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追憶の潜水士  作者: 今璃 咲
Ⅰ 初任務
8/13

7.やるべきこと

「なあ、お前ら喧嘩したの?」

「何朝から」


翌日。朝の挨拶もなしに、食堂で顔を合わせて放たれた鳳光の第一声はそれだった。

彼の持つ純和風な朝食に心が揺らぎつつ、純洋風な朝食の澪は、彼と目が合ってしまい微妙な気まずさで目を逸らす。


(てかよく私に話しかけたね!)


澪だったら見つけても、気付いていないふりをしてしまうだろう。

最も、「朝からクラスメート見つけちゃった!やば、寝癖ないかな!?」などの『思春期単純妄想ガール』ではなく、休日に親と出かけているところを見られてしまったような「うわ、気まず」などの『周りを気にする年頃中高生』だが。


さて、それはともかく今、澪の目の前には重大な問題が立ちはだかっている。

(この子の名前なんだっけ・・・・・!)

以前は玲奈がフォローしてくれたが、今回は単独で解決しなければならない。

胸元の名札を見るが【鳳】としか書いていない、そして読めない。嗚呼現実は無情。

落ち着け、思い出すんだ。記憶の遥か彼方まで潜るんだ!


(確か下の名前は明るい感じの、ライトみたいな感じのやつ)


一応言っとくけど、英語のlightは10個以上意味があるからそれだけで特定は無理だよ。日本人で良かったね。


「・・・・・なんで頭抱えてるんだ」

(いぶか)しげな怪しい視線に、澪は焦って知識フル動員で言葉を紡ぎだす。

「え、っとリボンずれてないかなって」

「ああ、その青いやつか」


彼の視線の先は澪のポニーテールについている、青リボンだ。端的に言えば不思議の国のアリスの、ぴょこんと存在感抜群なうさぎリボンのような形状。

女子力低い澪が唯一誇れるおしゃれポイントだ。

(いや、それより名前をリメンバーしないと)

ライトは電球、電気、光・・・・・光?


(こう)

「ん?」

ご飯をよそう手を止めてこちらを見る光。否定しないということは―


(名前あってた!)


おそらく嬉しみの舞で、リボンがぴょんぴょん飛び跳ねているであろう澪に対し、「なに気持ち悪い顔してんだよ」と喜びの欠片も知らずに光が突っ込む。レディーに対して酷い物言いだ。

「てか下の名前かよ・・・・・」

「ん?なに?」

「何でもない。澪は気にすんな」

(男子の心、女子知らず)

ため息をついて近くの食事テーブルに着くと、なぜか彼は同じテーブルの椅子に腰かけた。


「え?」

「なんか悪いかよ」

「いや、友達いそうなのに・・・・・あ、ごめん。何でもないよ」

第三者視点では小馬鹿にしているように見える、取り繕った笑みを浮かべる澪の爪先を、テーブルの下で光が踏んづける。

「そんなわけないだろ!お前と一緒だよ!いつも一緒に食べてるやつが、今日はいないんだよ」

「喧嘩売ったんだ?」

「んなわけあるか!」


いただきます、と律儀に手を合わせ味噌汁をすする光を見ながら、澪はウインナーに箸を付けた。

(気を使ってくれたのかな?)

いや、たかが昨日会ったばかりの女子にそこまでしないか、と思い直し牛乳を飲む。安定の美味しさだ。


「それで清水と喧嘩したのか」

「別に喧嘩じゃないよ。私が一方的に怒っただけ」

「地雷踏まれたか」

「まあ、そんなとこ。そして寝て起きたら私と玲奈の間に、深ぁい溝が出来てた」

「自業自得だな」


(そこは嘘でも慰めてよ!)

