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追憶の潜水士  作者: 今璃 咲
Ⅰ 初任務
9/13

8.そして始まる

「ふー、明日は最終試験かー」


ついに明日、将来が決まる決戦前夜。澪は部屋の窓から星空を眺めていた。

試験範囲の不足点や疑問点の穴はしっかり埋めたので、あとは明日に向け体と心を休めるだけだ。

心残りは一つもない。いや、一つだけある。


「玲奈と仲直りできなかったな・・・・・・」


それは今日が始まり終わりを迎える今まで、ずっと頭にあった。

だが、お互い忙しく仲直りできる暇など無かったので、仕方がない・・・・・・。


「って私逃げてるみたい」


煌々と輝く青星(シリウス)は名の通り青白く淡々とした光を放ち、まるで澪の心の冷たさを反映しているようだ。

(意気地なしだな)

地雷を踏まれたとは言え、勝手に怒り勝手に距離を取り、その挙句謝ることすらしようとしないとは。

親友だと豪語しておきながら、臆病な卑怯者ではないか。

そう一人思考の海に沈んでいた時―遠慮がちな扉をたたく音が聞こえた。


『澪、今時間ある?』


「!?」

思わずびくりと体を揺らし、訳もなく髪をなでつけた。心臓の鼓動が煩わしいほど響いている。

(玲奈の声だ)

喉の奥が引きつれるが、自分を叱咤して何とか声を絞り出し「いるよ」と平静を装って返す。


『ちょっと話したいことがあって・・・・・・廊下じゃあれだから寮のホールでもいいかな』

「分かった、すぐ行く」

『待ってるね』


足音が遠ざかると、澪は深く息を吐いた。そしてどろどろと、ずるずるとしゃがみ込む。

「結局、玲奈からかぁ」

彼女は姑息な真似はせず、潔く謝る誠実な性格だ。誰かとは違って。

皆の道標であり、本人がいない時でさえ存在感がある彼女はまるで焼き焦がす者(シリウス)

(私はこれからも、玲奈の後姿しか見ることのない人間なのかな)

髪の毛が覆う暗い視界で膝に顔をうずめた―


『まあ、頑張れよ』


一人の少年の声が聞こえ、はっと澪は顔を上げる。

そうだ、なぜ忘れていた。彼は現実を見てもなお、前を向いているのに。

(私はあの瞬間、覚悟を決めたのに)

澪は立ち上がると、部屋の扉に迷わず手を伸ばした。



「来てくれてありがとう、澪」

「気にすることじゃないよ」

会うなり破顔一笑する玲奈に、澪は目をそらそうとする眼球をなんとか抑え込む。

(私は後悔しない決断をする)

今謝らなくては、と澪は拳を握り頭を下げた。


「私が玲奈の気持ち考えられてなくて、勝手に拒絶してごめん!」

「え」

目を見開く玲奈に、澪はぎゅっと目を瞑る。

「後から考えてみたら、ちょっと地雷踏まれたくらいで急によそよそしくなって距離を置くなんて、子供みたいだよね。玲奈は全てを知ってる訳じゃないのに。試験に向けて一心不乱に努力している中、わざわざ時間を割いて謝る時間を作ってくれて。

―完全に私のせい。本当にごめん」


一息に謝るも玲奈からの反応はない。当たり前だ、本来は澪が謝る時間を作らなくてはならなかったのだから。

(任せてしまってごめんなさい)

玲奈の顔を見られないでいると、「ちょっと、顔上げて!怒ってないから」と焦ったような声が頭上から降ってくる。

躊躇いながら視線を上げると、普段の彼女には似つかわしくない、眉を下げておろおろとした表情があった。


「澪のせいじゃない、私の方こそごめんなさい。先生に叱られて意気消沈してる時に、大切な人のことを言われたら誰だって怒るよね。私は澪の気持ち全然組み取れてなかった」

「そんなこと・・・・・・」

「ううん、私相手の気持ちを考えないで言っちゃうところがあるから、ホントにごめん」


頭を下げる玲奈に、今度は立場が逆転し澪が焦る。

「い、いや玲奈のせいじゃないよ!私のせい!」

「でも元は私が言ったことだし、私が短慮なせいで」

「違うよ!私が悪いの!」

「澪じゃなくて私!」

「違うよ!」

「違くないよ!」


何だかもう、何を言っているのか分からない。

ただ、散々考えた末に結局幼稚な言い合い合戦になってしまうなんて、やはり澪と玲奈は似ていて、そして仲がいいのだ。

二人でぜーはーぜーはー息を切らしていると、ボーンと壁掛けの時計が鳴り、澪たちはそろって時計を凝視する。


「九時半だ」

「九時半ね」

お互いに顔を見合わせると次の瞬間走り出したのは、寮生活による条件反射だ。

二人ともだだだだダッシュで階段を駆け上る。

「やばい、九時半以降は自室から出るの禁止だよ!?」

「とにかく先生に見つからないように走って!もー、澪のせいだよ!?いつまでもうじうじして!こんなことになるなんて、鳳に相談した時は思いもしなかった!めっちゃ真面目に相談したのに!!」

