5.理想と現実は雲泥の差
「・・・・・お、澪」
「あっ!?・・・・・あ、玲奈」
はっとして遠くに行っていた心を手繰り寄せると、目の前には心配そうにこちらを見つめる玲奈がいた。
(あれ?私訓練で人形を心肺蘇生して・・・・・)
その後、何したっけ?
記憶が抜け落ちている。全く思い出せない。
「もう訓練は終わったよ。この後は堂塔先生から呼び出されて評価発表。今はえーっと、2個前のペアが終わったところかな」
「あー、そういえばそんなのがあるんだっけ」
斜め左上の宙を見て、懸命に思い出そうとする、が無理だ。靄がかかったように思い出せない。
というか訓練後からなんだか自分は変な気がする。感情が動かないというか、無気力状態というか。
(玲奈に聞いたら何かわかるかな?)
お叱り覚悟で尋ねてみる。
「ねえ、私訓練中変だった?」
「え」
「記憶が朧気なんだよね。今も平常心じゃないし」
うーんと頭を叩いてみるが痛いだけだ。そりゃそうだ。しかし訓練中、間違いなく救助者ではなく別のことに意識がいっていた。それは覚えている。
(私は訓練中に)
「なにかを思い出してたような・・・・・」
「・・・・・澪」
「あ、えっと今のはナシ。なんでもないよ」
どこか気まずい雰囲気になり慌てて誤魔化す。なにより気遣うような玲奈の視線に、いたたまれないような、居心地が悪い気持ちになったからだ。
覚えてないのならそれほど大事なことではないのだろう。
(気のせい、気のせい)
「清水さん、帆梶さん次だよ」
「ありがとう!玲奈、行こ」
「うん」
心配げな玲奈の視線を振り切って、澪は指導室へ入った。
◇
「清水玲奈と帆梶澪で間違いないな」
「「はい」」
「では座れ」
堂塔教官と対面する形でパイプ椅子に座る。張り詰めた空気に思わずごくりと唾を飲み込んだ。
今の状況を言うなら鬼が出るか蛇が出るか、と言ったところだろうか。
(き、緊張で心臓がひりひりする~)
呑気なこと言ってるなら大丈夫だよ。
「では、評価発表だ。バディとしての働きはB+といったところだな」
(B+・・・・・)
Aに届かなかった悔しさと遣る瀬無さで歯噛みする。隣の玲奈もグッと手に力を入れた。
「全体的に良く連携は取れていた。お互いが信頼している絆がよくわかり、連携の面では現場に出ても活躍できるだろう」
(連携だけじゃ現場は乗り切れない)
常識中の常識だ。そこに胆力、技術や知識が加わって初めて現場に出動することが出来る。
「まず帆梶。潜る前に装備チェックをしたのは良かった。確認は多い方がいいからな」
「はい」
「しかし潜る時間が長すぎた。できるだけ視界のみで探索しようと思ったのかもしれないが、動くことも大切だ。我々の目的は一刻も早く救助すること。帆梶は潜水能力が良いからそこを活かせ」
「分かりました」
心に刻み込むと堂塔は軽くうなずき、玲奈に視線を移した。
「清水の対応は素早くて良かった。だが、陸上での仕事にとらわれすぎだ。帆梶が救助者を陸上に引き上げる手伝いなど出来ただろう。サポートとはいえ泳ぎ救助者を抱えた潜行士より体力は残っている」
「すみません。注意不足でした」
顔をうつむける玲奈。窓から差し込む夕日では見えないが、きっと唇を噛み、悔し気な表情をしているんだろう。
「しかし、救助者の状態が危ないと分かっても取り乱さず、すぐさま応急処置に移れたのは良かった」
玲奈の目に光が閃く。顔を上げた玲奈は少し頬が赤く染まっていた。
「冷静さは現場において重要だからな。水難救助後の電気ショック使用の際は、体の水分を拭きとることが大切だが、そこもしっかり確認していた」
さすがだな、と微笑む堂塔に玲奈は微かに瞳を潤ませてはい、と返事する。
(玲奈嬉しそう)
入室の時は固かった表情も柔らかくなっている。澪も親友として喜びで胸が熱くなった。
だが、そこで終わらせないのが鬼頭教官。先ほどとは打って変わって目を鋭くする。
「とはいえ二人ともまだまだ粗がありすぎる。一番の問題は電気ショック後の胸骨圧迫だ。清水の歌は」
ちょっと憐れむような同情めいた視線を送る。分かります、攻撃力やばいですよね。
「・・・・・・練習するとして帆梶。後半の胸骨圧迫はなんだ?ペースは不規則、しっかりと体重をかけて押し込めてない。例え小児相手でも全力でやるようにと座学でも実技授業でも教えたよな?
