年賀状のやりとりだけの関係
巽悠衣子さんのファンなので、久々に参加してみようと思いました。
リハビリだと思ってお付き合いください。
『年賀状のやりとりだけの関係』
人間関係を表すのに、かつてはよく使われていた表現だ。
現在は疎遠だが、住所を把握しており、年に1度の近況報告がある、という関係性。
メールやメッセージアプリが主流となった今、むしろ『年賀状のやりとりだけの関係』という人間を探す方が難しくなっているのかもしれない。
「今年も来たか」
1月1日。
大型家電量販店のDMに混じって、今年もその年賀状は届いた。
宛名は俺。差出人はあいつ。
写真などは無く、市販の干支の年賀状に手書きでメッセージが書いてある。
『あけましておめでとう。今年もよろしく。
去年報告した通り、転職して、今は新しい職場に慣れるのに四苦八苦している。
結構残業が多くて大変だが、昔からやりたかった仕事だから頑張れている。
結婚は遠のいた気がするが(笑)
お互い、時間が合えば呑みにでも行こう』
何てことの無い、誰に向けても当たり障りが無い文面だ。
俺はその文面を何度か読み返す。
裏返し、名前を確認して、溜息をついた。
買っておいた年賀状に、郵便番号、住所、宛名、差出人として自分の名前を書く。
『あけましておめでとう。
今年も送ってきたか。
今や俺に年賀状を送ってくる奴なんて、お前くらいのものだ。
転職成功したみたいで良かったな。
大変みたいだが、まあ頑張れ。
こっちも未だに独身だよ。
で、お前は誰なんだ?』
あいつは7年前に死んでいる。
就職2年目で仕事にもそろそろ慣れてきた頃で、そろそろ同窓会でもやろうなんて話をしていた矢先の事故だった。
あいつが死んだ翌年の1月1日から、この年賀状は届きだした。
何度か住所を訪ねて見たこともあったが、いつも引っ越した後だった。
誰が何の目的でこんなことをしているのかはわからない。
無視したって良いのだが、1年目に誰かのいたずらだろうと思い返信を送ってみたところ、毎年の恒例になってしまった。
1年に1度のやりとりを続けてみるとおかしなもので、確かに死んだはずのあいつがどこか俺の知らないところでまだ人生を送っているような気がしてくる。
相手も、軽いいたずらのつもりが、引くに引けなくなっているのかもしれない。
もしかすると、そいつは来年には飽きてしまって、届かないかもしれない。
だが今はまだ、この『年賀状のやりとりだけの関係』をもう少しだけ続けたい気持ちなのだ。




