7.やるべきこと
「なあ、お前ら喧嘩したの?」
「何朝から」
翌日。朝の挨拶もなしに、食堂で顔を合わせて放たれた鳳光の第一声はそれだった。
彼の持つ純和風な朝食に心が揺らぎつつ、純洋風な朝食の澪は、彼と目が合ってしまい微妙な気まずさで目を逸らす。
(てかよく私に話しかけたね!)
澪だったら見つけても、気付いていないふりをしてしまうだろう。
最も、「朝からクラスメート見つけちゃった!やば、寝癖ないかな!?」などの『思春期単純妄想ガール』ではなく、休日に親と出かけているところを見られてしまったような「うわ、気まず」などの『周りを気にする年頃中高生』だが。
さて、それはともかく今、澪の目の前には重大な問題が立ちはだかっている。
(この子の名前なんだっけ・・・・・!)
以前は玲奈がフォローしてくれたが、今回は単独で解決しなければならない。
胸元の名札を見るが【鳳】としか書いていない、そして読めない。嗚呼現実は無情。
落ち着け、思い出すんだ。記憶の遥か彼方まで潜るんだ!
(確か下の名前は明るい感じの、ライトみたいな感じのやつ)
一応言っとくけど、英語のlightは10個以上意味があるからそれだけで特定は無理だよ。日本人で良かったね。
「・・・・・なんで頭抱えてるんだ」
訝しげな怪しい視線に、澪は焦って知識フル動員で言葉を紡ぎだす。
「え、っとリボンずれてないかなって」
「ああ、その青いやつか」
彼の視線の先は澪のポニーテールについている、青リボンだ。端的に言えば不思議の国のアリスの、ぴょこんと存在感抜群なうさぎリボンのような形状。
女子力低い澪が唯一誇れるおしゃれポイントだ。
(いや、それより名前をリメンバーしないと)
ライトは電球、電気、光・・・・・光?
「光」
「ん?」
ご飯をよそう手を止めてこちらを見る光。否定しないということは―
(名前あってた!)
おそらく嬉しみの舞で、リボンがぴょんぴょん飛び跳ねているであろう澪に対し、「なに気持ち悪い顔してんだよ」と喜びの欠片も知らずに光が突っ込む。レディーに対して酷い物言いだ。
「てか下の名前かよ・・・・・」
「ん?なに?」
「何でもない。澪は気にすんな」
(男子の心、女子知らず)
ため息をついて近くの食事テーブルに着くと、なぜか彼は同じテーブルの椅子に腰かけた。
「え?」
「なんか悪いかよ」
「いや、友達いそうなのに・・・・・あ、ごめん。何でもないよ」
第三者視点では小馬鹿にしているように見える、取り繕った笑みを浮かべる澪の爪先を、テーブルの下で光が踏んづける。
「そんなわけないだろ!お前と一緒だよ!いつも一緒に食べてるやつが、今日はいないんだよ」
「喧嘩売ったんだ?」
「んなわけあるか!」
いただきます、と律儀に手を合わせ味噌汁をすする光を見ながら、澪はウインナーに箸を付けた。
(気を使ってくれたのかな?)
いや、たかが昨日会ったばかりの女子にそこまでしないか、と思い直し牛乳を飲む。安定の美味しさだ。
「それで清水と喧嘩したのか」
「別に喧嘩じゃないよ。私が一方的に怒っただけ」
「地雷踏まれたか」
「まあ、そんなとこ。そして寝て起きたら私と玲奈の間に、深ぁい溝が出来てた」
「自業自得だな」
(そこは嘘でも慰めてよ!)
