4.一分
「どうしよう・・・・・・」
目の前には先ほどまで溺れて気を失い、心臓が止まっている要救助者。
そして汗だくになりながら必死で心肺蘇生を行うバディこと玲奈。
澪は幕の向こうで見ているような、ひどく落ち着かない気分で彼女らを見ていた。
(これは訓練。これは人形。落ち着いて)
深呼吸しようとしても浅くなる。手が震えて持っているAEDのパックを取り落としそうだ。
「澪ッ、AED!」
「う、うんっ」
玲奈の鋭い声にハッと我に返り、慌ててオレンジ色のパックを開く。
教科書や実技授業で学んだ通りにやろうとするのに、頭が真っ白になって結局音声ガイドに頼る自分が悔しい。
(こんな時に慌ててるんじゃだめだよ)
重い手付きで電極パッドを人形の右胸と左わき腹にはる。もちろん人形なので心電図は反応しないが、今回は電気ショックからの胸骨圧迫でいいだろう。
「体に水分は残ってないねっ?」
「うん、さっき拭いたから大丈夫。ボタン押すよ!」
体に触れていないことを確認すると澪はボタンを押し込んだ。
そのまま疲れた玲奈に代わり、胸骨圧迫を始める。
(子供の蘇生法は、胸骨の中央の下半分を胸の厚み三分の一の深さで押し込む。速さはうさぎとかめの曲のリズムで。大丈夫、できる)
呪文のように繰り返しながら、玲奈の歌う うさかめに合わせて体重をかけて押し込む。
「もしもし かめさん かめさんよー」
「・・・・・・」
「世界のうちに、・・・あんたほど」
「・・・・・・ねぇ」
「あゆみの呪い ものはいなーい」
「今のイントネーション変だよね!?」
とうとう我慢できず澪は叫んだ。いや、こんな面白いうさかめをどうやって笑いをこらえるのだ。
リズムが崩れないよう注意を払いながら尋ねた澪に対し、玲奈は間抜けなほど口を開けてぽかんとする。
「え」
「ん?」
「へ、変だった・・・・・・?」
「あったり前やんけ!!歌詞も違うやろ!」
ばり関東地方標準語育ちなのに咄嗟に方言でツッコミをしてしまう。キャラ変わってるやんな。
(しまった、スピード落ちちゃった)
慌てて意識を戻す。玲奈がこんな変な歌を歌うせいだ。
相変わらず下手くそな歌に合わせて胸骨圧迫をして―ふと、気が付いた。
(玲奈、助けてくれた?)
先ほどの澪は気が動転していて、とてもじゃないが正気ではなかった。綱渡りのようなギリギリの精神で、いつ崩れてもおかしくない状態。だが、今は目の前の救助者にしっかりと意識を向けることが出来ている。
それは言わずもがな、玲奈のおかげだ。
よくよく考えたら真面目でしっかり者の彼女がこんな場面で、ふざけた歌を歌うわけがない。
ちらりと見やると、目が合って玲奈は微かに口角を上げる。それが大丈夫だよ、と言っているように見えた。
(ありがとう、玲奈)
さすが私の親友でバディだ。澪は少し笑顔になると、目の前の救助者に意識を全集中させた。
◇
「あと2分で救急隊が来る。それまで持ちこたえろ」
「「はい!」」
(あと2分!)
あの後、何度か交代してまだかまだかと待っていた澪たちに対して嬉しい報告だ。
もちろん救急隊が来るわけではない、本番を想定したものだ。
言い換えると「あと2分で訓練終了」ということだろう。そうして次のペアに代わりまた訓練・・・といったところだ。
(にしても大丈夫かな)
澪は玲奈に視線を移す。いつもの授業とは違い、実技”訓練”のせいか疲労の色が澪より濃い。
確かに胸骨圧迫は一定のペースで行わなければならないし、"訓練”故に長丁場で、疲れやすいが・・・・・・。
(トレーニングしてたら、女子でもそこそこ体力は持つと思うんだけどなあ)
個人差かな、などと思いながら玲奈と交代する。
彼女は床に手をつき、ゼイゼイと荒い息を吐いている。疲労困憊が全力で伝わってくる構図だ。
「大丈夫?」
「澪はっ、なんで、そんな」
「鍛えてるから?」
「だよね」
まあ、あと一分足らずで終わるので大丈夫だろう―と推測した瞬間、澪の脳裏にある言葉がフラッシュバックした。
『あと一分違ければッ・・・・・・!!』
(誰だっけ、この声・・・・・・)
思い出せないのになぜか強く瞼に焼き付いている。自分より少し年上の男性の声だ。地面に拳をたたきつけ、呻くように苦し気に声を出して泣いていた。
(そうだ、これは私がユウさんに助け出された後のこと)
■■■
見つかったと聞いて、彼と一緒に災害後の潮のにおいがする街を全力で走った。
着いた先には男性と女性が横たわっていた。顔色は化粧をしたように真っ白で唇は紫色だった。
手を伸ばせば触れられる距離、でもひどく遠くて絶対にいけない場所。
『だいぶ長い時間流されたみたいで、もう・・・・・・』
『ですが、流されたのは俺らが最初でした。それに―のほうが陸に近かったですし、』
『今回の津波は前代未聞の威力でしたので・・・・・・』
『でもっ、なんで・・・・・』
苛立ちを誤魔化すように髪をかき混ぜて、どうしようもない罪悪感とやるせない感情が激しく衝突したような表情。横で見ている澪に苦しいほど突き刺さる痛み。
そして泣きそうな声で言うんだ。
『あと一分違ければッ・・・・・!!』
■■■
たかが一分、されど一分。僅か60秒の差で世界は二つに分かれ、未来は180°変わる。
(この子も、あと一分遅かったら―)
死んでいた。
そう理解した瞬間頭が鈍器で殴られた感覚に陥った。ぐわんぐわんと頭の中で絶望が共鳴する。
「澪?大丈夫?」
「きっとこの子は助からない」
「え?」
玲奈は驚いて親友の顔を覗き込む。底の見えない穴のような暗い、空虚な瞳があった。
「澪?胸骨圧迫変わるよ、リズムが狂ってる」
「だいじょうぶ」
「不規則に圧迫したらダメだって!」
みお!
必死な声は壁に吸い込まれ届かない。澪はただ がむしゃらに盲目的に押し込む。
ペースが狂ってるのも押し込みが浅いのも分かっている。けど諦めることができない。疲労が蓄積して腕が振るえる。呼吸が浅くて酸素が肺に届かない。でも。
(やらないと、私がっ・・・・・!)
そして―
「訓練終了!」
終わりが告げられた。
気づいたら感想が来ていて、読んで小学生のように大興奮&大喜びしました。うへへ。
面白かったらブクマコメよろしくお願いします。




