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追憶の潜水士  作者: 今璃 咲
Ⅰ 初任務
4/7

3.実技訓練開始

「はあ・・・・・・」

澪は冷たい水を口に流し込み、ため息をついた。重しが乗っかったように胸が重い。

周りの生徒も大概で、見渡すと大量のアンデッドが食堂の机で機械的に食事をしている。


皆死んだ魚のような目をしていて、いつものビーチのように騒がしい昼休み特有の喧騒が全く聞こえず、深海さながらの静けさだ。同じ机の玲奈と光も似たり寄ったり。

(聞かなければよかった)

思い返すのは2時間目、禁断の回答爆弾を落とした岬橋の言葉。



『合格率は20%だよ』



そう岬橋が言ったあと、体育館は騒然となった。合格率20%、つまり五人に一人しか合格しない。

ざわめきがざわめきを呼び、体育館はちょっとしたパニック状態に。嘘だと言いたいがあの軽い岬橋が否定しないのなら本当のことなのだろう。彼ははぐらかすことは合っても嘘はつかない。

ますます騒ぎが大きくなるなか、様々な者が出てくる。

うろたえる者、一気に不安になる者、上等だとギアを上げる者。


―そして胸の闘志の炎が一気に消えてしまい、抜け殻のようになってしまった者。


まさに今の澪はそれだ。昔行方不明になった佑磨のため、情報を集め探そうと躍起になり潜水士―特に潜行士を目指したのに、合格率が20%と言われれば佑磨を見つけることなど、確率はないに等しい。

そんなに確率が大切かと思われるかもしれないが、澪たちは見てきたのだ。

(試験に落ちて泣き崩れる先輩たちを)

合格できるのは試験管に認められた一握り。

大半は不合格で実家に帰ることを余儀なくされる。

そして、その者の第一声は決まってこうだ。


『ごめんなさい……』


崩れ落ち、嗚咽を漏らし、家族か恋人か大切な人に謝る(さま)

皆、誰かのためにこの養成学校に来ているのだ。

(私は本当に佑磨を見つけられるのかな)


もしかしたら、合格しても見つけられないんじゃないか。

いや、それ以前に未熟な自分では道を切り開くことさえ不可能なのでは―。


「ごちそうさまでした」


静かな食堂に響く安定した声。

澪は顔を上げた。一人の男子が机から立ち上がり、何事もないかのように去っていこうとしている。

その顔に見覚えがあった。


「ねえ、ちょっといい?」

「いいけど・・・・・・どうしたの?」

振り返り首をかしげるのは、2時間目の授業で光を止めていた、優等生らしい風貌の霧原だ。

(下の名前なんだっけ)

一瞬そんな考えがよぎるがどうでもいい、と置いておき質問をした。


「どうして平常心でいられるの?」

「え?」

「岬橋先生に合格率20%かもって言われたのに」

そういうと彼は周りを見渡し、そういうことかと言いたげな表情で向き直った。

そして不安など微塵も感じさせない声色で返す。

「たかが合格率でしょ」

「はあ?」

思わず間抜けな声が出る。澪と同じ感情の生徒は多数いるらしく誰もがこいつ何言ってるんだ、という目で霧原を見ていた。だが、彼は物腰柔らかな笑顔で意見を返す。


「合格率ってあくまで数字でしょ。別にそれを教えられただけで自分の合否が変動するわけじゃないし」

「で、でも20%だよ?5人に一人くらいしか合格できないんだよ!?」

「うん」

「合格したとしても周りとの力量不足でやめる人もいるし、感情や根性だけじゃ乗り切れないかも・・・・・」

「それはあくまで未来の話でしょ。確率ごときで何弱気になってるの」


(はああ?)


思わずあっけにとられる。この人、本当に意味が分からない。もしかしてとんでもなく慢心な人なのだろうか。

養成学校(ここ)の訓練はそこらに点在する小中学校の体育とはわけが違う。毎日体と心に鞭を討ち、必死で食らいついていきながら行う訓練だ。当然体格さや才能でやめる者も存在する。

(霧原くんはメンタルが鋼なのかな)

手を顎に当て、そんなことを考えていると、後ろに人が立つ気配がした。


「んじゃあ根拠は?」


冷たい声に微かな苛立ちと疑いを混ぜた瞳で光は尋ねる。

「そこまで言うなら相応の根拠があるってことだよな、優等生」

霧原はさっきの子か、と感情の読めない顔を向けるとまた微笑んだ。

「まず一つ。岬橋先生の言った合格率はあくまで平均。実際合格率が30%の年もあれば10%の年もあったんだよね?確立なんて生徒のモチベと実力で変わるんだからあてにならないよ」


そう言って肩をすくめる彼。言っていることは正しいが、ちょっと悔しい。

(なんか気に障るんだよね)

澪が一人もやもやしていると隣から獣が低くうなる。

「もう一つは」

「それはね」



「僕が養成学校に小4で入学してから今の中三までの6年間、死ぬ気で頑張ったからかな」



(ん?)

な、なんかこの人急に自慢し始めた、え、は?

頭が混乱状態の澪を置いて「午後の授業移動教室だから行かなきゃ。またね」と去っていく彼の背中を、澪は呆然と眺める。別に自信があるのはいい。いいが、こちらも訓練はいつ何時でも本気で取り組んでいた。それを軽くみられるのは、


(なんんか、むっかつく!)


