くは思っていない。
むしろ、逆。
その高貴な人はアンダーの中で少しずつ特別な存在になっていっている。
「取り敢えず汚れを落としてくるといい」
「アホか。んなもん言われねーでも分かってんだよ」
「ああ、確かにそうだな、すまない……余計なお世話だった……」




