二人の出会い
それは、王子であるオイラーが軍に加入してまだ間もなかったある日のこと。
昼休憩で食堂へ向かった彼の目に留まったのは、足を組んで一人席に座っているこじんまりとした黒髪の男の姿だった。
ちょうどお昼時で食堂内はそこそこ混雑している。なのにその男の近くの席だけは空席になっていて。まるで皆が意図して避けているかのようだった。そんな不自然な光景に戸惑いの感情を抱いたオイラーは、ついそちらへ視線を向けてしまっていて――やがて、男の瞳がふとオイラーの方へと向く。
幸か不幸かばっちりと目が合った。
知り合いではないとはいえこの状況で目を逸らすのはさすがに失礼かもしれない。そう考えたオイラーは、気づけば、男に近づくべく足を動かし始めていた。
……戦場で敢えて敵の群れへ突撃していく愚かな兵のように。
「何か用?」
足を組んだままの男は僅かに顎を持ち上げた。
艶のある黒い髪が揺れて。
人間の奥底まで見通すような紅の瞳が鈍く光る。
「失礼しました、つい……。いきなりじっと見つめるのは無礼でしたね」
軍に加入しても周囲はオイラーを王子として扱う。それは当たり前のことではあるのだが。ただ、貴い人であるがゆえに周囲と親しくなりづらいということを、彼は密かに気にしていた。
今はまだ加入から数日しか経っていないからというのもあるのだろう、と、なるべく前向きに考えるよう意識してはいるのだが。
それでも感じずにはいられない。
――自身はやはりどこにあろうとも王子なのだ、と。
ただ、今すぐそこにいる男は、まるでオイラーを貴い人であると認識していないかのような接し方をしてきている。
「や、そじゃなく。何?」
この男は特殊だ。
そして明らかに異端。
「……どういう意味ですか?」
「オレに何か用かって聞いてんだよ」
――もしかしたら。
オイラーは微かな希望を抱く。
「向かいのお席、座っても構わないでしょうか?」
だからこそオイラーはその謎の多い男へ近づくことを選んだ。
「はぁ? 何だそりゃ。好きにすればいーじゃん」
「ありがとうございます、では失礼します」
男は気ままにパックジュースを飲んでいる。
高貴な人が目の前にいても彼の行動に変化はない。
一方、オイラーはというと、手ぶらでここへ来てしまったためただじっとしていることしかできない。
「てか、アンタ誰?」
やがて沈黙を破る、黒髪の男。
「オイラー・エイヴェルンと申します」
今のオイラーにできることは投げられた問いに回答することだけだ。
「なるほどなぁ、アンタが噂の殿下か」
「……噂の?」
「ちょっと前からめちゃくちゃ話題になってた」
「私が、ですか?」
「そーそー」
それから少しして。オイラーはふと違和感を覚えた。というのも、なぜかやたらと周囲からの視線が刺さるのを感じるのだ。変な行動をしているわけではないのに、である。だからこそなおさら違和感が大きい。
「あの、何だか視線を感じるのですが……これは?」
尋ねてみても。
「気にすんな」
返ってくる言葉はあっさりした最低限のものだけ。
「もしかして私のせいでしょうか」
「それはちげぇだろ、いっつもこんな感じだし」
「そうなのですか!?」
「まーな、そんなもんだよ。気になんならさっさとどっか行けばいい」
ぶっきらぼうに言い放つ男を見て悲しそうな顔をするオイラー。
「このようなことを申し上げるのは失礼かもしれませんが……もしかして貴方、虐められているのでは?」
すると男は一瞬目を見開いて表情を硬直させたが。
やがてぷっと吹き出した。
そして子どものように大笑いする。
その笑いが一旦収まるまで数十秒はかかった。
「おもしーれやつ、気に入ったわ」
それまで不愛想だった男が急激に明るい表情を作ったものだからオイラーは取り残されてしまう。
「オレ、アンダー。よろしくな」
アンダーと名乗るその小柄な男は躊躇うことなく片手を差し出す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
オイラーは戸惑いながらもその手を握り返した。
「なんかさ、名前若干似てるし、オレら案外仲良くなれるかもな」
名前が若干似ている、なんて、そんな何の意味もないことをさらりと理由として挙げる男。
しかも王子相手だというのに緊張するでも畏まるでもなくまるで昔からの友人であるかのような雑な言葉遣い。
――どこまでも非常識な男。
だがオイラーは彼のそんなところに心を揺さぶられた。
国王のもとへ生まれ、王子として貴い人として皆から敬意を持って接されてきて、本当はずっと欲しかったけれどどうしても手に入れられなかったもの。
それをこの男は与えてくれるのではないか、と、そんな気がしたのだ。