女子の心、男子知らず。

繊細さの欠片もない中学生男子には無理だった。仕方ないね。

とはいえ朝から不仲トークは居心地が悪い。空気をかえようと澪は話を振った。


「そういえば一緒にいる子は、なんで今日いないの?体調不良とか?」


何気なく発した言葉だったが、光の動きが止まる。

苦し気に唇を噛むがそれは束の間のことで、すぐに元の表情に戻る。


「帰った」

「え?」

彼はわざわざ箸をおき、澪の顔を見ないようにして言葉を紡いだ。

「昨日の実技訓練で正式に【適正なし】判定されたらしい。それで退学宣告されて、本人も同意したから退学(リタイア)した」


感情の無い平坦な淡い声で語られる事実に、澪は二の句が継げない。

(ようや)く言葉を絞り出した頃には、時計の秒針は一周していた。


「昨日の実技訓練は、最終試験前の”選別”だったってこと?」

「噂によるとそうらしい」

「試験前なのに退学するの?」

「【適正なし】を試験に出しても不合格になるだけだ。なら切り捨てた方が効率良いし、学園に入学したら簡単には退学できない。潜行士は命懸けの仕事だから、辞めるなら今なんだろ」


澪はすぐに現実を受け止めきれない。口に入れたトマトは甘味よりも酸味が強く、舌に強く残った。

(潜行士は命懸け)

皆が皆、命を懸けるほど潜行士に固執しているわけではない。

潜行士よりも大切なものが、きっと彼らにはあるのだろう。


「・・・・・ごめん」

「別に。対抗馬が減っていんじゃね」


もう忘れろ、というようにヨーグルトを乱雑にかきこむ光。色々考えた末の覚悟が垣間見えた気がする。

(私も覚悟決めなきゃ!)

澪も気持ちを切り替え、フランスパンに手を伸ばした。


「ほうは、へいはほ、はははほり、ひへほひい、んだよねっ?」

「確かに清水と仲直りしてほしいとは思ってるけど、せめて飲み込んでから言え」


ふんっ!とパンを嚙みちぎる。勢いよくパンを離したと同時に、何か吹っ切れた気がする。

闇の中に光が差し込んできたような、重石を捨てたような爽快感と清々しさ。

(うじうじ悩んでも仕方ない!)

現時点での大切なことは二つ。


一つ、試験に合格すること。

二つ、玲奈と仲直りすること。


「よし!ありがとう!試験に合格したら玲奈と話してみる!」

「合格したらかよ!まあ、頑張れよ」


両手をぐっと握り、決意を固める澪。それを見ていた光は微かに安堵したように息を吐くと、口の端を上げて頬杖をついた。

そこにはただ朝食を食べに来た顔ではない、友達の相談に乗る優し気な表情が浮かんでいる。

(相談して良かった)

澪は一人、口元を綻ばせる。朝食前は暗闇の海底に沈んでいたが、今は海上を羽ばたく海鳥のように気持ちが軽い。


「まずは今日頑張って訓練しないと!」

「優先すべきはプレートに乗ってるやつ食べることだけど・・・・・・・なんだその茶色い物体」

「失礼な、するめいかだよ!私のエネルギー源であり相棒。おいしいよ」

「朝から食べるのか?」

「朝から食べるの」

「うわお」


しょーもない会話をしつつ、鳳光(おおとりこう)という人物と話すことが澪は楽しくなっていた。



それからの澪は別人だった。

将来が決まる試験の決戦前日、ということもあるが光に思いを打ち明けたことで、感情の整理がつき訓練に集中できるようになったのだ。

午前中は座学の復習をし、疑問点があれば教官たちに教えを乞う。


回答をメモする澪に対し、岬橋(みさきばし)は目を細める。

「昨日とは打って変わって熱心だね。合格率20%なのに?」


そう言われると、澪は笑顔で答えた。


「何のために目指していたか、原点を思い出したので。それに合格してやらなくちゃいけないことがあるんです」


午後は訓練用屋内プールで動きをひたすら体に叩き込む。

肩に食い込みそうな重量の装備や、水圧に(あらが)いながら何度も泳ぐのは、肉体的に疲労があったが、不思議なことに精神的には全く苦ではなかった。

そしてその気持ちは一時のものではないと、澪も自覚していた。


(やっぱり私は潜行士になりたい)


それは佑磨のためだけではなく、自分の夢でもあるのだ。自分の心の奥深くがそう叫んでいる。


「よしっ!もう一周!」


澪はボンベを背負いなおすと、再び水の中へ入水した。




―だから、こちらを見る影に気が付かなかった。

重要な予定がやっとこさ片付いたので、以前よりスローペースでやっていきます。

完全復帰は3月後半ですが、細々と書いていきます。

面白かったらブクマコメよろしくお願いします!

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