「私だって朝から望んでもないシリアストークだったんだよ!無駄にへこんで損した!」


ぎゃあぎゃあと新高一とは思えないような会話をして、やっとこさで部屋に着く。

(あー、髪ぼさぼさになったじゃん)

ため息をつきながらドアノブに手をかけようとして、玲奈のほうに勢いよく視線を向ける。


「あ、玲奈はあともう一回謝ってね」

「え?」

目を瞬かせる彼女に澪は人差し指を突き立て、ニヤリと意地悪く笑う。

「玲奈言ったよね。”そんなんじゃ幼馴染見つからないよ”って。つまりさっきの玲奈の謝罪は『幼馴染が見つからないと言った』こと」

にまりと目を細めた澪の顔は、小悪魔のようだったかもしれない。

「だから、私が最終試験に合格した暁には『潜行士になれないって言ってごめん』、って謝る義務があるんだよ」

「はあ?」


玲奈は顔をしかめるが一応理解できるらしく、しぶしぶうなずいた。

(ええ、性格悪いって思ってますね)

だがやられた分はきっちりやり返さないと気が済まない。澪は満足してうなずくと拳を突き出した。


「はい、明日ガンバローね」

「・・・・・・はいはい、分かってる!頑張ろうね!」


そうして決戦前夜、2人でグータッチしたことは後に彼女たちの笑い話になることを、今の二人は知らない。

だが、開戦の狼煙(のろし)はしっかりと上がったのだった。



「はい、筆記試験は終了。各自実技試験の準備をしてください。解散!」

柏手が打たれると同時に生徒たちは一斉に試験場所に向かった。

澪たち潜水士希望組は実技訓練でお世話になったプールに、いざ出陣。

待機している間、余すことなく目を皿にして装備チェックをし、落ち着けと言われるほど救助方法について確認をする。


そうこうしているうちに優等生・霧原&毎度おなじみ鳳ペアが帰ってくる。


「お疲れさま、2人とも」

「ずいぶん疲弊してるわね」

「こいつとペアは、マジでしんどかった」

帆梶(ほかじ)さんたちは次だよね?頑張って」


ゾンビと王子スマイルに苦笑いしながらプールへ飛び込む。

脳が擦り切れそうなほど確認したおかげか、それとも二人の息がぴったりだったのか、あっという間に完了した。


そして未来を、いや人生をかけた結果発表。

養成学校のエントランスホールで大量の生徒がひしめき合う中、澪、玲奈、光の三人組は固唾をのんで発表を待っていた。


「やべえ、今になって緊張してきた」

「鳳は緊張しなさすぎなんだよ。澪~!緊張するね~!」

「玲奈は緊張してなさそうだね・・・・・・」

「そんな訳ないでしょう」


その時、前方でざわめきが上がった。教師が大きな模造紙を壁に貼り付けている。

「結果だ!」

誰かの声を皮切りに皆が一斉に動き出した。

「うわ、ちょ」

「澪こっち来い」

「大丈夫?」

光と玲奈に腕をひかれ、おしくらまんじゅうの圧迫状態から何とか脱出する。

「ふうー、ありがとう」

(死ぬかと思った)

いや、緊張で死にそうなのだが。そんな澪に構わず光は結果を指さした。

「ほら、見ろ!」


満面の笑みをたたえる彼を見ると、既に彼は結果を見て合格したのだろうと推測できる。

(現実を受け止めないとっ・・・・・・!)

恐る恐る見上げた澪は次の瞬間―目を見開いた。


【合格者   帆梶澪】


「え」

驚きで動けない澪に玲奈が抱き着いてくる。

「澪!私も合格したよ!これで一緒に――澪?」

返事のない澪に玲奈が訝し気に覗き込む。


澪の左目から、一筋の(しずく)が零れていた。


「本当に?」

現実をにわかには信じられず呆然とする澪に、玲奈が瞳を潤ませる。

「本当だよ!」

その一言で澪の体に喜びが広がっていく。気づけば涙をぼろぼろとこぼしながら笑っていた。

「私たち、潜行士になれるんだね!」

「うん!」

「最初から言ってんだろ」

呆れたような光の声も耳に入らない。祝福のように春陽がこぼれるホールで澪は笑う。最高の、とびっきりの笑顔で。


―ここから、私たちは始まる。


潮のまじるあたたかな春風が吹き抜け、未来への希望を優しく運んでいった。

やっと!やっと養成学校編が終わる!次回からアルナ学園です!むしろこれから本命です。楽しみにしててください!

面白かったらブクマコメよろしくお願いします!

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