女子の心、男子知らず。
繊細さの欠片もない中学生男子には無理だった。仕方ないね。
とはいえ朝から不仲トークは居心地が悪い。空気をかえようと澪は話を振った。
「そういえば一緒にいる子は、なんで今日いないの?体調不良とか?」
何気なく発した言葉だったが、光の動きが止まる。
苦し気に唇を噛むがそれは束の間のことで、すぐに元の表情に戻る。
「帰った」
「え?」
彼はわざわざ箸をおき、澪の顔を見ないようにして言葉を紡いだ。
「昨日の実技訓練で正式に【適正なし】判定されたらしい。それで退学宣告されて、本人も同意したから退学した」
感情の無い平坦な淡い声で語られる事実に、澪は二の句が継げない。
漸く言葉を絞り出した頃には、時計の秒針は一周していた。
「昨日の実技訓練は、最終試験前の”選別”だったってこと?」
「噂によるとそうらしい」
「試験前なのに退学するの?」
「【適正なし】を試験に出しても不合格になるだけだ。なら切り捨てた方が効率良いし、学園に入学したら簡単には退学できない。潜行士は命懸けの仕事だから、辞めるなら今なんだろ」
澪はすぐに現実を受け止めきれない。口に入れたトマトは甘味よりも酸味が強く、舌に強く残った。
(潜行士は命懸け)
皆が皆、命を懸けるほど潜行士に固執しているわけではない。
潜行士よりも大切なものが、きっと彼らにはあるのだろう。
「・・・・・ごめん」
「別に。対抗馬が減っていんじゃね」
もう忘れろ、というようにヨーグルトを乱雑にかきこむ光。色々考えた末の覚悟が垣間見えた気がする。
(私も覚悟決めなきゃ!)
澪も気持ちを切り替え、フランスパンに手を伸ばした。
「ほうは、へいはほ、はははほり、ひへほひい、んだよねっ?」
「確かに清水と仲直りしてほしいとは思ってるけど、せめて飲み込んでから言え」
ふんっ!とパンを嚙みちぎる。勢いよくパンを離したと同時に、何か吹っ切れた気がする。
闇の中に光が差し込んできたような、重石を捨てたような爽快感と清々しさ。
(うじうじ悩んでも仕方ない!)
現時点での大切なことは二つ。
一つ、試験に合格すること。
二つ、玲奈と仲直りすること。
「よし!ありがとう!試験に合格したら玲奈と話してみる!」
「合格したらかよ!まあ、頑張れよ」
両手をぐっと握り、決意を固める澪。それを見ていた光は微かに安堵したように息を吐くと、口の端を上げて頬杖をついた。
そこにはただ朝食を食べに来た顔ではない、友達の相談に乗る優し気な表情が浮かんでいる。
(相談して良かった)
澪は一人、口元を綻ばせる。朝食前は暗闇の海底に沈んでいたが、今は海上を羽ばたく海鳥のように気持ちが軽い。
「まずは今日頑張って訓練しないと!」
「優先すべきはプレートに乗ってるやつ食べることだけど・・・・・・・なんだその茶色い物体」
「失礼な、するめいかだよ!私のエネルギー源であり相棒。おいしいよ」
「朝から食べるのか?」
「朝から食べるの」
「うわお」
しょーもない会話をしつつ、鳳光という人物と話すことが澪は楽しくなっていた。
◇
それからの澪は別人だった。
将来が決まる試験の決戦前日、ということもあるが光に思いを打ち明けたことで、感情の整理がつき訓練に集中できるようになったのだ。
午前中は座学の復習をし、疑問点があれば教官たちに教えを乞う。
回答をメモする澪に対し、岬橋は目を細める。
「昨日とは打って変わって熱心だね。合格率20%なのに?」
そう言われると、澪は笑顔で答えた。
「何のために目指していたか、原点を思い出したので。それに合格してやらなくちゃいけないことがあるんです」
午後は訓練用屋内プールで動きをひたすら体に叩き込む。
肩に食い込みそうな重量の装備や、水圧に抗いながら何度も泳ぐのは、肉体的に疲労があったが、不思議なことに精神的には全く苦ではなかった。
そしてその気持ちは一時のものではないと、澪も自覚していた。
(やっぱり私は潜行士になりたい)
それは佑磨のためだけではなく、自分の夢でもあるのだ。自分の心の奥深くがそう叫んでいる。
「よしっ!もう一周!」
澪はボンベを背負いなおすと、再び水の中へ入水した。
―だから、こちらを見る影に気が付かなかった。
重要な予定がやっとこさ片付いたので、以前よりスローペースでやっていきます。
完全復帰は3月後半ですが、細々と書いていきます。
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