隣で舌打ちする光は「あいつ絶対負かしてやる」と殺気だった鋭い眼光で、席に座りなおした。

黙って傍観していた玲奈も似たり寄ったりだ。

「鳳、潜行士になるのは絶対あたしたちだからね」

「あったりまえだ。帆梶あいつぶっ潰すぞ」

「上等。やっぱり倒す土俵は次の」

澪は顔を上げ、食堂の入り口の向こうにある建物を見据えた。


「水中訓練だね」



水中訓練。それは潜行士の仕事の軸となる水難救助の訓練だ。今回は25mプールを海と仮定し、体に沈み込みそうになるほど重い装備と、水圧に対抗しながら要救助者に代わる人形(ダミー)を引き上げる訓練である。

澪たちがタイバースーツに着替え、緊張の面持ちでプールサイドに待機していると彼はやってきた。

「5分前整列完了。これから出欠確認を行う。今日の訓練は明後日の実技試験にも通ずるので真剣に取り組むように」

堂塔(どうとう)教官。教員の中で実技においては頭一つ飛びぬけて優秀な男性教官だ。

まっすぐな背筋に要救助者を逃さない鋭い目、良いも悪いも嘘偽りなく言う彼は【鬼頭(おにがしら)】教官と呼ばれている。熱血指導ではないが客観的で時に冷たすぎる指導と、とにかく大きく響く声と体格の良い体。

まさに【鬼】だ。


(今日は失敗をおかさないようにしないと)


今日の成果で合否が決まると言っても過言ではない。彼の意見はまさに百発百中の精度だ。

出欠確認が終わると準備運動をし素早く装備を身に着けると、バディ同士装備に異常がないか確かめる。

今日のバディは玲奈だ。

「ボンベよし、ベルトよし、ゴーグルも緩んでないね」

いつものしっかり者の彼女とは一味違う、”潜行士”の瞳で装備チェックをする玲奈を澪は不思議な気持ちで見る。それだけ気合が入っているのだろう、が。


「玲奈前髪バサバサだよ」

「え!?」

「あははっ、うっそー」

「澪だましたね!?」

「そこうるさい」


光に止められても笑い続ける澪に、結局玲奈も硬い表情を崩し微笑んだ。その方が絶対かわいい。親友の澪が言うのだから間違いない。そしてなお瞳に宿る強い心意気が消えていないのが玲奈らしい。

「さ、よろしくねバディ」

「任せてよ」

自信満々で胸を張るとすれ違った光がぼそっと爆弾を落とした。

「さっきのわざとらしくね?」

「うっさいわ」

やはりこいつは侮れん、と再度痛感した澪だった。



「えー、次は清水、帆梶バディ」

「「はい!」」

「7歳の女子が溺れているとの通報。彼女は浮き具なしで沈んでいる可能性もあり。

今回の救助は静水救助で入水だ」

(よかった、静水救助だ)

静水救助とはその名の通り、波の流れが比較的少ない場所での救助だ。流れが激しい場所よりかは安全で安堵とする。とはいえ、対象は浮き具なしなのだから油断はできない。

「役割分担は」

「私が入水で救助、玲奈がバックアップです」

「了解。では出動!」

「「はい!」」


プールに入ると水の冷たさが肌に突き刺さった。ゴーグルをすると澪はプールサイドにいる玲奈と最終確認をする。

「私がそっち()に搬送するから玲奈が応急処置ね」

「わかってる、手伝い必要な時は合図して」

「ラジャー」

最後の最後まで装備の確認をし水中に潜る。思ったより視界不良で僅かに緊張感が増した。

(落ち着いて、心を静めるんだ)

目を凝らし、すみずみまでくまなく調べる。あまり時間は駈けられない、少しのタイムロスが命取りだ。いくら応急処置が完璧でも救助に時間がかかったら意味がない。人の命は脆いということが澪の体には刻み込まれている。


(七歳の女の子ってことは流れやすかったり・・・・・・いや、気を失ってるから逆に沈みやすいかな)


目途を立てつつ捜索し―。

(いた!)

白い人形(要救助者)を発見した。刺激しないようにそうっと近づく。

ちなみに水面に浮かんでいる場合、正面から救助すると救助者がしがみつき共倒れになる可能性があるので、後ろから救助するのが鉄則だ。


(私も後ろから救助してもらったし)


恩人のユウさんの救助方法はまさに手本だった。澪は少し意識があったので唐突に前から救助されていたら驚いて水を飲みすぎていたかもしれない。

(いやいやそれは置いておいて)

後ろから脇に手を入れ、ゆっくりと、でも急いで引き上げる。

「ぷはっ」

水面に顔を出すと同時に救助者の鼻と口も水面に出るようにしながら、泳ぐ。着いた先では玲奈がすぐさま応急処置を始めた。


「聞こえますかー?・・・・・・反応はなし、自発呼吸もなし。溺れてから―4分30秒!?」

胸のモニターを見て玲奈は青ざめた。要救助者を仰向けにするとすぐさま胸骨圧迫もとい心肺蘇生を開始する。

(どうしよう、これはかなりまずい)

澪は装備を外し、要救助者の体を拭きながら嫌な汗が止まらない。

教科書で何度も何度も出てくるほど最重要なポイントが、今目の前で起こっている。


【溺水は3分から5分以内に心肺蘇生を行わないと脳障害や死亡率が急激に上がります―】


「早くしないと・・・・・・」

澪の心は波が立ちとても平常心ではなかった。


【落ち着いて冷静に心肺蘇生を行うことが大切です】

面白かったらブクマコメよろしくお願いします。

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