あれでは不整脈になるぞ」
「すみません」
「だいぶ切羽詰まっていたが、平常心じゃない時は例え体力が残っていても変われ。間違えると救助者を死なせることになる。我々の仕事は救急隊に引き渡す、もしくはボートで近くの病院に運ぶまで続く。腑抜けた心構えでは命は救えない」
「・・・・・・はい」
(分かってるよ、そんなこと)
涙が零れないように、悔しさで声が出ないように手に力を籠める。パイプ椅子の金属が冷たく感じた。
(全部分かってるよ)
だが、堂塔は正しいことを言っている。そして澪はあの時間違えた。それは変えようのない現実だ。
「次からは気を付けま―」
「次からでは遅い!!!」
―一瞬雷が直撃したような錯覚がした。堂塔が出した大声で空気が振動したのだ。
彼は仁王立ちでこちらを射抜くように見ている。澪は驚きで心臓がバクバクだ。玲奈は眉を下げ、困り顔で二人を見比べる。
「現場では”次”など通用しない、存在すらしない世界だ!お前は養成学校に入学してから今まで何を学んだ?どんな思いでここに来た?私には分からないが、人の命の重みは一番知っている。
救助されても応急処置で失敗をし、死なせてしまったら?助けても見殺しにしたのと同じだ!」
怒気が全身に痛いほど伝わる。貫通して部屋の外まで届きそうだ。
それほど彼の怒りは激しく強く、澪の心に刻み込まれる。
それと同時に澪は彼がなぜここまで怒るのか分かった。もちろん仕事のプライドや誇りもあるだろうが―
(堂塔先生、応急処置のミスで奥さん亡くしたんだ)
堂塔は澪が大規模津波で流された前から、養成学校の教官をやっている。
大規模津波があった年も、潜行士として出動していた。だが、「家族の応急処置は平常心でいられない可能性が高い」と同僚に止められ、奥さんの応急処置をしたのは別の若手潜行士だったらしい。
だが、たくさんの被害者がいる中一人に集中することが出来ず、電気ショックのやりすぎで彼女は亡くなった。
「・・・・・・明後日の最終試験までに完璧にできるようにしろ。次」
「はい、ありがとうございました」
「・・・・・・ありがとうございました」
◇
部屋を出ると憐憫の情を含んだ瞳が向けられた。
「大丈夫だよ、気にしないで」などという声を振り切り、すれ違った光の驚いた顔も、「お疲れ」と憎らしいほど笑顔な霧原も、追いかけてくる玲奈の足音も、無視して全速力で寮の部屋まで向かう。
一目散に階段を駆け上がり、自分の部屋の階層までたどり着いたとき、玲奈に腕を掴まれた。
「みおっ」
「もう授業はないでしょ。放っておいて」
「大丈夫だよ」
「なにが」
不機嫌に振り返ると、訴えかけるような真っ直ぐな目が合った。
「澪なら絶対試験突破できる。なんで動揺してたのかは分からないけど、澪は乗り切れるよ!
堂塔先生の言うことは厳しかったけど、それを糧に―」
「玲奈は何も知らないから言えるんでしょう!?」
腕をつかむ手が緩んだ。
「で、でも澪が幼馴染のために頑張ってることは知ってるよ。ずっと努力してるしきっと夢物語なんかじゃない。すごい信念だよ」
「急になに」
「澪は自信を持てるよ」
「そんなわけないよ!」
「なに努力とか信念とか。世の中思いとか努力とか、ずーっと持ち続けてどれだけ頑張っても、過去はずっと呪いみたいに纏わりついてくるの!弱い自分と強い自分は紙一重。
見た目は違っても、【津波に流された帆梶澪】と【養成学校の帆梶澪】は一緒なんだよ!
なにさ、澪”なら”って。勝手に決めつけないでよ、私だってなれるなら理想の自分になりたいよ!!」
全力で叫んだせいで、息切れがする。ほぼ力のない玲奈の腕を振り払い、よろよろと部屋に向かった。
眩しい西日が鬱陶しい。後ろで立ちすくんでいる玲奈の顔は見たくもない。
「明日も授業あるから先に戻るね」
真冬の海のような冷たい声で告げる。
(一旦落ち着かなきゃ)
そう足を前に出した時―。
「そんなんじゃ、幼馴染見つからないよ!?」
世界が壊れた音がした。
「見つからないわけない」
澪はゆっくりと振り返った。
(彼は、絶対に生きてる)
「佑磨がいないみたいに言わないで」
廊下にはドアを乱雑に閉めた音が響いた。
投稿遅くなってすみません。面白かったらブクマコメよろしくお願いします。




